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武装船(3)

 たったひとり。羽鳥舞はカラス天狗率いる有肢菌類と強化混合種の軍勢に囲まれていた。猿人や蝙蝠男、巨大カマキリや蠍イグアナや巨大ネズミ。


 近くでみる二メートルを超える怪物、カラス天狗。その鋭い眼光はすべてを見透かしているかのようだった。


 海洋生命体の外交担当官ガラボと、数名の部下が左から歩いてくるのが見える。叫喚銃スクリーチが構えられた先には、仙田律子の姿があった。


「り、律子先生」

「……」


 後ろ手を縛られて拘束されている。頬と顎に殴打された跡、左足は引きずるように庇っていた。


『三つの種族が会するのは』頭の上から聞こえるようにカラス天狗が口を開いた。『私の記憶では二百年ぶりだ』


 いや、口は僅かにしか動かしていない。すでに一面に胞子ネットワークが構築されている証拠。


 ガラボは律子の腕を掴むと軽々と突き放した。「まずは捕虜を返そうか」


 尻をついた律子に目もくれずにカラス天狗はいう。『センリツとの対話も必要だが、まず優先すべきはふたつの〈宝珠〉の話だ』


「コンテナ船に積まれている」ガラボは親指をたてた。「すこし手違いがあったのは認めよう。魔女ふたりに妨害されて、着地点に誤差がでた。問題では無かったようだがな」


『……』

「!!」両手をあげた宏美が叫喚銃を向けられ武装した兵士たちに囲まれていた。


 ガラボだけならば宝珠と外交担当官たちの命で交渉の余地はあった。


『はっはっは』カラス天狗は嘴を鳴らした。『ふたつの宝珠を受け渡すと聞いて、どれほどの実力者かと思えば、奪ったのは魔女団カヴンだったとは』


「こ、これは」とっさにガラボは口をはさんだ。「我々が仕組んだことだ」


『なら、この魔女らは宝珠を手に入れたうえ貴殿の部下をも捕虜にしたというのか。なにか釈明があるなら聞かせて欲しいものだ』


「ふっ、すべては結果だ。これは極めてスマートなやり方だ」信じられないといったようにガラボは手をふる。数名の武装した部下たちが瓦礫をどけながらコンテナ船に入っていく。

 

 船の脇にドサリドサリと男が投げ出され、倒れた。金子と高橋、ガラボの部下リチーやアレザの姿もあった。


「宝珠がありました!」

「ふん」部下の声に安堵したガラボから笑みが浮かんだ。「当然だ。そいつらは皆、生きているのか?」


「気を失っているだけです」

「すべて予定どおりだ。私のね」ごらんの通りと両肩をあげる。「交渉をはじめるとしよう。その前に魔女を処刑したいのだが、構わないかな?」


 羽鳥の前に両手をあげたままの宏美が歩み寄る。回復にはまだ時間がかかっているようだった。ふらつきながら律子も立ち上がり、三人は軍勢の中心に集められた。


『構うものか。私は宝珠が手に入ればそれでいい』

「待て」律子がいう。「こいつらは生かしておけ。宝珠は揃わなければ意味がないのだろう?」

『ほう、時間稼ぎの戯言か』


 仙田律子も胞子ネットに数万とある宝珠に関するアーカイブは見ている。果てしない枝葉末節ようしまつせつのなかには危険な嘘や怪しい噂、罠やからくりが山ほどあった。


 宝珠は各々、時間・空間・次元・自然を操るツールである。四つの宝珠を手にする者は、全てを手にするといわれている。


 あらかたは四種族のネットワークへのアクセス権限を得ること、と考えられていた。だが忘れられたアーカイブには最終兵器説や全知全能説といった怪しい物語が溢れていた。


『それよりセンリツよ、教えてもらえないか。カラスに油揚げを奪われた気分は。それで貴様は誰の味方だ?』


「誰の味方でもないし、善悪にも種族間の争いにも興味はない。我々と違って人間はそう単純じゃない」


『なんだと?』


「私も単純化して理解しているつもりだった。イグアナだって、そこの蝙蝠男だって中身は複雑だ。記憶置換オーバーライドで操れるような代物じゃないのだよ」

『!?』


「ギィギィ……ギィ」

「グワッグワッ」


 二匹の蝙蝠男がゆっくりと羽鳥の前に歩みより、膝をついた。イグアナはまるで懐いているように喉をならす。


『ばかな。人間、なにをした!』

「こころを通わせたのだ」

 

『未発達のネットワークしか持たない人間ごときが、まさか宝珠で海洋生命体の端末遺伝子を獲得したのか』


「さあ、知らんな。魔女団と海洋生命体は悠久の争いを続けてきたようだが、我々とは無縁のこと。こいつの自爆機能は知っているな。カラス天狗よ」


 カラス天狗は、まさか数百のイグアナが自爆するのかと不安をおぼえた。自らの命は守れても、軍勢を失えば名家の笑いものでは済まされない。


『……』

「……」


 海洋生命体の実験体生物に知能は無いと決めつけていた。有肢菌類の混合した蝙蝠男が、何故魔女などにくみするのかも分からない。


『つまり、この魔女は生物をかどわかすことが可能だと』


 ふううっと溜め息をつき、律子は面倒は御免だというように首を振った。


「私とて元々は有肢菌類の名家だ。宝珠はお前に渡す。我々を解放するのが条件だ。もとより彼女らの目的は仲間の救出で、それ以上でも以下でもなかったのだから」


『いいや、それは出来ない。聞きたいのは貴様の目的だ。人類の生存か、大量絶滅の回避か、たかが年端のゆかぬ魔女と気絶している若者ふたりを救いたいだけとは信じられない』


「信じろなど、いっていない」律子はガラボとカラス天狗に振り向き、羽鳥を指さす。「ただ……やろうと思えばこの地区いったいのイグアナを爆破できる。そして、その娘は本気でやるつもりだ」


 カラス天狗の側近らしいカラスが二匹、バサバサと羽根をならして着地する。『あとは我々が。不信な行動をとれば直ちに首を跳ねます』


「くっ、好きにしろ」律子は眉をひそめて羽鳥をみやる。「だが、監視は我々が擬似アストラル界から去るまでにしてくれよ」

 

「負け犬に用はない。我々の交渉はこれから始まるのだ。さっさと去れ」


「ふん。私は抜けさせてもらうぞ」律子はカラス天狗にいった。「ひとつだけ忠告だ。海洋生命体を信じるな、この軍勢が我々に忠実だと思っているなら、痛い目をみる」


「……きっ、きさま」口を閉じたガラボをカラス天狗が睨みつけた。

『うむ。交渉は長引きそうだな』


 羽鳥、宏美、金子、高橋の四人は、二匹のイグアナの背にのり軍勢のなかをゆっくりと歩きだした。


『武器をおろせ』カラス天狗は銃や爪を構える猿人や蝙蝠男たちにいった。『大丈夫だ、そのまま行かせろ』


 イグアナに跨がった羽鳥はウインクしながら仙田律子にいった。

「乗っていく?」

「そうさせてもらおう」



        ※


 依然として金子も高橋も目覚めることはなく、一時間ほどで街がみえた。カラスが空を旋回している。


「ごめんなさい、羽鳥さんに律子さん」宏美の気持ちは重く、申し訳なさそうに俯く。「結局なにも得られなかった」


「そうかもな」律子はいう。「シビラが失墜すればガラボがたち、賢者のかわりはカラス天狗か。引っ掻きまわして権力者が入れ替わっただけだ」


「……」

「だが子供たちは違う。まだシビラと対峙している」律子は楽しんでいるように見えた。「終わってはいない」


「わたし、伝えなくちゃならないことがあるのに、何も出来なかった」

「伝わるんじゃないか。もう伝わっているかもしれん。羽鳥はどう思う?」


 どういう理由か旋回していたカラスは五匹に増えていた。二匹の子鴉は内通している〈マッハ〉と〈八咫烏〉だ。あの蝙蝠男二匹も、イグアナも羽鳥は知っていた。


 不可視の糸で胞子ネットをかい潜り情報が入ってくる。この有線ネットワークをはるか昔から知っていた。


「大丈夫よ!」

「えっ?」宏美は羽鳥が満面の笑みを浮かべるのをみた。ヨークの城壁の前に細身な少年がふたり立っていた。


 野口鷹志。中身はもうひとりの元教師、マット。野口鷹志の脳内に巣食っていた有肢菌類の信頼できる仲間。


 もう一人は細川大也。ネヴァンと呼ばれるカラスが舞い降り、二つの宝珠を彼に手渡す姿がみえた。


「貴方たちっ!!」羽鳥は涙が止まらなかった。「どういう事か説明しなさいよおおおっ!!」


 驚きに青ざめながら細川はいう。「コンテナ船に移る前からネヴァンらが〈宝珠と賢者の石〉を偽物にすり替えてた、と言ったら殴られますかね?」


「ハッハッハ、殴られるだろう。離脱したと味方に嘘までついてたからな、お前さんは。しかし本当に笑えるのは、偽物の宝珠を前に白熱した交渉している連中だがな」

 

「はははははは」

「フハハハハハ」








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