弐
「私と同じかい!ウチも娘・息子・息子で3人だよ。
呆気なく旦那が亡くなっちまってね〜」マダムはなんと同じ境遇の先輩だった。
「私もロクに手に職も無くてね〜ご飯作るしか能がなくて。でも人様から金取るほどのモノは作れないし。
で、空きの物件があるからとココを貸してもらったんだよ。
スナック『アクア』に入れてもらった。
小さな店で中は畳6畳くらいか?
カウンター4人席と通路でギチギチ。奥に4人掛けソファ席があるだけだ。
「ココで3人無事に育て上げたよ。
安心しな!アンタにだって出来るから!」マダムが胸を叩く。
「私なんかに出来るでしょうか?」心の不安が押し寄せる。
マダムが肩を撫でてくれた。
「子供がね、力をくれるんだよ。アンタが頑張らなくても。出来るから。」
スーパーを4時に上がって家に帰りご飯の用意をしてからスナックを9時まで手伝う事になった。
子供は中学2人と小学生だ。
寂しい思いを少しさせてしまうが、極小建売り住宅がある1丁目からスーパーもスナックも歩いてる10分の2丁目だ。
顔が見たくなったら、いつでも顔を見に行ける。
少しホッとした。
「まだまだコレからだよ!この世の本当の怖さと醜さを見るのは。
まあ、心して。構えな。」夫の死に顔を見て、子供らと泣きはらし、まだ地獄の底を見てないって?
意味が分からず杏は首を傾げた。
「戦う気持ち。それが有れば大丈夫!
子供達にその背中を見せれる事を誇りな!」
まだ杏には意味が分からなかったが気持ちが引き締まった。
元々結婚前、大手スーパーで正社員で働いていたので仕事覚えは早かった。他の正社員とは違うが4時に上がらして貰いスナックの買い出しを届けて、家に大急ぎで帰り夕飯を作る。
6時にスナックのオープンを手伝いながら早い客を迎える。
この時間は古参のおじいちゃん達が多い。歌を歌ったりお互いの病気の話で盛り上がる。
ママはほとんど話さない。言われた曲を黙々と入れるだけだ。
しかし、ツマミで出される食べ物が田舎料理で野菜タップリでヘルシーだ。煮物がこれでもかとテーブルに並ぶ。
この店にはメニュー表は酒しかない。
後はママの家庭料理をこれでもかとテーブルに載せられるのだ。おじいちゃん達は、子供の頃の味らしく懐かしそうに食べて飲んで歌う。
山菜の揚げ物とかわらびの煮物が次々とテーブルに出される。
お会計もママの気持ち一つだ。まあ、酒を基準に決めてるようだ。
だから下戸の人は得な気がする。
おじいちゃん達は3000円くらいて払って帰っていく。
その後、リーマン達だ。
揚げ立ての山菜天ぷらに煮物で飲み食い話し歌う。
本当に客足が絶えない。
間にお料理を食べさせて貰うと本当に味付けが絶妙だ。
プロの料理ではないが、家庭料理としてはトップオブトップだろ。
けっして原価の高いモノは使ってない。
酒が進む濃い味でもない。
ただテーブルにこれでもかと何十種類のオカズが並ぶ。
このマダムは、こうやって他にはないスナックを作り
子供達を養い育てたのか?
お酒を作り運ぶくらいしか手伝えないが杏は会釈して運ぶ。
横に座れとか酒を飲めとか言われると、ママが目ざとく
「ウチはそういのはやってないから!他当たっとくれ!」と言ってくれる。
ありがたいが、自分でさばけるようになりたいな!と心密かに思った。