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秘剣カゲロウ

      ◆マット◆


「「フハハハハハ!」」


 マットは隣で笑うガリガリの痩せた眼鏡を見つめた。こいつは周りの人間だけでなく有肢菌類の鴉たちからも心配されていた。


 その気持ちが分かった。この単独作戦が失敗すれば助けはない。作戦行動の全てを野口に伝えてはいたが、なにも予定通りに進みはしない。


 七匹いた鴉の使いはムギンとフギンを失い五匹に減っていた。


 数日前――擬人化し漆黒の衣をまとった最速の〈マッハ〉と最強の〈八咫烏〉に向かい細川は両手をくんで祈りを捧げた。


 マッハは足をとめた。「今まではネヴァンの意志をくみして、君に仕えてきた。だがムギンとフギンの死を受け入れられない」

「……私も八咫烏について出ていく。他の鴉には君から伝えてくれ」


 肉体的に虫けら以下の痩せた高校生が神々すら死ぬのだと想像しただろうか、と鴉は思った。


「分かりました」細川はふたりの前に膝をつき頭をたれた。「その前に、今までの感謝と祈りをお許しください」


 それは使役能力でも命令でもなく、祈りだった。すでにリーン周辺からヨークにかけての武装船の着地点はあらいだしていた。


「私の友。高橋に大切なものを守る速さを与え給え。そして私の友。金子を守り、勇ましく戦う力を与えたまえ」

「……」


 私欲の為ならば彼らは動かなかっただろう。神々として扱わなければ、聞き入れなかっただろう。


 彼らはカラス天狗のもとへ帰る前、工芸と鍛冶の神〈ネヴァン〉と顔をあわせていた。


 人間と婚姻を結んだ同志はいう。「細川様を信じられないのですか。私は彼のえがく夢は現実になると思っています。今でも信じたいのです」


「我々とて元は神として崇め奉られてきた過去がある」八咫烏は目をふせた。「我らでなくとも正夢を見ることはある。現実になる夢もあろうが、ならない夢が数千数万とあることを忘れるな。願いのひとつが真実になったとして、それを彼の能力〈使役クロス〉と呼びたいなら好きに呼べばいい」

「……」


 ネヴァンの濡れた黒髪は瞳にかかり、涙をながしているように見えた。




 カラス天狗のもと。ふたりの鴉は細川大也の言葉どおり、高橋と金子が現れたことに内心でほくそ笑んだ。


 はじめから細川大也を裏切るつもりが無かったのかもしれない。真意は分からない。だが同じ有肢菌類の俺に分かるのは、私欲のために生きるには我々は長く生きすぎたのだ。


 結果、マッハと八咫烏は内通者の役割を果たし、カラス天狗を裏切ってまで羽鳥やセンリツの戦線離脱に与した。


 驚いたことに奴は他の鴉にも、まるで唯一の神を崇めるように別々の祈りを捧げていた。


〈老モリガン〉へは「我が友。一条に正しく扱われるべき宝珠へと、導く深い知恵を与えたまえ」と祈りを捧げた。


 老モリガンは小さなカラスに姿をかえ、密かにリーンへ潜入しポータルを開く瞬間を待っていた。一条ヒロ(肉体的には金子であった)の影に忍び二度目の宝珠エリクサーすり替えを実行していた。


〈若きアポロ〉へは「我が友、山城に災へ飛び込む勇気と希望を与えたまえ」と祈りを捧げた。アポロは山城がポータルに飛び込むよう背中を押した。更に前から、いちはやく賢者の石のすり替えに成功していた。


 知恵の神、戦闘の神、勇気の神、速さの神を仲間のために差し向けたわけだ。連中の心理をつく言葉で。 


 カラスの使いとは、有肢菌類の従属種であるまえに奉仕を誓う弱者の味方であり、崇拝されるべき神々だった。


 従属種には、そういった類の実力者が収まっている事例が多々ある。忘れさられ、神々の力が衰えた頃、名家カラス天狗の従属種として捕縛され密かに生きながらえていたのだ。


 ふたたび五匹の鴉が細川の前に集い、ふたつの宝珠を彼に手渡す姿をみると、俺の胸は熱くなった。


「お前をみくびっていたよ」

「でしたら作戦どおりです」

 

 だれでも自分の隠された能力を知りたいと願うのだろう。だが、残念ながら細川大也に他の仲間のような能力は何も無かった。


 設計士の俺とよく似ている。こいつに出来ることは仲間の未来を夢みて描くことだけだった。


 俺が野口を守りたかったように鴉の使いは細川を庇い、ありもしない能力を現実にしてしまった。


「みなが、お前を心配する気持ちが分かったよ。無茶な夢を見やがる」マットは細川に聞いた。「ネヴァンへは何と祈りを捧げたんだ。野口のことは大丈夫なのか?」


「ピースは揃いました」細川はにやりとして応えた。「ネヴァンの工芸・鍛冶を司る能力と、あなたの設計士としての知識。そして今、羽鳥さんが連れてきた宏美さんの情報で、やっと海洋生命体キューブを斬ることが出来ます」


「!!」強化合成樹脂か。こいつの頭の中では全部がつながっていたのか。


「野口くんは大丈夫ですよ」細川は分厚い眼鏡を吊り上げていった。「では私は羽鳥さんに殴られる前に、楔のパスで彼の元へ意識を飛ばします。サポートはお願い致しますよ」


「ああ、俺も心配になったよ。緻密な作戦をすべて仕込んでおくとはな。チームがお前を必要とするわけだ」

「ふふ。もう心配しないでください、だいぶ体力も戻りましたから」


「ははははっ、何をいってやがる。俺が心配しているのは、お前の意志が強すぎることだ――」


        ※


 大都市リーン。煙がかったカーサには六本足の機械蜘蛛がひしめいていた。完璧にみえたフォーメーションも、敵の数が増え続ければ崩れていく。


「はぁ……はぁ」

「ふうっ、ふううっ」

「やばいヨ!」アンディが叫ぶ。「もう限界だ。腹も減ってきたヨゥ」


 壁も天井も崩れさり、広々とみえたフロアは弾かれた機械蜘蛛で吹き溜まりになった。


 魔女団マリナの白兎は、かたちを保つ魔力を失い、降り積もる雪のようにカーサと空を覆っていた。


 どんぶりコロコロ、どんぶり子

 お池にハマってさあたいへんっ

 怪物でてきてコンニチワ♪


 草薙と前田は陽気に歌っていたが、その声も通らないほどに機械蜘蛛の数は増していく。


「はぁ……はぁ……」

「ふうっ、ふううっ」


「もう少しだ」キャプテンの山城祐介は装着しているヒーロースーツでキューブを押しのけていた。「きた、きた、きましたよ。作戦参謀」


 フォログラムの細川大也が現れる。かつてのメンバーが初めて全員揃った瞬間、三つに割れた野口の意識も完全に一つに繋がった。


「待っていたヨゥ」アンディはまた泣いていた。「戻ってくると信じてた」

「細川、おかえり」「来たんだな」


 再会の喜びに浸る時間はなかった。感傷的にならずとも〈楔のパス〉は十一人の心を繋いでいると全員が感じている。


 離脱していた細川の思いも、考えも、いままでの経緯も説明する必要はなかった。これほど仲間を身近に感じることは今までにもないほどに。

 


「ふんばれ、道をひらいてくれ。野口の意識を巨大キューブに放り込む」

「おおう!」「たのむぜ」「よしっ!」「いけるぞ」


『山城っ』アーマーから野口の声。『僕の意識が巨大キューブに入れば、アーマーの操作はできない。その間みんなを守れるか』

「さあな。自分の心配してろ」

『その管理は私が引き継ぎます』細川のフォログラムが山城と重なる。

「いくぜ」


「「「おう!!!」」」


 山城はまっすぐに巨大キューブに駆け出して高く飛んだ。両手に握られていたのは天まで伸びた日本刀だ。


 あの中はニューロネットと現実世界を繋ぐ予備電子界、バーチャル空間になってる。戦況を変える為にも、タナーさんとアッシュさんを救い出す為にも、野口が行くしかない。


 ネヴァンの加護とマットの知識を繋ぐ細川から、日本刀へ形態変化が伝播していった。海洋生命体キューブにダメージを与える強化合成樹脂へと刃先は変化していく。


「秘剣カゲロウ!!」


 十五メートルの菱形キューブに一本の亀裂が走った。アーマーから分断されたナノキューブが僅かな隙間から突入していくのが見えた。







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