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変身ヒーロー

 時を同じくして野口鷹志の精神分裂体である二号〈チタ〉は、海洋生命体の方舟を奪取した山城祐介と羽鳥舞の元へ飛んでいた。


 広がる砂漠の荒野に座礁した方舟を蠍のような甲殻を持ったイグアナの群れが襲う。


 この実験体から生まれた群生生物は疑似アストラル界で最も繁殖に成功した変異種といわれている。


 胞子ネットワークの使用できない僻地とはいえ、仙田律子と陽炎が追い込まれるほどの生物であった。


「ハア……ハア……ハア」

仙田律子センリツ、まるでこいつら我々の攻撃パターンを始めから知っているようだ」


 宙を舞いながら剣撃を放ち続ける陽炎。地べたを這いながら爪をたてる仙田律子。軍師と教師という姿ではあるが、有肢菌類としては屈指の機動力と戦闘力のはずだった。


 ふたりは息をきらしていた。この数分で仕留めたイグアナはたったの五匹。尻尾から放たれる針に糸を通すような棘は、幾度もふたりの全身を貫いていた。


「だとしたら裏にいるのは賢者か。既に真の中心個体は奴に記憶置換オーバーライドされていると考えるのが妥当だ」


 連携の基本はトライアングル。視覚的なフェイクである〈鏡面蜃気楼〉に掛からないのは三個体が一つの意識と視覚を共有している為だ。


 息のあった化物の攻撃は確実に陽炎の動きのスペースを突いてくる。そして一つの個体に攻撃が決まる瞬間。


 ドンッ――という鈍い破裂音と共にイグアナは自ら爆発して二人に致命傷を与えていた。


 黒煙を抜ける仙田律子は、突き出た腕の骨を体内に押し込んで修復にかかり、陽炎の破れた服からは昆虫に似た本来の足が見えていた。


「くっ、みずからが戦う手榴弾だとは、お手上げだな」陽炎はどうすればイグアナを排除できるか、思考を巡らせていた。


「ハァ……ハァ……自爆行為に躊躇いがない。なぜ、賢者は感染していない個体まで操れるのだ?」


 まわりは既に蠢く影に覆われていた。残りは十五匹。ギワギワ、グウグウという不快な鳴き声が聞こえる。


「こんな灼けるような戦闘は久々だ」

「ふん、楽しんでいる場合か」


 いつからか剣技にこだわり勝つことばかり考えて生きていた。すぐに自分より強い者が周囲には居なくなった。簡単で近道ばかりを探すだけの毎日だった。


「縄張りを守るという目的の一致と、中心個体への絶大な忠誠があるのだ」


「なるほど」陽炎は方舟に残された羽鳥舞を気にかけていた。「優先するべきは、この賢者の石より方舟か。あるいら海洋生命体のキューブか」


 鋭い尻尾が曲がり上部から陽炎の肩に伸びていた――かろうじて針の先を両手で掴む。何としても羽鳥舞を守らなければならない。すると方舟を伺う彼の前を何かが走り抜けた。


「な、何者だ!?」

「とおおおうっ!」


 クルクルと派手に回転し、何者かが飛んでいく。見上げるとイグアナの甲殻の上に、白い鎧を着た男が着地しポーズをとっていた。


 ロボットやアンドロイドにも見えるが、その姿は誰もが知る特撮番組の変身ヒーローに似ていた。


「らいだ〜パンチ、パンチ、チョップ、チョップ、パーンチ!!」

「……」


 イグアナの尻尾を掴み軽々と持ち上げると空中に放り投げた。次々にイグアナを肉弾戦で駆逐していく謎の男。


「な、何だあの間抜けは!?」


 角張ったヘルメットに両手両足をカバーする近未来的な鎧。アーマーといったほうがよいだろうか。


 陽炎はしばし間抜けのように、この変身ヒーローに見惚れていた。これは特撮ではないと分かっていても目の前の光景が信じられなかった。


 百キロ級の重量を持ったイグアナが上下左右に吹き飛んでいく。それほどのパワーが何処からうまれてくるのか理解できない。


「どうだ、カッコいいか。俺が来たからには安心しろぅ!」

「……」


 勝てる。忠誠を誓った羽鳥舞を守ることが出来るのは良いが。


「だが、殺せてはいない。こいつらがまとめて自爆すれば、ひとたまりもないぞ!」


「グアッグアッグアッ」

「ギアッギアッグアッ」


 化物の声が響き、陽炎はハッとした。不気味な集まりが一斉に爆発するかに思えた。


「らいだ〜キリモミアタック!」

「まずい……は、離れろ」


 これは悪夢か幻覚であろうか。陽炎が仙田律子を見ると、その傍らには我が姫である羽鳥舞が立っていた。


(あの変態ヒーローは、もとい変身ヒーローは山城なのか。山城祐介には隠された能力があったのか)


 ドンッ―――――――。


 一匹のイグアナがアーマー姿の山城の脇に駆け込み自爆する。仙田律子は不可視の糸を使いイグアナの考えを読もうとした。


 神風特攻隊の無垢な精神は、他の個体と死別する間際に切断され、本体へのダメージは皆無だと分かった。


 そして孤立したイグアナから伝わる悲しみと死の恐怖に律子は震えた。イグアナに言語はない。それでも仙田律子には理解が出来た。仲間を守ろうとする決死の精神と深く真っ暗な孤独が。


「ふぐあああぁっ!」


 ドサリと土煙をあげ地面に落ちる山城に甚大な損傷は見えなかった。だが何度もあの爆発を受ければ中身の山城本人へのダメージは計り知れない。 


 続く爆発を何発もまともに受けながら、山城は叫び戦っていた。活路を見出そうとするが、イグアナの意識は仙田律子を苦しめるだけだ。


「このっ、低能なイグアナが何故も簡単に命を投げ出すっ。やめろっ、もうやめてくれっ!」


「させないっ!」そう叫んだの律子の後ろに立つ羽鳥舞だった。砂埃のなかで両手のひらを突き出し、十五匹のイグアナとの距離をはかっている。


「……!」


 山城に被さり自爆寸前でイグアナの動きは止まった。知能が低い故に、我に返れば戸惑いが隠せないのであろう。


「……」

「……」


 静寂。羽鳥の精神共感を僅かに受けたイグアナは動きを留めた。自殺行為をやめて仲間の元へ戻ろうとする。


 受け入れられたい。だが互いに受け入れられない不安定な精神が交錯しパニック状態に落ちているようだった。


 数個体のイグアナはすっかり力が抜けたようにぐったりとした。


「ふうっ、どいつもこいつも戦意を喪失している。もう、大丈夫だ」律子は一匹を残して精神を覗くための不可視の糸を解いた。


「はっ、さすがは我が姫だ」陽炎はもしもの爆発に羽鳥の前に身を呈しながら振り返り、驚く。


(泣いている……下等生物の自己犠牲に、敵の猛攻に我が姫の精神は揺れているというのか)


 荒野に立つ羽鳥舞と仙田律子はイグアナの精神に触れ、苦痛に歪んだ表情をみせた。


(姫の涙が止まらない。いつまでも溢れている。私には分からない。何が起きているのか)


「……この馬鹿げたヒーローは山城祐介ですか」陽炎はふたりの心の中を見たいと感じた。「先ほどの爆発で心臓は止まっているようですね。残念なことです」


(すこしだけ、私にも何が起きているのか教えてほしい)


「陽炎」仙田律子は不可視の糸を繋ぎ、羽鳥舞と山城祐介に起きていることを伝える。



『死ぬな!』



 さんにぃいち――さんにぃいち――さんにぃいち――さんにぃいち――さんにぃいち。


 誰かの声だった。「が、外骨格の意思が、鎧が心臓を動かそうとしているのか!?」


『死ぬな! 死ぬな! 死ぬな! 死ぬな! 死ぬな! 死ぬな!』


 誰の声だ。山城祐介の鎧が意思を持って、心臓マッサージを続けているのか。陽炎は仙田律子に応えを求めた。


「野口鷹志の意識が、あの海洋生命体キューブにあったようだ。彼の意識は細切れになっていて、自分のことを〈チタ〉と認識しているらしい」


「数百の海洋生命体キューブ。それがナノキューブと変わり、更には山城を守る鎧状になっていたわけだな」


 彼らの一致したイメージが、この馬鹿げた変身ヒーローだったということだ。


「ともかく別の場所にいた野口鷹志は、手段を選ばず奴を助けにきた。それだけは間違いない」


「……死ぬのか」

 

「山城はキーパーだった。少年たちが呼ぶ精神の繋がりである〈楔のパス〉を受け取れなかったのだ。彼の能力は洗脳や記憶置換を受けない〈ウォール〉だった。だから、野口は山城と精神を繋ぐことが出来ずに、海洋生命体キューブを使うほか無かった」


 山城祐介を覆う白いアーマーの胸部はいつまでもボコン、ボコンと動いていた。


『死ぬな! 死ぬな! 死ぬな! 死ぬな! 死ぬな! 死ぬな! 馬鹿野郎! 変態の馬鹿野郎! なんでお前はいつも、いつも僕の思い通りにならないんだよ、なんで勝手に、死ぬんだよ!!』


 下等生物は私じゃないか。仲間のため命を差し出すイグアナも、自爆行為を許さない姫も、なんと尊い思想を持っているのだ。


 山城祐介が私に勝ったのは決してまぐれではない。仲間のために死す覚悟があったからだ。


 私はひとりで剣の〈道〉を歩んできた。山城も私と同種の考えを持ったタイプだと思っていた。


 だが、あの声は野口ひとりの声では無かった。


「センリツ、あとは頼んだぞ」

「融合し彼の一部になるつもりか。は、はやまるな!」


 有肢菌類とはもとより共生生物である。宿主を操り支配下に置くことはあっても絶滅を望みはしない。


 陽炎は本能的にこの山城という男を死なせてはならないと感じた。原始的な直接的な手段だ。


『私は決して後悔などしない』


「まっ……」

「……」



「くはあっ」山城祐介の眼が開く。「げっほっ、げほっ、ごほっ」


『君はもっともっと苦労して、沢山の人と一緒に〈道〉を歩むべきだ。きっと素晴らしい人生になるだろうな』


 体を起こそうとする山城に仙田律子と羽鳥舞は手を貸した。そこに陽炎の姿は無かった。




 






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