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少年の詩(3)

 八年前。魔女団カヴンの大きな会合があると聞いた両親は会議には三人でいくと決めた。海岸沿いにある真っ白な教会ビルだった。


「司教様って偉いの?」


「ただの宣伝屋さ」父さんは言った。「俺たちは家族や仲間の為に命を差し出し身を削って戦うが、連中はずっと説教してるんだ」


「ふふっ、そういう人も必要でしょ。正しいことを説けば、人は一致団結して助けあえるのよ」


 妊娠中だった母さんは少し精神的に不安定だったのかもしれない。自分に何かあった時に頼れる味方を求めていたんだと思う。


 僕にも不安はあった。だが両親に肩を抱かれ歌を聞くと、何もかも喜びに変わった。今なら不安や恐れは必要な感情だとわかる。


 父さんは〈爪〉あるいは〈雷爪〉の異端者と呼ばれていた。地下組織メトロ魔女団カヴンの連合旅団が北部戦線を死守した当時、他に生き残った人間が居なかったのが誤解の始まりだと聞いていた。


 今日、僕らは死ぬかもしれない。身重の母さんの能力は弱まっているかもしれない。


 組織を跨いで単独で活動していた両親。諜報部門を統括していた司教たちにとって彼らは他の神につかえる異端者だった。


 あの日の僕には恐怖という感情がきれいサッパリ抜けていたんだと思う。


「さて。過去二千年続いた冷戦が終わり、嵐が来ることは明白です。貴方には決断して頂かねばなりません」


 壇上には四人の白服を着た司教が座っていた。内容は有肢菌類の洗脳や記憶置換オーバーライドを防ぐには人工免疫が必要だってことみたいだ。


 ひとりの生贄で数百人の魔女が洗礼を受けられる。司教のひとりが難しい言葉で詳しく説明した。


「彼から〈痛み〉を取り除き、我々に差し出せばよいのです。なにも命を奪うと申しているわけではありませぬ」


「……」


「永久凍結した断片体は、きたる赤子と結合させ、復活させると約束します」


 テーブルに注がれたグラスを両手で覆いながら父さんは口を開いた。「なんてむごいことを平気でいえるんだ。いつから魔女団はカルトになった」


「ほう、御子息から〈声〉や〈感情〉を奪っておられながら異をとなえますか。自然の摂理から外れた行為を始めたのは貴方がた異端者が先のようですが」


「奪ってはいないぞ。何度いえば分かるんだ?」父さんが声を荒げて応えた。


「身を守るために封じてはいるが、意識は共有している。話したいことがあれば拓巳は俺たちにすべて話す。家族には隠し事も、裏も、計略もないからな」


「ご自分のエゴだとは考えませぬか。我々からみれば貴方の頭の中は御子息の記憶で溢れておるようです。御子息の身を案じているのではなく、自分の幸福だけを求めていると想像したことはありませぬか?」


「そんなことはない。子供の肉片を奪う儀式が今の時代に許されると本気で考えているのか。それこそ理想主義を装う自己陶酔だ。話にならないな、いくぞ」


 席を立とうとする父さんは、左右の扉に黒い服の狂信者たちが構えていることに気づいた。


「人々が決して許されないと信じることでも、人類が勝てば神々は喜んで許すのです」


「やはり宣伝屋だな。人の痛みも知らず何が神々だ」


「そうかもしれませんが、キリストもブッタも宣伝や布教をしました。宣伝屋は侮辱になりませぬ」


「ぐっ……息がっ」母さんは喉をおさえて肘をついた。グラスが倒れ水が溢れた。「……できな」


「貴様ら、俺の妻に何をした!」


 僕らには味方がいなかったが、司祭たちは仲間を集めていた。ふたりは毒を飲まされていた。


 長斧が振り降ろされてテーブルごと父さんの両腕が切断された。黒服で髪のない男が母さんの背後から手をまわし、大きなお腹にナイフを突きたてた。


 血飛沫がテーブルを真っ赤に染め、母さんは眼を見開き僕を見つめた。悲しげに潤んだ瞳。そのままぐったりと椅子から落ちるように倒れた。


「くたばれ、異端者め!」

「悔い改めろ、裏切り者」

「恥を知れ!!」


 狂信者は身動きのとれない両親に被さり何度も何度も奇声をあげながら、腕をあげさげした。八つ裂きにした司教たちは僕らより力があった。


 神の力なんかじゃない。狂った宣伝やまやかしを布教する力だと知った。家族の死の感覚だけがいつまでも僕のなかで共有されていた。


(ごめんな、拓巳)

(逃げて、たっくん)


 全身の毛穴から汗が吹き出し、手足はビリビリと震えた。消えていた恐怖と絶望、死の感情が何倍にもなって僕の頭に引き戻されてくる感覚。


(走るのは得意だよな) 

(大丈夫よ、貴方ならできる)

(そうだ、お前は中島拓巳、俺たちの自慢の可愛くて強い息子だ)


 駄目だ、駄目だよ。僕には何もないよ。話せないし、感情だって欠けているんだ。


(なにも欠けてない。拓巳から力を奪うことなど誰も出来ない)

(そうよ、私の封印なんて簡単に突破してきたじゃない)


 母さんは僕を指をさした。もう肉体はとっくに限界を超えていたのに、意識は通じた。


 教銘高校のある街、樹輪の宝珠を祀る教会とラルフ神父のもとへ、走れと。


「逃がすと思うか? 拘束逮捕鎖ウォンテッド――」


 無数の薄紫色に光る半透明の鎖が部屋中に広がっていく。あらゆる角度で速いのも遅いのもある。


 涙と共に溢れだした恐怖の感覚のなかで一秒は一時間にも一年にも感じることができた。


(怖がってはだめ。そう、歌うのよ。一緒に歌いましょう)

(アハハハハ。あの替え歌かい)


 試行錯誤を重ねた僕は、突破口を見つけ出す。すべての攻撃を躱し胞子ネットワークを潜り抜け、逃げることが出来る。


(どんぐりころころどんぐりこ

 時間施おいけにはまってさあ大変)



 そうはしなかった。溢れだした感情は恐怖より先に憤怒があった。僕は取り出したリボルバーと父さんの切断された〈雷爪〉を握って、四人の司教へ走った。


 (怪人出てきてこんにちわ

 たっくん一緒に遊びましょう♪)


 僕自身の能力〈突破〉を見た司教は目を丸くした。野戦司教も魔女も口を開けたままだった。


 (どんぐりころころどんぐりこ)


 ほんの数分後には魔女団の連中の首が転がっていた。歌が聞こえないことに気付いたのは全てが終わってからだった。


 それからは記憶があまりハッキリとしない。どうやってラルフ神父に会ったのかも、何が普通の生き方かも分からなかった。


 きっと忘れようと思って自分の頭を封じたんだ。僕の声も悲しみも怒りも、感情も。


(どんぶりコロコロどんぶり子! どんぶりものがぁ大好きでぇ)


 普通に生きて欲しいと言った。


 草薙くんがみえる。賢者に飲み込まれた牢獄でも、たったひとり熱唱するような子だよ。プロサッカーの試合にもでたんだ。カッコいいね。


『!!』


 前田くんもいる。馬鹿にされても毅然としてて、学年委員長まで任されたんだよ。全校生徒が彼の指揮で動いたんだ。すごいね。


(どんぶりコロコロどんぶり子

 クーちゃんライスはいかがですぅ~)


 ふたりは野口くんとサッカーに誘ってくれたんだ。そうそう、野口鷹志くんだ。


記憶置換オーバーライドを突き破るだと?』


 彼を見てると、すごく懐かしい気持ちになったよ。走って走って息を切らして楽しいねって笑うのが、可愛いよね。


『わ、私の記憶が消される。そんなことが、そんなことが可能なのか!!』


 他にも仲間が出来た。相変わらず口がきけない僕を、誰も馬鹿にはしなかったよ。


 母さん、父さん。友達を失いたくないよ。だから、だから僕また〈突破〉するしかないんだ。


『……』


 ヴィダ・ビーの意識を突き破り、僕は目の前の仲間のもとへ駆け出した。右手を広げめいっぱい伸ばして。


「戻ってきたぞ!」正面に見えたヒロくんがイトりんと入れ替わる。「三人とも、ちゃんと上手くコピーしてんだろうな。全開でいくぞ、せ〜のぉ!!」


 部屋を真っ暗に埋め尽くすほどのネズミの大群は四人に一斉に飛び交ってきた。瞬間。


 〈固定觀念板スパイク―――――!!!〉


 四人の肉体からは長く鋭い無数の針が雷鳴より速く突き出していた。


 能力をコピーした三人と伊藤麟太郎の技は重なり合い、隙のない強靭な刃となって周囲の敵を一掃した。


 四人は抱き合うように肩を組んだまま、涙をながして笑っていた。







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