安倍古部姉妹の波乱万丈な学校生活、のプロローグ
続編は考えてません…一発ネタ。
安倍 晴明はスマホのアラームを消しても中々ベットから起きる事が出来なかった。もう一度眠ろうとした時だった。
頭から被っていた布団を引っ張られ、身体(主に鳩尾辺りに)衝撃を受けて飛び起きた。
身体に衝撃を受けたのは晴明達が暮らしているマンション(ペット可)で買っている白黒模様の猫のネズが呑気に欠伸をしていた。間違いなくこの暴れん坊が何時もの如く何処か高い所からダイブしたのだろう。
そして晴明の布団を剥いだのは……
「…………おはよう小紅」
「おはようございますお姉様」
誰もが惚けそうな程の美しい笑みで挨拶を交わしたのは、晴明の一つ下の妹、古部小紅だった。
枝毛一つもない烏の濡れ羽色の美しい腰まである髪に、大きな黒色の目。はっきりとした目鼻立ちはまるで二次元のキャラがそのまま出てきたのではないか思う程パーツが全て整っている。しなやかで美しい色白の手足は傷一つもない。まさに小紅は『美少女』『傾国』と言っても過言ではなかった。
一方姉の晴明はお昼でも眠たそうに瞼が重く、お団子の様な低い鼻。日の本では珍しい茶色の瞳で、これも日の本では珍しい茶髪なのだが所々に若白髪が混じっている。寝起きを考慮してもブスッとしている口元。はっきりと言えば妹の小紅と比べれば見劣りするのが安倍晴明なのだ。
「……まだ登校まで時間があるじゃん」
「そう言ってバタバタしてギリギリで登校するのは誰だと思うのですか? ほら一緒にお風呂に入って上げますからシャワーを浴びて眼を覚ましましょう?」
ニコニコと笑う小紅に晴明は内心『それは小紅が私と一緒に風呂に入りたいだけなんじゃ……』と内心思いながらも、離れて暮らしていたせいですっかり甘えん坊になった小紅の為にされるがままにお風呂場へと向かうのであった。
玉桜学園は日の本で一番の広さと力のある学園であり、優秀な魔術師や魔術医療師を輩出させている学校である。
ある日全国各地に出現したダンジョンから現れる魔物が人々を襲い始めた。警察や自衛隊も敢闘したが、異次元の強さを持つ魔物達にジワジワと戦力を削られていった。
このまま魔物に蹂躙されるか、大国の核の爆弾で国ごと消されるかの瀬戸際の時に突如人々に不思議な力が宿った。その力で魔物を攻撃し、時に弱き者を守る盾を作り、時には傷いた人々を癒した。
お陰で魔物達を元のダンジョンへと押し返す事が出来たのだ。
人々はこの不思議な力を『魔法』と呼び、その力を最大限に生かす為に研究し、その研究結果を惜しみなく公表した。お陰で各県で魔法を専門と教える学校が開校し、そこから卒業していった魔術師は定期的にダンジョンに潜って魔物を討伐し、魔術医療師は今まで治療が出来なかった病気を治療する事が出来た。そうして脈々と先人達が築き上げた知識と力によって現在に至る。
その中で名門校の一つである玉桜学園に通っているのが晴明と小紅である。
晴明は魔術師剣術科(魔術に剣術を絡めて攻撃する勉強を専門とする。他に銃術科、武術科等がある。途中で科を変更するのも可能である)の二年の自分の机に突っ伏して眠っていた。
晴明の眠り癖は二・三年の間では有名なので誰も気にせずにいた。
スヤスヤと眠る晴明の頭に誰かの拳で殴られた様な強い痛みに、晴明の目の前がチカチカと星が輝く。
「イッッッーーー‼︎ ……頭が痛いっ」
「授業始まるぞブス」
文字通りに晴明の頭に拳骨を落としたのは晴明の隣の席のクラスメイトの男子である 芦屋 道満である。学年で有名な不良であり、ちょくちょく晴明に痛い愛の鞭を振るう面倒見の良いタイプの不良だ。しかも剣術科でトップが彼で、オマケにイケメンなので女子達からの人気が高いのである。ちなみに剣術科の最下位は安倍晴明だ。
「おはよう道満君。良い加減に私の頭を殴り続けたら私のポンコツな脳味噌が余計にポンコツになっちゃうよ」
「おはよう。俺に殴られた程度でポンコツになるなら何度でも殴ってやる」
「こんな大勢の前でDV発言はどうかと思うよ。今日の宿題は数学の問題集十ページと炎魔法と水魔法の合体魔法の中級レベル2だけだよね?」
「他の弱い連中はお前だけしかこんな事をやらんて事を知っているからそんな心配するな。数学のは合っている合体魔法の方は土魔法と草魔法の上級レベル3の方だ」
「えっ嘘、あっ昨日の宿題と間違えたっ!」
晴明は慌てて鞄から合体魔法の教科書を取り出して該当魔法の宿題を確認する。道満は呆れて溜め息を吐きながら道満の左隣の男子生徒に声を掛けた。
「お前確か土魔法と草魔法得意だっただろう。この馬鹿に教えてやってくれ」
眼鏡の男子生徒は快く了承し、パニくる晴明に丁寧に宿題を教える。涙目になりながらも宿題を解く晴明の姿を確認して道満はフンと鼻を鳴らすと友人達の元に向かうのであった。
ギリギリまで合体魔法の宿題を終わらせて気が抜けたのか授業中うつらうつらと寝そうになる度、隣の道満に腕を突っつかれて何度もハッと起きる事繰り返した時だった。
晴明の眠たそうな瞼が突然大きく開き、授業中だと言うのに窓辺へバッと走りよると乱暴に窓を全開にしたのだ。
突然の晴明の行動と春とは言えまだ肌寒い風にクラスメイト達と先生達は戸惑っていたが、ただ一人道満だけは自分の杖(魔導士の必需品。この杖を変形させて剣にしたり銃にしたりする)を手にして何時でも動ける様に中腰となって晴明の様子を伺う。
晴明は視線を左右忙しく見回しながらクンクンと警察犬の様に嗅覚を集中させた。この大量の血の匂いがする場所を集中して探る。
「…………先生! すぐに救急車を第二運動場まで呼んで下さい! 二台、いや最低五台は呼んで下さい‼︎ 道満君急いで私を第二運動場まで‼︎‼︎」
「言われなくても!」
道磨は杖からバイク(空陸何方も運転出来る魔導士専用の乗り物) を呼び寄せてエンジンを吹かせると晴明は道満の後部座席に座り、しっかりと道満にしがみついたのを確認すると道満は晴明に指定された第二運動場まで飛ばしていった。
周りはバイクが走れる様に近くにいた生徒は机と椅子を離して避難した者、突然の行動に最初にまん丸して呆然としていた者等色々いたが、教師はいち早く教室に設置しているスクールインカムを取ると直ぐに学校中の教師達と連絡を取ったのだ。
「い、今すぐ第二運動場に救急車を最低五台位呼んで下さい! 後、鎮圧部隊と治療班も結成も! 理由? あの安倍晴明が顔色を変えて向かったと言えば事態が最悪な事位分かるでしょ⁉︎」
第二運動場では一年生のクラス合同で実際の魔物を使用した授業を受けていた。勿論安全の為に剥製になっているものや対象が簡単なスライム等を使用する。
しかし今回は不運な事と学園側の不手際が最悪な事に重なった。
一つ目は教師陣がクラス担任の教師三人だった事。
二つ目はその教師三人が武闘派の方ではなく魔導医療師系が得意だった事。
三つ目は今回使用した魔物が生きている、それも初心者でも挑めるダンジョンにいる雑魚モンスターの『不運な鼠』だった事。
四つ目はこのラット・ラットは子供を唯一産む事が出来る女王鼠でしかも現在妊娠中のラット・ラットだった事。
五つ目はこの女王鼠の腹に子がいる状態で魔法攻撃をすると、腹の子が魔力を吸収してどんどん強くなる事。
六つ目は一部の生徒達がマドンナに良い所見せたいが為に、教師陣に隠れて女王鼠を魔法を使って退治してしまった事。
この六つの出来事が起こってしまった結果。
SRランクのモンスター『悪魔鼠』が死骸の女王鼠の腹を食い破って誕生してしまったのだ。
「皆落ち着いて! 防御魔法を展開して自分の身を守って!」
生徒が皆パニックになっている所を小紅は声を張り上げて指示を取る。教師陣は最初にデビル・ラットを攻撃した生徒達を守る為に身を挺して庇った為に重傷を負っている。元凶である生徒達も担任達程ではないが逃げるには困難な程の大怪我を負ってしまった。救援要請をしたくても担任達が持っていた救援要請用のスマホは先程の攻撃で壊れてしまっているし、他の生徒達もSRランクのモンスターを相対するのは初めてな生徒達ばかりか、場は大混乱。小紅の様に達者を守りながらデビル・ラットを攻撃する強者もいるのだが、残念ながらレベルが足りず焼け石に水状態。
「ヤバいヤバいヤバイ‼︎ もしデビル・ラットの意識が覚醒したら仲間を呼んで来ちゃう‼︎ 救援要請はマダなの⁉︎」
「先生達のはさっきの攻撃でぶっ壊れたし! 俺達のは教室に置いて来ちゃったからどうにもならんし‼︎」
「空を飛ぼうにもあのデビル・ラットが邪魔をするし、出口はアイツがいるから逃げられないし‼︎‼︎」
「どうしよう! 先生達の呼吸が弱くなってるぅ……」
生徒達は絶望の目をしていた。そんな中でただ一人、古部小紅だけは希望の光が消えていなかった。
『大丈夫大丈夫。お姉ちゃんなら、お姉ちゃんだったら絶対に助けてに来てくれる!』
小紅はパニックなって四方八方に生徒達が逃げない様に学年全体を覆い被せる程の巨大な防御魔法を使った。これだけで上位クラスの魔導師になれるものだが、いかんせん小紅は攻撃専門で他者を守りながらの防御魔法系は不得意だった。
何度も何度もデビル・ラットのがむしゃらな攻撃に段々とバリアにヒビが割れていく。あともう一発で魔法が崩れてしまう事に同級生達は絶望し、小紅は自分の不甲斐なさに歯を喰いしばる。
「…………っ! 助けて春芽お姉ちゃん‼︎‼︎‼︎」
「もう大丈夫」
デビル・ラットが吹き飛んだ。
デビル・ラットの顔面を突然現れたバイクが吹き飛ばしたからだ。
そして小紅を守る様に目の前に立っていたのは小紅が大好きなお姉ちゃんが、顔だけを小紅の方へ向けて優しく安心させる様に微笑んでいた。
「怪我人は?」
「あっ……先生達が攻撃を受けて重傷を負ってる! 他は命に別状はないけど大怪我はしているけど死にそうなのは先生達だけ!」
「分かった。怪我人はお姉ちゃんが何とかするから小紅は安心して道満君と一緒にアレをやっつけなさい」
「分かった!」
走って道満の方へ向かう小紅と入れ違って晴明は重傷の教師陣の元へ。
「容体は」
「あっ……田中先生は右腕と右足を切断、青野先生は上半身を左上から右下尾てい骨まで斬られて、森先生は頭を強く打って意識を混濁しています!」
「…………うん。緊急度が高いのは森先生だね。どうやら脳挫傷を起こしている。他の二人もかなり危険だけど……良かった。私が治療出来る範囲だ」
晴明は何時もの様に鑑定スキルを行なって患者の容体を把握。背後で「嘘でしょ……あの両目の色は高難易度魔法の『ステータス』……?」とザワザワし始めたが、関係ないので無視をする。
「それじゃあオペを始めるから悪いけど離れてくれる?」
「えっ手術するにしても道具がっ」
「大丈夫。こっちで準備してる」
晴明がポンッと手を叩くと彼女の周りから手術に必要な道具が綺麗に揃えてあり、何時の間にか担任達の腕ににしっかりと輸血されている。
「よしっ……『今から手術を開始する』」
清明は演唱を唱えるとそこからは清明の独断場となった。
医療魔術師を目指す生徒達は晴明の治療を固唾を飲んで見守っている中、それ以外の魔術師達は道満と小紅の戦闘を驚愕して見ていた。
「う、嘘だろ……」
「二年生でトップ成績の芦屋道満先輩は兎も角っ」
「あの小紅さんがSRモンスターと渡り合ってる⁉︎」
そう可憐でか弱い美少女である筈の小紅が巨大なマシンガンでデビル・ラビットに攻撃の隙を与えずに撃ち続けていた。銃型の武器は弾丸が魔力の為使い過ぎると直ぐに魔力が無くなってしまう欠点があるのだが、小紅は千発以上の魔力の弾丸を撃ち続けているのだ。
「晴明妹そのまま胴体を撃ち続けろ! トドメは俺がする!」
「お願いします‼︎」
道満は自分の武器である大剣を握り締め、弱りきっているデビル・ラットの首目掛けて振り下ろした!
一瞬の静寂の後に噴水の様に胴体と首が切り落とされたデビル・ラットの血飛沫が流れ落ち、鈍い音をしながらデビル・ラットの胴体が崩れ落ちた。
倒れたデビル・ラットに周りの生徒達は喜びの雄叫びと喝采をあげた。安堵のあまり腰を抜かして泣き出す女子や男子もいた。
道満も大剣から元の杖に戻した瞬間だった。
首だけのデビル・ラットが胴体の様に地面に落ちる筈が、カッ! と目を見開いた事に道満が気付いた瞬間デビル・ラットの首が突然目にも留まらぬ速さで道満の横を突っ切ると、一直線に今だに治療中の晴明の首を狙って大きく口を開いて飛び掛かろうとしていた!
「しまっ!」
道満が急いで止めようにも絶対に間に合わない。他の生徒達も死んだと思ったモンスターが突然動いた事に対応する事が出来ない。このままデビル・ラビットは晴明の首を食い千切ってしまう。誰もが絶望した気持ちでそう思った時だった。
「お姉ちゃんに何噛もうとしているんだよゴミカス雑魚がっ」
「小紅汚い物を飛ばなさないで。患者に掛かる」
「ごめんなさいお姉ちゃん…………」
杖を剣に変形させてデビル・ラットの頭部を頭上から剣先でぶっ刺して叩き落とした。その表情は蛆虫でも見る様な冷たく恐ろしい無表情だった。デビル・ラットの血飛沫が晴明の方へ飛んでいったが、無菌空間の防御の壁に引っ掛かっり、手術に集中したまま晴明は何時もよりも厳しく妹に注意した。
『美人のブチ切れ無表情はこえー…………自分が殺されそうになったて言うのに気にしないアイツもアイツだが』
道満は乾いた笑い声を思わず出してしまった。
晴明の要請によって救援に来た教師陣が見た物は、姉に怒られた腹いせに無表情でデビル・ラットの頭部と思われる肉の塊をひたすら叩き続ける古部小紅と隅で固まって怯えている魔術師希望の生徒達。今だに神業の腕前で手術を行う晴明憧れの目で見学する医療魔術師希望の生徒達。まさしく天国と地獄状態だ。
異様な光景の中で頭が混乱状態の教師陣にただ一人冷静な道満が事情を説明するのであった。
「…………んっ?」
晴明は何時の間にか眠っていた。正確に言うと気絶していたと言う言葉が正しい。
晴明は身体を起こして視線で周りを見回す。どうやら此処は保健室の様だ。
「目が覚めたか」
「道満君」
晴明の横のベットに腰を掛けてコーラを飲んでいた道満。頭を振ってぼやける頭を覚醒しようとする晴明に道満は蓋が開いていない缶のコーラを手渡す。
「ありがとうーーーはぁ。それで私が手術した先生達は?」
「お前の的確で迅速な治療のお陰で後遺症もなく助かった」
「良かった……そう言えば小紅は? あの子なら私の側に居そうなのに?」
「あのおチビちゃんは一応当事者という事で先公や警察から事情を聞かれている。まぁお前が手術を終わらせて直ぐに気絶した時は大騒ぎしたが」
「……あの子には可哀想な事をしちゃった」
「しょうがねぇだろ、お前が全力で治療を行えばかなりの体力と気力を消費する事は妹も分かっていた事だ」
「それでもあの子は私に関し負目を持っているみたいだから……」
申し訳なさそうに眉を下げている晴明に道満は心の中で愚痴る。
『ガキの頃からずっと辛い目に遭っていたのは自分だっていうのに、ホントコイツは人の事ばっか気にしやがって」
腹が立ってきた道満は晴明の頬に自分の水滴が流れ始めた缶コーラを当てた。急に頬に水滴付きの冷たい缶に触れられて「ヒョッワ!」と変な悲鳴をあげた晴明につい笑ってしまった。
「それで今回の事件で公表するものと非公表するものがある」
「…………今回は不運が重なった事故じゃないの?」
「不運な事故じゃない事がさっき結論された」
公表された物は『瀕死状態で妊娠していた女王の不運な鼠を数人の生徒達が教師陣の目を盗んで勝手に攻撃。結果悪魔鼠が生まれ、暴れる。結果教師三人が一時意識不明の重体。悪魔鼠が生まれた原因である生徒達が重傷を負う惨事となったが、悪魔鼠が仲間を呼ぶ前に事態を把握して駆けつけた二年の生徒一名とその場にいた一年の生徒一人が討伐。重体だった教師陣も駆け寄ってきたもう一人の二年生の迅速な治療により命の心配を脱した。これにより勝手な行動を行なった元凶の生徒達は退学処分。学園側や今回一時重体となった教師達にも何らかの処分が出る』という物。
「一発退学は厳しすぎじゃあ?」
「ラット・ラットの習性と危険性は学園に入学して直ぐに習う事だ。しかも授業前からも説明したのに魔法攻撃の禁止を破ったのはあの馬鹿野郎共だ。自業自得だ」
「……それで非公表の方は?」
「誰かが意図的にあのデビル・ラットが誕生する様に小細工をした可能性が出てきた。と言うか間違いなく小細工されていたていうのがウチの親父の見解」
事件後学園側や魔術師協会の合同調査を行なった所、当初は危険性が低いスライムを授業に使う筈だった。しかし『『ラット・ラット』の死骸が手に入れたからそれを授業に使ったらどうか』と連絡を貰った。連絡を貰った教師はラット・ラットの危険性を知っていた為、渋りはしたが『危険だからこそ教材にするべきだ。それにこのラット・ラットは妊娠していないやつだ』と連絡をして来た人物に説得され、学園の上層部に相談し許可を貰った上でスライムからラット・ラットに変更となった。
一応数人の教師陣が持ち込まれたラット・ラットを調べたが息も心臓も止まっていた為、『死骸』と判断。そしてラット・ラットの腹をエコーで調べたが胎動の様子もなく、『デビル・ラット』が産まれる可能性がないと結論付けられた。
「だけど生きていた」
「ああ。母胎のラット・ラットは仮死状態だった。死骸を解剖したら血液に薬物反応が出た。何の薬が使われたのかは調査中だが……母親が仮死状態だった為に腹の子供も同じ様に仮死状態になっていた」
「そして小紅達が授業を受ける頃にその仮死状態から回復出来る様に薬を調整していた、て事?」
「恐らくな。ーーーそして例の退学となった馬鹿共。其奴等を煽動した奴がいた」
「ーーー誰?」
これには流石の晴明も眉を顰める。道満は難しい顔をし頭を左右に振った。
「其奴等の記憶を探ったりしたが念入りに認識障害を掛けていて解除不可になっていた。他の生徒にも聞いても目撃情報は無し。分かった事は唆したのが『同年代』で『警戒心が解ける話し方』をする『男』だそうだ」
「解除不可の認識障害を掛ける様な実力者だからその姿が本当の姿とは限らないけど、一流の詐欺師レベルの話術はありそうね…………小紅に良い所を見せようとしてあんな馬鹿な真似を?」
「端的に言えばそうなるな。それを知った時のお前のとこのおチビのキレようと言ったら……逆に其奴等が可哀想に思ったわ」
その時の様子を思い出したのか少し顔を歪ませて肩を竦めた。
「そう言う人に迷惑をかける格好付けを嫌う子だからね小紅は。それで具代的にどう対処するつもりなの?」
「今の所は学園のお偉いさんとギルドマスター達との対策会議の真っ最中。俺達は決定が出るまで普通に過ごせだと。ただしお前は一週間一日一回検査を受けろよ」
「えー……」
「えーじゃないえーじゃ。…………妹を泣かしたくないだろ?」
小紅の事を出されたら渋々従うしかなかった晴明だった。
何故晴明と小紅が其々別の苗字なのかと言うと単純に両親が離婚してそれぞれの親の苗字になっただけ。ただ、その離婚した理由がかなり複雑だった。
簡単に言えば『子供を守る為』に離婚を選択したのだ。
突然出現したダンジョンは人的物的被害を出しながらも日の本に恩恵を与えたのは間違いなかった。
特に『魔法』は当時は日の本でしか使える者がおらず(現在は世界各国でも何故か出現する様になり、魔法もかなり世界に広がった)未知の力を持つ日の本に対して危機感を持った他国の官僚達は何とかして『魔法』を得ようと暗躍した。
当時は魔法を持つ人物は多くなく、その力を万が一失わない様に魔法を持っている者同士で結婚していた。
魔術師として最強と謳われる『安倍家』の当主と魔術医療師の名家として名高い『古部家』で一番の医療師だった娘との結婚は、関係者の間ではかなり話題となった。その二人との間に産まれた子供も両親の力を受け継ぐ事をかなり期待された。
幸いな事に産まれた娘二人は期待に応える様に両親それぞれ力を受け継いだ。その才能は両親の指導の元、いずれは両親を超えて活躍する事を望まれていた。
当時七歳だった長女の安倍春芽が誘拐されるまでは。
誘拐したのはとある犯罪組織で、とある独裁国家の支援の元に魔法が使える子供達を狙っての犯行だった。春芽の他に数人子供を誘拐していたが、その子達は早期に救出出来たが、春芽だけは三年も経ってしまった。
大勢の子供達を取り逃したのは犯罪組織にとって痛手だっただろうが、それでも名家の名家と言われている家の子供だけでも捕らえた事は僥倖な事だったろう。
誘拐された春芽は犯罪組織によって非道な人体実験を受けた。魔法について徹底的に調べられ、魔法を使える人間の限界値は何処までなのか、それこそ頭を開いて脳味噌を調べられるレベルの。春芽が優秀な治癒魔法を使えたお陰で何とか死ぬ事はなかったが、皮肉な事にそれに調子に乗って余計に人体実験は苛烈を極めてしまったが。
並の人間だったらどんな凄腕魔術師だったとしても発狂する程の苛烈極まり無い日々の中、春芽は救出されるまでの三年間正気を保てていた。
理由の一つは無意識に自分の心と身体を切り離していた事。春芽曰く、『幽体離脱みたいに自分が人体実験されている姿を空中で見ていたから、何か映画とかドラマみたいな感じで自分の事なのに他人事な感じ』との事。
もう一つは防衛本能で無意識的に魔法で自分の精神を切り離していた為に心だけは何とか守られる事が出来た。
三年後、阿修羅の様な形相で春芽の両親を中心に救出チームが資金提供をした独裁国家事犯罪組織を壊滅し春芽を救出し、魔術医療師の名医達の手厚い治療を受けた。
春芽の心が無事なのに対し、春芽の身体はボロボロだった。弄られていた神経等を元に戻し、奪われた臓器を元に戻し(移植出来ない状態なら別の臓器を用意した上で)、醜くなった傷跡を綺麗に治すまでに一年もかかった。
春芽の見た目は綺麗に元に戻ったが春芽の中身、正確に言えば春芽の脳が壊れた。
魔法を制御する部分が損傷してしまい、一度魔術を使えば例え初級の初級のものでも倒れてしまう程の膨大な垂れ流し状態となってしまった。ただ、これに関しては父親の厳しい教育のお陰で制御出来る様になったが、日常生活は常に眠気との戦いだし、今回の様に高難易度の魔法を複数発動した上で長時間使うと今みたいに気絶してしまう。
魔法をある程度制御出来る様になった春芽は自主的に勉学をし始め、空白の四年間を補おうと頑張った。
娘の意思を尊重した母親は古部家の長年経験した魔法の医術を教えた結果、元からの春芽の才と制御出来る様になった膨大な魔法、そしてあの過酷な人体実験のお陰でグロ耐性が付いた春芽は次々と新しい魔術医療を開発し、それを母親含めた古部家の人間が他の魔術医療師でも扱える様に改良した結果。
魔術医療師御用達の医療本の大半の技術が春芽が開発した医療技術となったのだ。この時春芽が十五才の時である。
そう言う訳でまた犯罪組織に誘拐されない様に『春芽』から男の名前そのものの『晴明』と改名し、古部家と離婚した事で『男みたいな名前が特徴の安倍家の人間』と偽装した。幸いな事に当時の春芽の素性を知っている者は多くなく、しかも魔術師剣術科を専攻すれば誰も疑う事はない。(最も名門校である玉桜学園ですら医療に関して学ぶ事が無い事が理由なのだが)
もう二度と誘拐されない様に攻撃専門の科を選んだ晴明は、一年の頃は劣等生として他の生徒達から見下されながらも何とか素性を隠して平穏に学園生活を受けていた。
ただ、色々あって晴明の素性がバレてしまったが、幸いな事に今のクラスメイト達は晴明の事情を知った上で普通に接してくれている。
『さて。今回の魔獣騒動の黒幕は何なのか。目的は何なのか不明なまま。真っ先に思い付くのは玉桜学園を廃校に持ち込む為の妨害行為。それならそれで色々と対策とか犯人探しとかやり易いけど、相手が小紅を利用した事が気になる。ただ単純に一年のマドンナが小紅だったから利用しただけなら良いが、『安倍春芽の妹』として狙ったのなら話が変わる。狙われたのが『私』か『妹』かで目的が分岐してしまう。この場合は高確率で『私』が狙いだから別に良いけど、小紅が狙いなら……』
ニャ〜ン
晴明の膝に程良い重さと温かさに考え事を止めて膝を見るとネズが優雅に欠伸をして香箱座りをしていた。
「ん〜良い子良い子。……悪い癖が出ちゃたか」
脳を損傷したが、日常生活や魔術師として問題は無いのだがこうやって考え事すれば際限なく思考し、こうやって外部から考えを止めないと半日も考えていた事もある。
「……まぁ考えても仕方がないし、今後は相手の動き次第だからな。父さん達も知らない訳ないし……うん。取り敢えず晩御飯だ晩御飯。料理をしても良いけど一人で料理中に眠気が襲ったら危ないからピザにしよう」
スマホを取って近くのピザ屋を調べようとした時だった。玄関が開いたと思ったら大きな音を出して閉じられた。そしてドタドタ! と廊下の走る音にネズも晴明の膝から飛び降りて何処か安全な場所に避難した。
と、当時にリビングのドアが乱暴に開いた。
「お姉ちゃ〜〜〜ん‼︎‼︎」
「ゴフッ」
晴明にタックルする様に抱きついた小紅。流石に叱ろうとした晴明だったが涙目の小紅流石に押し黙って頭を撫でる事にした。
「アイツ等ほんっっっとうに意味分かんない‼︎」
「うんうん。小紅にカッコつけたいからって決まりを破る相手側が悪い。小紅は被害者」
「そのせいでお姉ちゃんが倒れるし!」
「それに関しては小紅に心配かけて申し訳ないと思うけど、私があの場でやらないと先生達が死んでいた訳だし後悔も反省もないの」
「お姉ちゃんは何一つ悪くない‼︎‼︎」
ぐずぐずと泣く小紅の姿は小さい頃の『泣き虫小紅』の姿と全く変わらず、晴明は小さく笑ってしまった。
春芽が誘拐された時に小紅はその場にいてしかも小紅の目の前で誘拐されたのだ。
小紅は春芽を助けようとしたが、それを春芽は誘拐犯の目を盗んだ過ぎに止めた。幾ら魔法が使えても複数の大人相手では多勢に無勢だ。だから小紅は直ぐに両親に助けを求めた。
そのお陰で他の誘拐されていた子供達は助けられたが、肝心の春芽だけは誘拐されたまま三年が経ってしまった。
小紅は自分のせいで姉が誘拐されたと自分を責めた。責めて責めて自傷行為する程に自分を責めたのだ。
幾ら両親を含めた周りが『小紅は悪くない』『仕方がなかったんだ』と言っても納得する事は出来なかった。結果小紅は一時期的にカウンセリングを受けていた。
そして春芽が救出されて治療中の時の姿を見た時に小紅はまた大きなショックを受けた。
それから小紅は二度と春芽を傷付けるさせないと誓い、それはもう死に物狂いに努力した。かなり周りから鬼の様に厳しいで有名な春芽達の父親ですらも止めに入る程に鍛えた。
小紅が古部家に引き取られたのは、あのまま安部家にいたのなら自滅してしまう事とあんまりにも春芽に依存する小紅に両親が不安になったからだ。春芽と離れる事にかなり抵抗したが母親が『古部家で治療を習えば春芽に何かあれば治療出来るわよ』と言った瞬間即決で了承した。
古部家は女系家系の古風な家柄のせいか、小紅に久しぶりに会った時はお淑やかなお嬢様な感じになっていた。清明対しても『お姉様』と呼んでいてちょっとむず痒い思いだったが、こうやって感情が高ぶると昔の様に『お姉ちゃん』呼びになるし、感情が高ぶると『お嬢様の顔』が剝がれやすいので昔のままだと安心した。そもそもお淑やかなお嬢様のふりにしていたのも『自慢の妹』と清明に誇って欲しかったからと後に母方の祖母から聞かされた時は腹を抱えて笑ってしまった清明。
「……落ち着いた?」
「うん……」
「お腹空いたからピザ頼まない? 今日は小紅の好きな物頼もう? それで一週間検査する事になったから病院の帰りにジェラート屋とか喫茶店とか食べ歩きしない?」
「…………お姉ちゃんと二人で?」
「あー道満君に今回のお礼したいから一日は三人でいる日があるけど、構わない?」
「………………蘆屋さんなら良い」
ちょっとぶすくれているが機嫌が大分直った様だ。清明はスマホを操作してピザ屋のメニューを検索し、二人仲良く今夜の夕食を吟味するのであった。
安部古部姉妹の波乱万丈な学校生活のプロローグはこうして終わったのであった。
姉の方が攻撃専門で妹が治療専門と見せかけて本当は逆と言うの主軸に執筆しました。
因みに裏設定として道満と清明は許嫁関係で小紅がこの事をまだ知らない状態です。で、知った時はそれはもう某大乱闘ゲームみたいなります。
因みに当の本人達は『コイツ(彼)なら良いかぁ』なそこそこ好感度です。