武装船
山城とメンバーが見守るなかタナーとアッシュがキューブに覆われた。それは高さ十五メートルの菱形に姿を変えて沈黙していた。
『警戒レベルを三から五へと引き上げます』何処からか機械音が響いた。『駆除用キューブを射出します』
巨大なキューブから、なにか蜘蛛のような六本足の機械が湧き出す。大きさは様々だった。
「なんだヨ、ブロックで出来た虫みたいのがぞろぞろとぉ!」アンディはハンドサインで、ヒロと高橋にディフェンスラインを指示しした。
「くるぞ」前田が構える。ヘイトに誘導し、トラップとカウンターを狙う布陣だ。三人の隙間からは金子と伊藤が低い姿勢で構えた。
カサカサと足を滑らせながら機械蜘蛛は突進してくる。視覚で捉えきれないほどの凄まじい速さだった。
中心にある菱形のコアで磁場が高速で回転し、あらゆる電気信号を無効化する仕組みだった。あれに触れれば全ての生命は生きていられない。
リンダはアレを知っていた。どんな生物だろうが微弱な電気信号を発している。思考も筋肉も草や木ですら、生命であれば必ず。
ナイフや爆薬、科学兵器のような物はアレと比べれば玩具でしかない。アレはただ、生命の灯火を消すのだ。
勿論、そんなモノを兵器として使用することは考えられない。一瞬で地上のありとあらゆる生命が止まることなど誰も望まないはずだ。
だが、ここでは違う。はじめから分が悪いのは承知の上だったが。
擬似アストラル界だから。自分たちだけ助かればいいから。現実離れした事態に魔女の思考は錯乱する。
「は、はやいっ。いったん引くべきだ。に、逃げろおおっ!」リンダは奇声をあげた。大量になだれ込む虫になす術はないと感じた。
「な、何も残らないぞ」草木一本も残らず、全ての命が消え去る。それが何匹も何百匹も、無限に増殖してくるのだ。「アレは〈死〉そのものだ」
ガサガサという足音が大きくなり、リンダは耳を塞いだ。絶望に跪く瞬間に前に立つ山城を見た。
触れれば、待っているのは無だ。スイッチの切れた玩具のように、人間は命を失うであろう。
「そう焦りなさんな」山城はリンダの頬に軽くキスをした。「逃げたらオジサンたち助けらんないでしょう」
「なっ……なにをするか」
「はいはいっ、おまじないさ」
飛びかかる機械蜘蛛が一斉に弾け飛んだ。攻撃は中条ヒロの手のひらで全て跳ね返されていた。ぎりぎりまで待ち構えての〈反撃〉。
「マリナさんは白兎を」
「は、はい!」
攻撃が、すべてアンディに向かっていくのを魔女たちはみた。ヒロのひらいた両手の薄膜が弾き飛ばしていた。漏れた個体は草薙に〈圧縮〉され、地べたに突っ伏す。
背後からは金子と伊藤が攻撃に転じていた。広範囲への棘型の攻撃と、集中したまっすぐな攻撃だった。
「いくぜ〈放出〉!」
「固定観念版!!」
マリナとリンダは顔を合わせた。これは連携の力だと感じた。すぐさま左右に飛び出しフォローにまわる。
「突破口は見えたか、中島」
「あ、あの中はニューロネットと現実世界を繋ぐ予備電子界、バーチャル空間になってる」
「アクセス出来るのか?」
「無理だね。彼以外は」
「……起きろよ、野口」
『う、うん。何とかする。意識だけの僕にアクセス権限があるのか怪しいけど、やってみるよ』
※
羽鳥舞は眠っている金子を、宏美は高橋を肩に引きずりながら武装船内からコンテナ船に移した。
錆びた鉄の匂いが充満した薄暗い室内に毛布をひき二人を寝かせた。高橋を見ると宏美は、かつての自分と重ねあわせる。
彼女が寝ている間に両親は旅立ってしまった。そして二度と戻らなかった。彼の眼鏡をそっと外して胸のポケットへさし、前髪を少し撫でた。
(高橋さん……)
ずっと大嫌いだった〈聖痕〉が彼女の身体に写ったとき、高橋は宏美を力いっぱいに引き寄せて言った。
『綺麗だ。君は自分の能力が嫌いだというけど、そんなのは嘘だ。だって、すごく綺麗だ』と。
お菓子を分け合って食べた日がはるか昔に感じる。彼の口についたお菓子をとって笑った日。
後ろめたい気持ちを抑えて羽鳥にいった。「私は宝珠よりも何よりも、彼の命を優先するわ」
「馬鹿ね。そう言うと思っていたわ」羽鳥がニコリと笑った。「実は私もそうしたいと思ってたから」
操舵室の仙田律子は後から合流するとして、先にコンテナ船に乗っておく必要があった。
三分経過。管制から警戒通信が入る。『そちら武装船NS202、予定外の出航です。応答してください。応答してください』
律子は通知をオフにして自動操縦へと切り替えた。艦橋のカメラには真っ暗な線を中心に方舟の左右を様々な色彩の槍が、きらめいては流れて行く。
「ゲートウェイを正常に走っている。羽鳥と宏美は超推進機関からコンテナ船を切り離す準備をはじめてくれ」
コンテナ船の操舵室で切り離しをチェックしたふたりが交互に応えた。「了解しました」「わかりました」
不可視の糸で羽鳥や宏美との連絡はとれるが次元間移動中に時間旋は使えない。
我々はこの帯の……その真ん中へ落ちていくのか。席をたち扉へ向くと違和感を覚えた。
自動操縦に切り替えたはずの船首が向きを変えた。何か仕組まれていると気付いたときには遅かった。
ガツンと背後から頭部を打ち突かれて仙田律子は床に倒れた。
「ふふっ、ふはははは!」評議会のガラボと数名の部下が室内に並び、喚叫銃を構えていた。
「殺すんじゃない」部下を制して武器をホルスターに戻す。「こいつは利用できる。有肢菌類の名家のひとりだ」
部下が横たわる律子の身体を探るが何も出てこない。「賢者の石も宝珠も持っていません」
「だろうな」ガラボは操舵席に座り冷静に機器を確認する。「慌てる必要はない。これで双胴コンテナは切り離しできん。リチー、アレザ、聞こえたな」
首元のスイッチを押さえたリチーは下層の連絡通路で膝をあげる。こちらにもアレザと四人の部下が喚叫銃を持って構えている。
「聞こえている」リチーは銀髪に銀色の武装鱗布を着ているが、その体躯は以前に増して逞しくしなやかに変化していた。
「進路はヨークだな」アレザもまた筋肉量を増していた。「アドレナリンで興奮しているせいか、楽しみで仕方ない」
「落ち着いてくれよ、アレザ。こんなのは序ノ口だ。もとより我々は交渉のプロだ。ふたつの宝珠を奪い、有肢菌類の賢者シルバーバックと交渉するのは容易い」
はじめにガラボの提案を聞いたときリチーとアレザは動揺を隠せなかった。
近い未来、自分らは海洋生命体の上級民になって永遠の命を授かると信じていたからだ。
だがキューブには自我を捨てる市民が溢れているのも事実。人間と話すうちに僅かな疑問がうまれていた。
上級民はこの武装船が奪われたと同時に爆破の指示をだした。三人の奪還計画には耳も貸さずに。
こちらが武装船に乗り込んだ場合のシュミレーションでも、やはり爆破の指示が出ていた。つまりシビラには意思などなく我々の命にも興味がなかったのだ。
永遠に生きたところで部品のはひとつになる気は無い。個人の意思を鑑みない国家に未来はない。
ガラボは単純に生きることに命をかけた若者をみた。死を恐れない老人を目の当たりにした。
人類と海洋生命体の違いなど、多少の見た目の良さを除けば端末遺伝子を所有しているか否かでしなかいのだ。
そしてガラボやリチーにとって年端もいかない青年と戦い、負けたことは許すまじ屈辱だった。敗因はいったい。
進歩の為に手放したもの。変化に耐えうる肉体を手に入れ、愛や名誉を失うことを選んだ海洋生命体。
我々は彼らのような進化など求めていない。ただ生きるだけでは足りないのだ。生きる目的が欲しいのだ。
「宏美さん」羽鳥は双胴部のハッチの前で立ち止まった。前にいた宏美は体をくの字に曲げていた。
「……?」
真横からリチーのボディブローが羽鳥の肝臓を撃ち抜くように捉えていた。待ち伏せされていた。
「ふっぐっ!!」




