陸
「でもママの店には足繁く通うんですね。」杏には、いけ好かないジーさんだが不思議である。
「ホッホッ、ああ言う人は若い時にもてなくてね〜苦労した人なんだよ。優しくしてあげて。
それに本当は寂しいんだよ。」ママの愛は深い!
「明日、店の方に行くけど良いかな?」しつこく聞いてきた刑事が言う。
「嫌ですけど、ダメなんでしょ?それを断ると。」
それでなくても昼休憩で啖呵切ったばかりなのに。
「次から次と嫌な事ばっかり!」思わず杏は声を出して愚痴ってしまう。
「…あのさ、お金出すからそのグチ聞かせてくれないか?旦那さんを突然亡くしたのはママから聞いたんだけど。
で、店の前でソープのスカウトに絡まれてるのをママに助けられたって?
次はとうとう殺人犯に間違えられるとか、アンタ凄いよ!
不幸のオンパレード!」酔っ払いのゲーム会社のアル中が急に杏の腕を後ろから掴んだ。
「何なんですか?人の不幸が面白いの?
金に困ってる訳じゃありません!
ただ、子供達にこれから教育費掛かるから、進学で苦労させたくないからダブルワークしてるだけです!」
思わず手を払った。
「金持ちのじーさんにさ、生命保険掛けて受取人になれば、簡単に学費作れるよ?」しつこい若手刑事が変な誘導を掛けてくる。
もう泣きたくなる。
でも、もうアラフォーはこんな時に泣く訳にはいかない。
「どうぞ、皆さんの好きにすれば?
人の不幸が面白いんでしょ?
こんな人間ばっかり!
人が大事な人亡くして、1番ツラい時に寄ってたかって!
人間なんてカスよ!マトモな人間なんて居ないんだわ!本当にくだらない奴ばっかり!」足で地面をガンガン蹴る。
「ゴメンゴメン。
本当にそうだよね。警察ってさ、人を疑うのが仕事なんだよ。因果な仕事だよね。
黒田!俺等はもう帰るわ。
お姉さん、慰めてあげてくれ。」最初に聞いてきた1番年配の刑事が、若いしつこい刑事を引っ張って帰った。
黒猫のような刑事は、黒田と呼ばれていた。
名刺を出してきた。
「失礼な事ばっかり聞いて悪かった。
明日も店の方に行くけど…出来るだけ嫌疑があるとか言わないから。
裏だけ取らないとさ、上が納得しないんだ。」黒田が俯いて目も合わさない杏の肩に手を置いた。
杏は反射的に払った。
客だが、もう今は気持ちに余裕が無いのだ。
もう1枚名刺が差し出された。
「ゴメン、面白がってる訳じゃ無いんだ。
社会の闇や人の闇の部分をクローズアップしたゲームを作りたいんだ。
青少年向けだけど、そこに目を逸らした架空のモノを作りたく無いんだ。
後半の世相ネタは世間を騒がしてる事件で出来てるんだ。
冒頭の個人的な闇への導入部分が上手く行かないんだ。杏さんを取材させてくれないか?」ゲーム会社のアル中男の名刺には大谷と書かれていた。
杏は貰った名刺を2枚ともカウンターに置いた。
いい年の女が、これではダメだと思うが、もう破裂しそうなのだ。
しばらくすると黒田も大谷も帰って行った。
杏は黙ったままとにかく洗い物をし続けた。
「今夜はもう客も来ないよ。閉めよう。早く家に帰りな。」と言いながら名刺をママに持たされた。
押し戻そうとしたが、ママが手を重ねて杏の手の上に置く。
「2人共、悪い男じゃないよ。持っときな。」