第一話 ウォーカー試験
「おれは、この世に存在する迷宮を全部踏破する!」
イザナの大言に、ハヤテは首を振った。
幼少時より、もう何度聞かされた科白だろうか。
それだけに、いつかこいつならやるかもしれないとは思うが──。
まず、その前にウォーカーにならなければ迷宮に潜ることもできない。
「わかった、わかった。とりあえず、この試験を突破したらな。ほら、そこ落とし穴あるぞ」
「ハヤテは冷めすぎなんだよー。ウォーカーになる第一歩じゃないか! もっと楽しんでいこうぜ!」
「師匠に立ちふさがるやつは全員ぶっ飛ばせって言われたんだろ。油断していると奇襲を食らうぞ」
「むしろ出てきてほしいんだよ。これじゃ暇でしょうがない」
ジェネヴラの迷宮、その地上第一層。
ウォーカーの試験のために作られた階層である。
その迷宮を進む少年二人。
どちらも、十三、四歳くらいの幼さであった。
銀髪の少年ハヤテが先行し、罠の有無を探る。
その後ろを、黒髪の少年イザナが呑気に腕を頭の後ろで組みながら歩いている。
「出たぞ、彫像兵だ」
「ハヤテの苦手なタイプじゃん。おれがやるよ!」
石で作られた人工の彫像が二体、棍棒を構えて前進してくる。
決して速い動きではないが、その防御力の硬さからウォーカーから敬遠されがちな相手である。
接近し、振り下ろされる棍棒。
恐れもせず、少年は一歩踏み込んだ。
右の正拳。
その一撃で、彫像兵が粉々に砕かれる。
生物ならその攻撃力に恐れを抱くが、彫像兵は生物ではない。
二体目の彫像兵も、無表情のまま突進してくる。
「闘気も使えない石の塊じゃあ──」
滑るようにその懐に潜り込んだイザナが、左肘を彫像兵に叩き込む。
彫像兵は、ガラスのように四散して崩れ落ちた。
「相変わらず、イザナはああいう手合いにはめっぽう強いな」
「へへん。ハヤテと違って鍛えているからな!」
「オレだって鍛えているさ。オレの師匠は、イザナの師匠と方針が違うだけだ」
そう言いながら、ハヤテは僅かに身を捻った。
その脇を、飛来した矢がかすめて過ぎる。
いきなりの攻撃。
だが、ハヤテはいささかも動じていなかった。
「殺気が強すぎだぜ。これから攻撃しますって宣言しているようなもんだ」
「敵か! 彫像兵じゃないな」
「ああ。どうやら、試験の競争相手のようだぜ」
通路の先の小部屋から、殺気が漂ってきている。
ハヤテは小太刀を抜くと、冷たい微笑みを浮かべる。
「あれは、説明会場で絡んできた獣人たちだな。虎と狼の獣人の二人だ」
「えー、そんなやついたっけ」
「忘れんなよ! イザナが絡まれたんだぞ! ほら、あいつ、コロシュバルのギガ──人間差別主義の虎の獣人だ」
全身に闘気をまとう巨躯の虎獣人。
それが、牙を剥き出しにしながら、ゆっくりと近づいてくる。
「くせえ臭いがすると思ったら、やっぱりてめえらか、ニンゲン〜! てめえらみてえに弱っちい連中が、よくおれさまたちに追いついてこれたもんだなあ。必死に走ってきたかあ?」
「えー、おれたちゆっくり歩いてきただけだぜ。迷宮は罠が多い。走るなってハヤテが言うからさー」
にへらと笑うイザナを、ハヤテが制止する。
その鼻先を、また一本の矢が掠めていった。
「勘のいいガキですね」
虎獣人ギガの影に隠れるように、黒装束の狼の獣人が潜んでいた。
「コロシュバルのトゥドレル──オレはおまえさんのやり口も、よく知っているんだよ」
侮蔑の眼差しを向けるハヤテに、狼の獣人の顔が憤怒に染まる。
「オレの師匠が言っていた。試験に参加する競争相手の情報は全て調べておけと。毒矢を使うんだってな。だが、おれには当たらないし、イザナには──お前程度の闘気じゃ当たっても通らないぞ。こいつはこれだけは尋常じゃない」
「面白いことを言う銀髪ですねえ」
ギガの後ろからトゥドレルが姿を現す。
唇はめくれ、牙をカチカチと鳴らしている。
思い切りよく弓を投げ捨てると、狼は小剣を引き抜いた。
「あの銀髪はわたしがもらいますよ、ギガ」
「好きにしろい。とっとと片付けろや」
ギガの返事を待たずに、トゥドレルが突っ込んでくる。
狼の獣人の敏捷性は高く、並の人間では影すら触れない。
反応される前に、首を刎ねる。
そのつもりで放った斬撃は、しかし紙一重でかわされる。
「なっ」
「獣人は人間より身体能力で優れていると聞いていたけれど、毒に頼るようじゃやっぱりこの程度かねえ」
「闘気も使えないような子供がよく言いますね!」
ギガほどではないが、トゥドレルも闘気使いの戦士だ。
獣人は闘気しか使えないが、しかしそれだけに得意である。
普通の武器では、傷ひとつつかないだろう。
だが、ハヤテに焦りはなかった。
矢継ぎ早に繰り出すトゥドレルの連撃を、全て上体の捌きだけで回避する。
「別に闘気だけで戦いが決まるわけじゃない」
薄く笑うと、ハヤテは両手を組み、素早く印を結んだ。
「闇魔術、影分身!」
ハヤテの足下の影が伸び上がる。
影は三つに分かれると、ハヤテそっくりの姿に形を変えた。
「面妖な技を!」
トゥドレルの小剣が、分身を一体斬り裂く。
形を崩した分身は、影へと戻る。
だが、その間に残りの二体の刃がトゥドレルの身体に突き刺さった。
「ぐ……う、実体があるのですか……?」
「おっと、戦いの最中に敵から目を切るのはいただけないな」
傷を押さえて呻くトゥドレル。
その背後に、いつの間にかハヤテが回り込んでいる。
狼の首筋に当てられた小太刀は、魔力を帯びて黒く光っていた。
「わたしの背後を取るとは──何者ですかあなたは」
「人間を莫迦にしてくれたけれどな。特級ウォーカーの一人、シノビマスターのトビカゲ。あれはな、オレの父親なのさ」
鮮血とともに、トゥドレルが崩れ落ちる。
小太刀を振って血を払うと、ハヤテは鞘に刀を納めた。
「オレの仕事はここまで。あとは、イザナの出番だぜ」
「ああ、任せな。ぶっ飛ばしてくる」
ハヤテとイザナがぱちんと手を合わせる。
そして、そのままハヤテは後ろに下がった。
それを見て、不気味にギガは嗤った。
「くっくっくっ。いいのか、銀髪。二人でやればおれとも戦えるだろうに。この黒髪だけじゃ、おれさまの相手にはならないぞ」
「黒髪じゃねえ、イザナだ」
闘気を噴き上がらせながら、イザナが前に出る。
だが、ギガはなおも嗤った。
「ニンゲン風情が、獣人に闘気で勝てると思ってるのか。闘気使いの頂点に立つは獣人の誇り。特級ウォーカーの獅子王レオン。下等生物の出る幕じゃあないんだよ!」
「獅子王か……そいつは、おれの目標の一人だ!」
床を蹴って、イザナがギガの懐に飛び込む。
闘気の尾をなびかせながら、拳がその胸に叩き込まれる。
だが、激しい打撃音とともに、その拳は弾き返された。
「それで本気か、黒髪。そんな柔い拳じゃ、獅子王どころか、おれを一歩だって動かせないぜえ」
わざとらしく欠伸をするギガ。
イザナは目を丸くして、口笛を吹いた。
「かってえなあ。おれの拳を受けて一撃で倒れないやつなんて、山を降りてから初めてだぜ」
「だから言ったじゃねえかあ。てめえらは下等生物なんだから、迷宮をちょろちょろすんなって。ここは、おれさまたちが、神へと到る神聖な場所なんだからなあ!」
ぶんとギガの右拳が振られる。
拳はイザナの腹にめり込むと、毬のように吹き飛ばした。
転がりながら、イザナは回廊の壁に激突。
頑丈な石に、ひびが入る。
「おいおい、手こずってるじゃないかイザナ。遊んでいるんじゃないぜ」
「へっ、ちょっと闘気だけでやってみたかっただけだよ。いつかこれだけで獅子王に勝つつもりなんだから」
口から漏れる血を拭うと、イザナは元気よく立ち上がった。
それほど大きなダメージはないようだ。
「──その程度の闘気のくせに、よく立ち上がってきたな黒髪。一撃でおねんねだと思っていたが」
「へっ、こちとら毎日師匠にもっと痛え一撃食らわされてきたんだよ。こんな軽い拳じゃ、のんびり寝ていられないぜ!」
ハヤテに向かって頷くと、イザナは再びギガに向かって歩き出した。
身体が再び闘気で覆われていく。
途中で歩みを止めると、イザナは右手を広げ、ギガに向けて突き出した。
「あんたは強い。言うだけのことはある。だから、おれも本気でやってやるよ!」
イザナの右手が、光に包まれる。
魔力がイザナの右手に集中し──。
そして、闘気と融合する。
「竜装──これが、おれの本気の一撃だ!」
竜鱗を帯びた手甲がイザナの右手を覆う。
渦巻く力は七色へと変化し、恐ろしい圧力を放つ。
すかさず、繰り出される右拳。
ギガも覚悟を決め、自らの拳で迎撃した。
宙空で、激突。
激しい衝撃に、迷宮が震える。
ギガの右腕が消失し、その胴に大きな穴が開いた。
「魔力と闘気の融合など──竜王しか使えぬはず……」
自らの身体に開いた穴を、信じられないものを見るかのようにギガは見つめた。
そして、大量の血を噴き出すと、ゆっくりと崩れ落ちた。
「悪いな、ギガ。それはおれの師匠さ。竜王、特級ウォーカーにして史上初の到達者」
にっとイザナは笑うと、ハヤテに向き直った。
「さ、行こうか。あとは、ゴールに着くだけだ。とっとと合格しないと、師匠にぶん殴られるぜ」




