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中央都市リーン(2)

     ◆高橋直樹◆


「当時は……教官と呼ばれておったかの」


 評議会の連中は特別な鱗布スケイルを着ていた。折れた骨は一瞬で修復され、袖もとからはナイフが突き出していた。


 矛先はタナーから、はるかに貧弱な俺へと移されていた。ナイフをチラつかせ顔色ひとつ変えずにリチーが飛び出す。


 鈍色に光る刃先をまっすぐに突き出した男。やつには上半身への視野しかないが、俺は違った。


「なにっ?!」


 リチーは不思議そうに地面を舐めていた。下段前蹴りは鮮やかに決まった。俺の視線は刃先にあったうえ軸もブレていない。  


 特別なことでなく、単純に視点が増えれば隙はなくなる。


「許さん、許さんぞ」ガラボが喚く。「こんな若造と爺いに勝手は許さん……っ」


 田中タナーさんに掴まれたガラボの腕はビクともしなかった。科学整形で極限まで鍛えられた太く逞しい腕は、だらしなく太った老人に押さえられたまま、固まっていた。


「ご、誤解せんでくれ。あんたらに危害を加えようとは思っておらん。んで、儂らはどうなる?」


「どっ――」


 評議会の武装ではタナーや俺にはダメージを与えることは出来ない。いまの膠着した状況から、最悪の事態へ。俺たちを逃がす可能性は充分あった。


「どうもこうもあるかっ!」


 呆れた顔をしたガラボをリチーがなだめた。アレザは拾ったコートをガラボに渡した。


「争う気がないのは本当だろうな」リチーがいった。「殺す気があれば我々はとうに殺られていた」


 中央都市リーンには超越化したニューロネットワークが構築されている。ガラボが非力なデバイスから一声あげさえすればドーム型の家屋に住む下級民も、カーサに眠る海洋生命体キューブもすぐに駆けつけてくるであろう。


 俺は眼鏡グラスを吊り上げガラボたちを順に見つめて口を開いた。「あんたらは捕縛キューブで俺たちを押さえつけ、殺すことも出来たはずだ」


「雄弁だな。ただの馬鹿だと思っていたが隠していたのか」


 ひとりではない。高橋の横にはフォログラムの野口鷹志が俺だけに語りかけていた。その存在には誰も気付かないようだ。


 にやけた野口に笑いを堪えきれず、吹き出しそうになる。口は達者ではないが、野口の説明に合わせて俺は話を続ける。


「そうしないのは、あんたら評議会が大司教から得ていた利権や不正が表に出てしまうからだろ」


「ふっ、だからどうした。話はそれだけじゃあるまいな、ひよっこが」


 足踏みして苛立ちのジェスチャーをまじえながら野口は俺と目を合わせる。懐かしい仲間がそばにいるだけで冷静でいられる。


 数刻前。大司教が倒れふたりの魔女を疑似アストラル界から強制離脱させた後のことだ。


 官邸と礼拝堂を繋ぐ地下通路から半魚人マーマンが姿を見せた。拙い足取り、腹をすかせて駄菓子を目当てに付いてきたのだと思った。


 仕方ないやつだと言いながらも俺は嬉しかった。ご馳走してやろうと僅かな駄菓子を手にとった。


『キィ……キィ』

「でかい菓子は無いんだぜ。でもこいつはお勧めだ。蒲焼さん太郎、味が分かるかな」


『キィ……キィキィ』

「なんだ、お礼でもしてくれるのか。何か言いたいことでもあんのか? お前、えっ、お前、ええっ、お前は!」


 あらゆる生物の微弱な電気信号を辿り、疑似アストラル界の荒野を駆けて野口は俺の前に現れた。


 駄菓子屋の婆さんとの思い出が、二人で鰻をご馳走した記憶が俺たちを繋いだ。懐かしさで涙があふれだし、鼻先がつんとした。


 野口カシは俺に〈楔のパス〉を繋げた。あのときのチーム、メンバー全員が、俺の前に入れ替わり立ち代わり集まっていた。


「……」全身には鳥肌がたち、胸は張り裂けそうだった。もう何も怖くはないと思った。


(野口、野口。そんなんなってまで会いにきてくれた野口。二度と会えないと思っていた野口と、チームの面々との再会だ) 


『アハハハハ。落ちついてよ、高橋ハッシーかねちゃんとも今すぐ繋げるからね、すぐに逃げよう』


「だ、だめだ。いま俺たちだけ逃げるわけにはいかないんだ。馬鹿な俺だってこれだけは分かる」

『またか……。はあ、分かってるよ。ハッシーは馬鹿じゃない。だれも馬鹿なもんか』



 田中タナーさんと芦田アッシュさんは海洋生命体の王シビラと会って地上が沈められるのを食い止めるつもりだ。


 方法なんか分からない。だが宏美さんは俺たちを信じて残ることを選択したのだ。


『ああ、そ、その人か。高橋ハッシーは宏美さんの事が好きなんだね』


「ばっ、馬鹿野郎かっ。楔のパスだかなんだか知らないけど感覚までシンクロするのか。プライバシーはどうなるんだよっ」


『パスなんて使ってないけどバレバレなんだよね。ふふん』


「バレバレなのはお前らじゃないのか。さすがに中央都市じゃどんな情報接続も筒抜けになるだろ」


『バックネットは見えないから大丈夫。仕組みは僕にも良くわかんないけど、イメージだ』


「……」


 デバイスをフロントエンド、ネットワークをバックエンドなんてエンジニアは呼ぶが、バックネットなんて言葉は野口じゃなければ思いもつかないだろう。


 グラウンドの防球ネットやネット裏と連中のネットワークをかけ違えているのが笑えた。


 何が起きているのか田中さんと芦田さんに伝えるべきだとは思っていたが、うまく説明できるとは思えなかった。


 少し間をおいて俺は応えた。


「あんたらに大人しく捕まってやるよ。ただし条件がある」

「……」


「チャンスをくれないかな。そうすりゃ互いに失うものは無いんじゃないかな」


「ふははははっ、愚かだな。ニューロネットワークから逃れられるわけが無かろうが」


(だろうな。ルールに従っていれば誰もネット裏で頑張ってる二軍なんか見えやしない。いや見ようとすらしない)


 更に開かれた都市には、有肢菌類の胞子ネットワークまで行き届いている。海洋生命体の王シビラはこれを意に介せず、あわよくば今後に利用できるとさえ考えていた。


 張り巡らされた両ネットワークのなか、唯一評議会と交渉人にだけは、互いに自由意志を述べ合う特権が許されている。


 機密特性上、彼らの持つ情報経路は細い糸でしかなかった。それは人間が行うコミュニケーションと同じく曖昧で頼りないものだ。


 だからこそネットワークを支配する圧倒的存在の目を潜り抜けることが出来る。巡礼者からの情報もひとつとして無駄にはしない。


「武装した方舟が二隻。廃棄する空のコンテナ船は無数にあるはずだな。もし、俺たちが武装船で次元の波に入ったら、シビラはどうする?」


「異常事態と分かれば二分か三分以内に操縦系統はネットワークが支配する。方舟はゆっくり旋回して逆戻りするだけだ」


「同じ信号をだしながら併走するコンテナが、時空間ドライブから離脱しても分からないはずだ」


「!!」


 ガラボは首をかしげたが、リチーは脱走の可能性を理解した。信号を消したコンテナは荒れ地に墜落するが、確かにそれを感知する術はないかもしれない。


「時空間の情報はローカルネットでしか得られるデータがない。それだけで判断するなら、消えた方舟には誰も気付けない」


 コンテナがひとつ無くなり、俺たちが脱走したと知るには数日後のポート全体にかかるメンテナンスまで時間を要するだろう。


「なるほど」アレザが会話に加わる。「武装船とコンテナの情報シグナルを同期させよう。それが貴様らの条件だな」


「ああ。それだけでいい」 


 ガラボの右からアレザが何かを耳打ちし、左からリチーがまた何かを耳打ちする。


 おおかた武装船ごと爆破されるか、牢獄で暗殺されるか。よからぬ罠でも閃いたのだろうが、互いに他の選択肢はないはずだ。


 どんな酷い仕掛けや罠がはられようが、俺たちの能力ですり替えが成功すれば問題ない。


 こいつらが交渉に乗れば脱出経路が確保できる。俺は平静を装いながらゴクリと唾を飲んだ。


「……」


「よかろう。カーサの地下ポートまで案内してやろう。そのあと幽閉されても文句はないな」







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