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エリクサー(2)

     ◆金子伸之◆


 分かっちゃいる。中島は別に逃げたわけじゃない。考えに考えぬいた結論が、チームのオフェンスだった俺と高橋の組み合わせ。


『よっ』といって見えたのは一条ヒロの顔だった。軽く頷いたかと思うと、姿を消して俺がフォログラムになっていた。


 壁パスは能力付与の為だけ。高橋のトラップにカウンターを乗せていきやがった。


 ゆっくりとシビラは目線をアッシュに向ける。そいつは敵も味方なしに、自動的に問答無用に始まった。


『!!』


 部屋中の赤い法衣は後頭部やコメカミから血飛沫を上げて床に伏していった。あっさりと。


 海洋生命体の王シビラからナノキューブが弾丸のように撃ちだされ、一瞬のうちに他にいた無関係な巡礼者と、守護していた法衣の命が奪われた。


『……なっ!』


 五人を残して立っている者は居なかった。フォログラムの俺は安全だと分かっているのに、恐怖で手足が痺れた。まったく身動きが取れなかった。


『ひっ、ひいっ!』もし中島が高橋にパスしていなければ俺は間違いなく死んでいたんだ。想像するだけで呼吸が出来なくなる。


「助かったぞい」アッシュさんの言葉、たった一言で俺は我にかえった。「タナーの奴が弾避けに欲しがるわけじゃわい」

 

 あんなタイミングで入れ替わった高橋ハッシーは……お前は無事なのか。何ともないのか。その目つきに絶望の色はなかった。


「す、すんません。他は宏美さんとマリナさんリンダさんしか救えませんでした」


 驚きに言葉を失っていた。〈吸着リフティング〉できているじゃないか。視界に入らず曲線の攻撃から五人をカバーしたのか。


 目がかすむ。他の巡礼者が即死している。足元には二十人もの死体が転がっているんだ。冷静でいられるほうが不思議だった。


『くそっ、くそおおっ!』


 高橋は、左手から出血しているようだ。ナノキューブは弾道を逸らされただけで、壁や床に大穴を開けていた。


 青ざめた顔のまま、高橋は右手で宏美さんを自分のほうへぐっと引き寄せ、あいている手で抱きかかえた。出血した左は前方にかかげている。


 崩れた床や壁からは煙がたち、広間の扉からは耳をろうするほどのどよめきが襲う。


 皆殺しにされる。静かに微笑む王シビラは、下級民も無能な見張り役も巡礼も、見境なく殺す気だ。それがわかるからこそ、皆がここから逃げようとパニックになっている。


 瓦礫がシビラの前をかすめる瞬間、アッシュさんとマリナさんが左右に飛んだ。リンダさんはマリナさんのフォローに走る。


 カバーしながら中央に位置をとる高橋。風圧だけで身体が吹き飛びそうな攻撃が、すべて高橋の右手に吸いこまれては軌道をかえて弾け飛んでいく。


 また高橋は指がひきちぎれるほど強く宏美さんを抱き寄せた。俺は、誰かに代わるべきか。


 すくんで何も出来なかった。草薙の〈圧縮プレス〉なら、瓦礫を使ってヤツを止められるかもしれない。


 〈奪取カウンター〉なら、あのキューブを跳ね返すことができるかも。いや前田なら、伊藤なら、アンディなら……。


「離れないで」

「は、はい。《《金子》》くん」

 

 俺に命懸けで彼女を助ける勇気があるだろうか。宏美さんから見た高橋は俺なんだ。


 まるで歴戦の勇者でも見るような目つきで宏美さんは俺の中に「誰かを感じた」と言った。いま彼女を命懸けで守ろうとしているのは、俺じゃないのに。


『かっけーよ、高橋。すまねぇ、俺なんかじゃ……』


 俺はバックパスを繋ごうと動いた。〈試行錯誤ドリブル〉の効果がまだ生きていることに、はじめて気付いた。


 時間の流れが遅く見えるのは中島の能力がまだ活きているからか。俺がいま、俺の肉体がこの場所に来ていたのは偶然じゃない。


 皆が俺を信じて、ここへ連れてきたからじゃないのか。情けないことは言ってはいられない。


 少年サッカーのプレイを覚えている。みんながパスをまわして、チャンスを作るんだ。


 あの日も中島のドリブルからヒロへのワン・ツーを入れて、高橋からパスを貰ったんだ。


 俺はトップだ。トップがビビってて誰が点をもぎ取る。  


 指先を口元にあてたマリナさんから白色の泡が噴き出していた。「猥跳流炎兎ホワイトラビット!」


 マシュマロ状の泡はまるで生き物のようにシビラの視界を遮りながら付着していく。


「あああっ」甲高い叫び声。「蝶になるっ、花になるっ!」


 白兎が無限に増殖していくのはリンダさんの魔術だ。猛々しく燃える赤い目が数百、いや数千に届く勢いだった。


 部屋が真っ白に埋め尽くされるなか、アッシュさんは身を屈めて突進した。白兎、白蝶、白花のぜる音がバチバチと鳴り響いた。


「もう」リンダさんの魔力が爆発的にあがる。「もう、どうにもっ止まらないっ!」


 物理攻撃が効かないなら複合魔術で土台を作ればいい。アッシュさんが力任せにシビラを蹴り上げるとコーティングされた無数のキューブが宙に舞った。

 

『言ってられるか!』また大葉さんにどやされるところだった。『さっさと俺にパスしろっ、高橋』



      ◆中島拓巳◆

 

 「やばい、やばい、やばい! とにかく、高橋と代わる」


 女性の姿だった。やつがシビラなのだろうか。薄暗く目がなれる前に排泄物の匂いが鼻をついた。


「すり替えは上手くいった。じゃあね」と言って入れ替わったのはいいが、同行人タナーの姿は見えない。直線的なパスだから、僕はいま高橋くんの身体に入っているはずだけど。


「いたっ」


 頭に激痛がはしった。身体はあちこちに殴られた跡がある。耐え難いのは身体中の軋みより喉が乾いて、胃が空っぽなことだ。


 お腹がぐぅぐぅと鳴る。こっちも大分やばいじゃないか。逃げるようにパスを繋げたけど、本当にこれで良かったのだろうか。


 水がチョロチョロと流れる音がする。地下牢には高橋くん一人だったのだろうか。ここは、ひんやりとした冷たい壁に囲まれた独房だった。


「ここからまたすぐにパスしたら逃げたと思われるかな」


『大丈夫だよ』野口くんだけは付いてきてるのが分かる。『逃げたなんて思わないよ。立ち止まって、しっかり自分を見つめることは大切だって思うし』


 そうだったね。ドリブルが基本になるべきだと言いたかったのかもしれない。


 でも僕は知ってる。野口くんはメンバーがいった言葉が、たったの一言でも、ちゃんと受け止めようと必死だった。いつも。


 その一言すら伝えられなかった僕には分かる。皆が野口くんに惹かれたのは、彼が誰よりも仲良くなる機会を模索していたからだ。


 もっと知りたい。もっと楽しみたい。そしてもっと関わりたい。その気持ちが、いつしか互いに湧き上がった。


 そして君は膝や肘を擦りむきながら、勝ちたいって言ったんだ。ワクワクした。うまれてはじめて仲間が出来たと思った。


 当たり前だなんて思わなかった。僕は次に何をするべきか、緩やかな時間のなかで考えた。それが僕のポジションだから。


 状況を把握するのには全く便利な能力。こうやって一瞬の中に僕は、じっと僅かな可能性を探すことが出来た。


「タナーさんを探さなきゃ」


 僅かな音が聞こえる。野口くんの手は石壁をすり抜けた。地下牢の先を見てきたようだ。


田中タナーさんは自力で脱出できたみたいだよ。地下で拘束されていた地下組織メトロの野戦司教も何人か助けてる』


「やっぱり規格外の人だね。ヒロちゃんの〈時空間移動ポータル〉でなら、脱出できるかな」


『あれだと擬似アストラル界と地上を行き来することは出来るけど、好きな場所や空間に繋ぐことはできないんだ。〈賢者の石〉と、あれをコピーしたのも同じだと思うけど』


 そっか。複雑で独立した神経細胞と直感物理学が必要になる。何処に飛び出すか分からないんだ。そこが深海だったり、空のもっと上だったら取り返しがつかない。


 賢者の石では何度も恐る恐るポータルを開いて、最適解を導きだして潜り抜けるイメージだ。あれは結構な時間と精神力がいる。


 ヒロちゃんのポータルも直感に頼りながら開いたままの状態をキープするから、身体的なダメージを受けるんだ。


『僕らは魔女団カヴンが宝珠を欲しがるのは、空間を繋ぐ地図が宏美さんだからだと考えた』


「やっぱり聖痕が、鍵なんだね」


『うん。でもシビラに気取られたら必ず対策をしかけてくる』


 つまりポータルで〈跳躍ジャンプ〉しても海洋生命体は追う術を持っているかもしれない。


 本来なら〈賢者の石〉と〈エリクサー〉。そして胞子ネットとニューロネット、インターネットを介して作られた〈鍵になる地図〉が揃うことが条件のはず。


 それでも、これが世紀の大発明とは限らないというなら、使う時と場所はあらかじめ決めておくしかない。


 後ろで勢いよく扉があいた。既にボロボロになった黒スーツ。タナーさんだ。ペットボトルの水が飛んできたのを掴みとる。


「慌てて飲むんじゃないぞい。ゆっくりじゃ」そう言われながらもゴクゴクと飲むと、噴き出しそうになった。


「かっはっ、生き返りました」


 僕は背後に立っている八人ばかりの男たちを見た。この場所に監禁されていた地下組織のメンバーのようだが、みすぼらしいチュニックを着ている。


「急ごうか」落ち着いてはいられないようだった。シワの寄った額に片方の眉が吊り上っていた。


「珍しくアッシュが、苦戦しとる。こりゃ見逃せんわい」






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