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第三話: 侵蝕の兆し

颯真は研究棟の廊下を歩いていた。

 白い蛍光灯が天井を照らし、静まり返った空間に自分の靴音だけが響く。


 昨日のクロスリンク内での出来事が、まだ頭に残っていた。

 ――あの声、あの微細なノイズ。


 指先が、無意識に軽く震える。

 脳内の電子音が、微かに反響しているような気がした。

 それはまるで、自分のDNAが、何かを感じ取ろうとしているかのような――。


 廊下の向こうに真壁が立っていた。

 手にはタブレットを持ち、眉間に深い皺を寄せている。


「神谷、少し話がある」

「何ですか?」

「昨日のデータ、確認したか?」


 颯真は頷く。

 脳内に残るノイズのせいで、まだ落ち着かない。


「お前には、初めての任務を頼む」

「任務……」

「上からの指示でクロスリンク内での監視と、状況確認だ。表に出せないものだが、お前の適合率なら可能性は高いだろう」


 颯真は息を整え、拳を握った。

 ――緊張と、少しの高揚感。

 胸の奥で、昨日と同じ声の残響が微かにざわめく。


――「戻れ」


 その声の意味はまだわからない。

 だが確かなのは、自分が次に入る仮想空間が、平穏ではないということだった。



 準備室に入り、颯真はヘッドセットを手に取る。

 手にした瞬間、微かな冷気が手のひらに触れたような感覚。

 装着する前から、身体の中で微細な反応が走る。


「……おかしいな」

 小さく呟く。

 しかし、後戻りはできない。


 真壁が最後に警告する。

「ID_001のデータ出現には十分注意しろ。予測不能の挙動をする可能性がある」


 颯真は深く息を吸い込み、ヘッドセットを装着した。

 目の前の視界が暗転する。


 次の瞬間――


 青空と緑の森が目に映った。

 クロスリンク内だ。


 だが、どこかおかしい。

 前回と同様に

 光は歪み、風の音が少しずれて聞こえる。


 そして、前回とは異なる新たな異常―

 遠くの木々の間に、何者かの影。

 人間の形をしているはずなのに、何かが違う。


 颯真は息を整え、ゆっくりと足を踏み出した。

 その影は、まだ自分に気づいていない――。


 胸の奥で、昨日の声が再び囁く。


――「戻れ」


 しかし今の颯真は、立ち止まることができなかった。

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