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ラスト・パス

     ◆山城祐介◆


 俺は強化合成樹脂に形成された日本刀を素早く引いた。その刀は陽炎の魂が宿ったように軽く、まるで身体の一部のように感じた。


 変幻自在。どこまでも長く伸び、数瞬先の刀身が目に見えた。陽炎の能力は鏡面蜃気楼によって幻を敵対者に見せるというものだった。


(軽い、そして斬り込む前に軌道がみえる。敵に対する幻術ではなく、この俺に対するメッセージだ)


 自分の打ち込むべき剣筋が見えていた。ただ、その線をなぞるだけで、日本刀は潮流に乗った枯れ葉のように自然な水流と波をつくり機械蜘蛛を斬りつけていった。


(剣の達人になったみたいだ)


 剣技というより美しい舞踊のようだった。無駄な動きはなく、脚を切られた機械蜘蛛は縺れあいながら二の太刀でまとめて斬り上げられた。


(陽炎さん……あんたの磨き抜かれた究極の剣技、確かに見させてもらいましたよ。流石です)


 切断面は鈍く赤熱せきねつし、機械蜘蛛はジタバタと暴れた。伊藤麟太郎と金子伸之の追撃によって、文字どおりに蜘蛛の子を散らす勢いだった。


 だが機械蜘蛛の数は増すばかりだった。海洋生命体のカーサには無限のキューブが蓄えられていた。


(よりによって、皆が集まれたのが最期の戦局になるとは)楔のパスが繋げた細川大也の意識から、全員の恐怖と絶望の感情が痛いほど伝わってくる。


 異世界で大事件にかかわった出来事は、約得というには少々不公平だ。(それでも、これが最期になったとしても、俺たちは一緒にいたかったんだ)


 日が落ち、ひんやりとした風を頬に感じた。薄く光る機械蜘蛛のコアと切断面が床を照らしている。


 今まで生きた時間より、長い時間をこの戦闘だけで生きたかのような気分だった。無限に現れる敵に集中力が削がれていく。


「キャプテン!」前田の叫ぶ声と強化合成樹脂の割れる音がした。肩から伸びた棒状の物体を目で追う。


「矢か――」


 なるほど……弾丸のような直線的な攻撃なら前田の能力で誘導できる。だが放物線を描いて飛んでくる原始的な攻撃には対応が難しいらしい。


 もとは相手チームを仮想して練習してきた技術だ。いっぽうで〈吸着〉している高橋にも限界があった。


 跳ねた長い矢が床をみるみるうちに埋め尽くしていくなか、ナノキューブの弾丸が耳をかすめていく。


(まだまだ……)肩の異物は邪魔だったが痛みは感じていない。アーマーに守られ致命傷には至っていない。見上げると矢が次々と、薄暗い空に黒い弧を描いて飛んでくる。


(何処から撃ってきやがる?)


 他の仲間に矢が当たる前に、新たに棒状の武器をうみだして頭上でくるくるとまわし薙ぎ払った。


 ガガガガガガ――……。


 何本かがすり抜けるとヒロの身体が後ろに引っ張られたように引いた。直後に機械蜘蛛が群がるのをリンダの固定観念板が防ぐ。


(くそっ!!)失点だらけだ。


 着弾したのだ。フォーメーションが崩れると怒声と悲鳴が響き渡る。足場が矢に崩され立っていられない。


 意識が朦朧としてくる。鎧を構成していたナノキューブまでがバラバラと砕けはじめていた。


「……」


 伊藤と金子にも矢が降りかかる。怪我を負った仲間はマリナさんが魔術でリンダさんの防御壁へと引きずりこんでいた。


 新たに攻撃しようにも細川の意識からは返事がなかった。俺たちに、もう武器はなかった。


(くそっ、くそっ、くそっ!)


 涙がでた。仲間はひとり、またひとりと倒れていった。肩や脚に矢を受け大量に出血して。


 リンダさんとマリナさんの髪は真っ白になっていた。肌がくずれ鎖骨が浮き出し、歯は抜け落ちていく。


 美しかった魔女が自身の生命力を使い、老婆と化していった。矢が放たれている場所が分かったときには、もう遅かった。巨大キューブの真上。


「俺に繋げろ」

「!!」


 俺は迷わず強化合成樹脂を伸ばし、金子を持ち上げて、真上へ飛ばした。だれより諦めの悪いセンターフォワードを。


 高橋はシリコン樹脂で出来た玩具のサッカーボールを真横に投げた。俺はぞくりとした。やつが受け続け溜め込んだエネルギーは計り知れない。


「中島!」

「オッケー!!」

 

 何十匹も群がる機械蜘蛛が、草薙のプレスとヒロのカウンターで弾け飛んでいく。パスは矢が放たれる最上部の一点へ飛んだ金子に繋がる。


 カッ――――――――――――。


 俺たちは、空間が歪むのを見た。ダメージを受けた巨大なキューブは身を守る為に最終手段を使った。


 擬似アストラル界と現実世界との境目が裂けた。瞬間、眩しい光が地上を包み全員の肉体が空間ごと止まる。


(温かい――)


 時間旋とは違っていた。張り詰めた空気はなく、包まれているような不思議な感覚だった。


 喰い込んでいた矢が外れ、傷が癒されていく。マリナさんとリンダさんがゆっくりと起き上がる。


 もとのスラリとした体型に真っ黒な髪でまっすぐに立っいた。


『時間旋か、いや時空旋ってことなのか。渾身の一撃にびびったのか?』伊藤の声がした。

(ちがう、これは野口だ!!)


「……」

(間違いない。あれは野口の声だ)


「……」

(タナーさんもいるのか)


「……みんな聞いて、自分の身体に帰ることは出来るはずだ。僕らは大丈夫。この地区は数分後にすべて無かったように復元する」

(おいおいおい、どうなるんだ?)


「僕とタナーさんは無事だよ。アッシュさんは……ここに残るけど」

(本気かよ?)


「うん。擬似アストラル界は今までと違った開かれた世界になる」

(いわなくても、やることは分かったよ。みんなもいいな)


 まず野口はマットに預けた肉体に戻る。アンディと細川は、野口をフォローしてくれ。共にヨークの街の住人とイグアナや蝙蝠男、実験体との橋渡しをするんだ。


(平和的にはいかないだろうな。だがあの街は生まれ変わって、新たな文化の中心地になるかもしれない)


 高橋、金子は羽鳥と宏美を保護して教会へむかうんだ。ヒロのポータルでラルフ神父と会え。樹輪の宝珠を預けるよう説得してくれ。


(これで宝珠はみっつ)


 中島、草薙、前田は伊藤とノルウェーの古城へと帰って地下施設を探ってくれ。爬食石生物の残骸から野口玲奈さんの痕跡が辿れるはずた。


 野口の母親。ヴィダが住み着く前は賢者の神託所と呼ばれた古城だ。そこでは爬食石生物の研究と共に四つめの宝珠〈パンドラ〉の調査がされていた。レッドカードを作り出した玲奈さんは、そこに拘束されていた。


 研究過程で〈パンドラ〉の持つ自然界のアカシックレコードに導かれ、また行方をくらませた。


 ヒロは俺とタナーさんをポータルで飛ばしてくれ。野戦司教の連中と共に賢者の場所へ行く。


(決着をつける……)


『私たちも行くわ』マリナさんとリンダさんは別の組織なんだがな。前より増して若くなっちまったみたいだ。


『でも教えなさい』リンダさんは俺を睨みつけて聞いた。『宝珠を揃えるのが貴方の目的なのよね。だったら有肢菌類の賢者シルバーバックは無視してもいいんじゃなくて?』


(馬鹿いえ。世界なんか知ったことかよ、野口がまた寂しがる前に、あいつが一人になる前に、やらなくちゃならない事があるだろうが)


 野口玲奈を救い出す。それに俺の母親まで関係していたらしい。俺を捨てて出ていったと思っていた母親が、実はそうじゃなかったんだ。


 すべての元凶、賢者は俺の手で倒す。進化のためでも人類のためでも世界平和のためでもない。


 俺たちが俺たちだからだ。


『ちょっと、ふざけないで!?』


(楔のパスは使えなくなるが、俺たちはチームだ。必ずまた会えるさ。準備はいいな。いくぜ、みんな)


『『『おおおおっ!!!』』』




      第三章  完




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