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エリクサー

     ◆金子×中島◆


 未来都市の先、イスパニア風のドーム型家屋を抜けるとカフェや雑貨屋といった古風な街並みがあった。


 目抜き通りから更に進むと中心地には巨大なカーサと呼ばれる大聖堂に石畳が続いている。


 宝珠エリクサーは誰でも一度だけ閲覧が許されている。見たものは決まって『素晴らしかった』『二度と忘れない』『美しい』などという。


 住民は観光地のように楽しげで、祭り前の静けさを演じているようにも見える。


 どの家もピッチリと窓が閉まり、裏道には格子。ゴミひとつ落ちていない造り物の都市。


 老人やペットは居らず、若者は技術整形によって神話に登場する神々のように美しい。


 ぞろぞろと長い巡礼者の中に紛れて俺とアッシュさん、宏美さんは一列に進んだ。


 赤い法衣を着た男は麻布のマントを羽織った大男を見上げていった。「ぶっ、なんてデカい巡礼者だ。ダメだ、ダメだ。予防隔離所のほうに回ってくれ」


「何か変わったことでも……」と側に寄った巡礼者のひとり〈リンダ〉さんが手をかざす。「噂を信じちゃいけないわよ」


 マリナさんと数人の魔女は俺たちを庇うように囲んでいる。魔女団の目的は宝珠だ。


 それでも宏美さんの友人は俺たちを信用し協力すると言ってくれた。法衣の顔から怒りや動揺の色、すべてが消え去っていた。


「まあ、いい。さっさと行け」


 顔はフードで隠れているが、アッシュさんの変装は無理があった。 だが法衣は俺たちを中へ通した。


「よく、通してもらえたな」


『魔女の術中にハマったんだね。金髪ロン毛のカネちゃんも、なかなか違和感あるけど』


 俺の横を歩くフォログラムは野口だ。万国博覧会か美術館のような広い部屋を抜けて、宝珠のある祭壇へ向かっている。


「細川が抜けたんだってな。方舟の操作は誰がやるんだ」


『まずは僕たちが上手くやらなきゃ話にならないよ。フェイントを乗せた中島くんが赤服をすり抜けて〈宝珠〉をすり替える』


「あの扉の先か」場合によってはアッシュさんやリンダさんが暴れて、法衣の目をひく。


 俺は深々とかぶったフードをつまみ、足元を見ながらアッシュさんの後ろについた。


 都合がいい。アトラクションみたいに十人か十五人を順に中に入れていくシステムのようだ。


「宝珠は目の前にございます。さあ、ごらんになって」


 豪奢な青い扉が閉まるとチリチリと奇妙な音がした。どういう理由か深い絨毯の繊維が、くっきりと見える。


 沈んでいく感覚。万引きがバレて落ち込んだ日の感覚。いや、本当に見えているのは底なしに広がる何もない空間だった。


「ひいっ、こええっ!」


 ここは宇宙か。見上げると菱形の細かい線が虹色に輝いてみえた。それが果てしない空間を万華鏡みたいに照らしているようだ。


「な、なんだあれは。見えるか野口。線が広がってく。フラクタル構造ってやつみたいに」


『見る人によって違うのかも。ただ広がる空間に恐怖と、離別のような個人的感情が湧き上がって』


「あ、ああ、奇妙で救いようがないほど不安なはずなのに、逆らえない。あの輝きは完璧で……」


『うん。馴れ合いとか妥協、例外とか特別なものって言葉には、まったく意味がないような、完璧な輝きに見える。これが宝珠か』


 あのグラウンドを見た日。草が茂って小石だらけだった荒れたグラウンドが、皆の手でピカピカになっていた……あの日。


「綺麗だった」

『大変だった』


「皆が笑っていた」

『皆に笑われてた』


「心と体が軽くなった」

『心と体が重くなった』


「……なんだって?」

『なんか、ゴメンね』


 野口は肉体が無いから空間認識が出来ないのか。救われた自分が間抜けに思える。


 でも幸せで温かい感情が込み上げてくる。その後で俺たちは自由に駆け回り、仲間たちと繋ぐ。


『繋ぐ。カネちゃん、パス!』


「繋ぐ」忘れちゃいけない。心地よい光に惑わされないように、とにかく中島に繋げるんだ。

「中島にパス!」


『ふ、袋のネズミだよ』

「!?」


 顔は見えないがフォログラムの中島チュータが近くにいるのは感じた。


『こ、こんなの嘘だ』

「ふあああっ」目頭が熱くなって嗚咽が出た。俺は慌てて口を押さえないとならなかった。


「会話してる。発話障害を克服して中島が俺にはなしてるっ、ぐすっ、な、中島あぁああっ」


『い、いまそういうのはいいよ、余計に話づらい』

「そうだな。そうだよな。うんうん、分かってるんだけどさ」


 お前のドリブルからパスを繋いで決めたプレイ。思いだしたら、涙が溢れてきちまうじゃないか。


『複雑な菱形の図形だけど、よ、よく見ると中心点がある』


 中島は〈突破ドリブル〉を発動させていた。フラクタルの流れを限りなく遅めていた。


「おい。お前の能力って、ズバーって走り抜けるイメージだったんだけど、違うのか?」


『え、えっ。どういう意味。僕の能力は《《時間》》を一時的に味方にするだけだよ。カネちゃん』


「ドリブル上手かったじゃないか、光の線をすり抜けて、さっさと宝珠をすり替えてこいよ」


『そ、そんなに便利なわけないだろ。僕のドリブル、中身は〈試行錯誤〉だ。ずっとずっと考えるほうがメインなんだ。一番上手くいく方法を何度も試して、やっとの思いでやってたんだ。そ、それに地面が無いんだ。どうやってダッシュなんかするんだよ!?』


「あ、ああ。待てよ、それなら今すぐ出してやる。〈磁場解放グラウンド〉!!」


 同時に体は中島と入れ替わっていた。ガクンと視界が揺れたと思うと、薄っすらと運動場がみえる。走れるだけの磁場はある。


「中心点がみえた」中島は駆け出していた。


 『いけっ』フォログラムになった俺の体は奇妙な空間の中で上下の感覚を失い、ドリフトしてるみたいに横向きに追従していた。ちょっと面白いなんて思っていた。


『「!!!」』

 

 中島の入れ替わりが戻ると右手には三角錐の宝珠がすっぽりと収まっていた。ハッと目が覚めたような感覚。だんだんと周りの気配が実体化してくる。


「お前は無口だけど天才だと思っていた。努力家だったんだな」


『僕こそカネちゃんは天才だって思ってた。いや今も思ってる』


 思わず笑みが浮かぶ。すり替えには成功した。広間には偽物の宝珠が飾ってある。これが現実の世界だ。


 大広間の隅々までがやっと見えてくる。中心にピラミッド型の祭壇があり、赤い法衣が囲んで立っていた。


 巡礼者の周りの連中は槍を向けて立っていた。六人いる。だいぶ混雑している状態だ。


 中島の能力で時間はゆっくりと流れていた。法衣が何か呻き声をあげながら、槍の先が向かっていく。行先はアッシュさんだ。


「な、なんだって?」

『言ったろ、袋のネズミだって』


「……あそっか。ってどうなるんだっ」アッシュさんとリンダさんが戦闘態勢に入ってる。


『まだ動かないで、カネちゃん』

「いや、すぐに助けないと……そうか、そうだったよな。試行錯誤の努力をするべきだった」


 落ち着いて考える時間はまだあるんだ。アッシュさんとリンダさんは、フラクタル空間を見ていないのだろうか。


『み、見てると思う。あの宏美さんって娘が二人に触れたあと、幻覚が消えたんだ。僕らより数瞬後に復帰して、宝珠を前に作戦を開始した。即座に赤い法衣が槍を空間から取り出した』


 宏美さんが〈鍵〉といったのはコレだったのか。いや、幻覚を消すだけじゃないはずだ。


 宏美さんに刻まれた〈聖痕〉は、あの空間に広がる複雑なフラクタル構造を連想させた。何かが繋がっているのかもしれない。



「まだ宝珠がすり替えられたことには誰も気付いていないってことかな」


『分からない』フォログラムの中島は顎に親指を当てて考えていた。『僕らがやるべき最適解は……まず最短距離で祭壇を破壊するんだ。すり替えがバレてないなら赤法衣は必ず宝珠を守ろうと動くはずだ』


「やっぱり天才だよ、お前は」


 それを確認出来たら、皆を連れて脱出する。まっすぐに地下牢にいる高橋ハッシー田中アタナーさんと合流。


 最強の爺さん兄弟が揃うことを優先させるんだ。


『ま、まずい、逃げよう』

「どうした?」

『やばい、やばい、やばい!』


 ピラミッドは破壊する前に形を変え、人型に収束していく。上層民、海洋生命体キューブ、物理攻撃を受け付けない最悪の兵器。


『とにかく、高橋と代わる』


 女性の姿だ。こ、こいつがシビラなのだろうか。開いたドレスの胸元には大切そうに宝珠を持ち、俯いてる。


 目線はどこか遠い空間を見ているようだが、微かに笑っている。暴力とは無縁の表情は誰よりも落ち着いてみえた。


『すり替えは上手くいった。じゃあね!!』


「……まっ、おま」




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