第十話: 踏み出し方
戦闘の痕がまだ残る荒廃フィールド。
焦げたコンクリートの匂いが漂い、空気は重く湿っていた。
先ほどまでそこにいたヘリックス――
δランク個体の姿はもうない。
「……クソッ…」
二瓶が短く呟いた。
その横で、桐生が端末を操作している。
「反応は一度途絶えています。ただ、完全に消滅したわけではありません。遮蔽物の向こうで静止――回復、もしくは潜伏の可能性が高いです」
緊張が張りつめる中、久保が座り込んだまま息を荒げていた。
「な、なぁ……本当に追うのか? あれ、人間の形してたんだぞ……。上位隊員が来るまで待てばいいだろ……」
震える声に、誰もすぐには答えられなかった。
あのヘリックスの“目”が、確かに人間のものだったことを、全員が覚えていた。
しかし、桐生は淡々と現実を告げる。
「上位ランクの隊員が対応中の地域までは、ここから5キロ以上離れています。支援はすぐには来ません」
「……だから余計にって事だろ!」
久保が声を荒げる。
「あんなの見た事あるか!? 人間であんな動き……! 俺たちがやる必要なんか――」
「でも、放っておけない」
颯真が静かに遮った。
「もしまた別のエリアで誰かが襲われたら……手遅れになる」
その言葉に、二瓶が短く頷く。
「同感だ。今のうちに仕留める。迷ってる暇はない」
桐生は端末に視線を戻す。
AIオペレーターの音声が流れた。
『異常波形、再検知。ブロックD-4、距離200メートル。対象、先ほどと同一個体の可能性――高』
桐生はわずかに息を整え、チームに告げた。
「……追撃します。小規模でも放置すれば、被害は拡大します」
久保は顔を覆い、声を震わせる。
「……やめとけよ……マジで……あんなの、もう人間じゃねぇ……」
山口は不安げに桐生を見たが、黙って頷いた。
二瓶は既に歩き出し、颯真もその背を追う。
桐生が端末を閉じ、短く指示を飛ばす。
「追跡ルートを送信しました。――皆さん、慎重に。もう一度だけ言います。δランクのヘリックスです。油断すれば命を落とします」
荒廃した街に、再び足音が響く。
久保だけが、その場に取り残されたように立ち尽くし、震える声で呟いた。
「……なんで、こんな任務に、俺が――」
その背中を一瞥しながら、桐生は静かに通信を繋ぐ。
「追撃開始。――失敗は許されません」
薄暗い空の下、砂塵が舞い上がり、チームは崩れたビル群の影へと消えていった。




