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少年の詩

 あの海岸線で精神感応者エンパスの魔女、羽鳥舞は記憶置換オーバーライドを受けて意識を失っていた細川とアンディの記憶を取り戻した。


 僅かな期間ではあるが、魔女団の明菜婆さんと羽鳥本人から理論と解除術式だけは学んでいる。


 鍵となる中島拓巳の過去の記憶を呼び出し紡ぎ直す。出来るか出来ないかじゃない。やるか、やらないかだ……と細川はいった。


「入ったぜ」

「うん、見えてる」


 俺らが出会ったのは小学四年の春だった。俺より先にチームに入った前田と草薙が飯塚先輩とグラウンドで話してる姿が見える。


「野口が無理矢理つれてきて」前田がいう。「越してきてから友達は居ないし、同情はすれどコミュニケーションとれないし、四組でも浮いてたらしいんです」


「放っておけなかったんだな。お前ららしいな」


 発話障害。中学の飯塚先輩は心臓の病気を抱えていた。他の先輩は腰や膝に問題があった。


「どうですか?」中島のプレイを見ながら草薙が聞いた。「あんな綺麗なドリブルするやつは他にいませんよね。口数は少ないけど」


「ホントにサッカー未経験かよ。いやぁ……足もはやいな」


「ハンドサインも決めてるんです。二人でボール奪いに行きますのでみてくれますか」


 前田と草薙は手を振ってグラウンドに入っていった。走りながら中島は的確なボールタッチで二人を軽々と抜きさっていく。


「パスまわしてみろ」


「リズムとりに歌いながらやりますけど気にしないでください。せーの、どんぶりコロコロどんぶり子、どんぶりもの〜が大好きでぇ」

「わっき毛ボ〜ン!」

「……なんだよソレ」


 草薙は良い声をしていた。金子はサッカー選手になりたいと聞いて、自分は歌手になるといっていた。


「小僧が出てきてコンニチワ、クーちゃんライスをいかがです〜」

「わっき毛ボ〜ン!」


 意味不明な合いの手を入れる前田に、さすがの飯塚さんも笑いを堪えきれずに吹き出した。


「ぷぷぷっ……もういい。前田よぉ、失語症でもサッカー出来るってのは充分わかった。その間抜けな練習方法は何なのか話せ」


「野口が言うんですよ。中島笑かしたら、ぜんぶ通じるから楽しくやれって。アイツのせいです」


「ハァ……ハァ……」


 汗だくで立ち止まる中島にタオルを持った飯塚先輩が走り寄った。足もとのボールを奪うふりをして、そっとタオルを彼の首にかけた。


「ようこそ、少年サッカーチームへ」ぐいとタオルを引いて先輩は中島の顔を引き寄せた。

「俺には警戒はしないでくれて構わないよ。中島くんさ、ほんの少し未来が見えるだろ?」


「……」


「お前みたいな奴を異能力者キャリアーっていうんだ。副作用は何だ。口数が少ないだけなら儲けもんだな」


「……」

「この話をしたのは、お前がどうせ誰にも話さないからだ。話せない、の間違いかもな」


 俺と野口が驚かないわけがない。中島拓巳は俺たちチームと会う前から既に有肢菌類に感染していたのだ。


 飯塚先輩は三年前に亡くなっている。俺は断片的な記憶をもっと深く調べなければならなかった。



     ◆中島拓巳◆


 元陸上の選手だったパパに、よく肩車をしてもらった。景色は最高、パパが走るときは何故か笑いが込み上げてくる。


「きゃっきゃっ!」


 いつのことだろう。寝ぼけ眼をこするとパパとママの声が聞こえてきた。


「また肩車で走ったんでしょ。近所の人から聞いたわ。危ないから止めてって言ったでしょ?」

「だってメチャ喜ぶんだぜ、たっくん。可愛いくてさぁ」


「そりゃ分かるわよ。でも、たっくん玄関で頭ぶつけたことあったわよね。泣いてたじゃーん」

「そうそう、泣きながら何て言ったと思う? あいつパパがゴメンって叫んだら泣きながら、パパ謝らないで、パパのせいじゃないーって泣くんだよ」


「なんでだろ? 四歳よ」

「自分のブツけた頭より、申し訳なさそうに謝る俺の心配するか、ふつう。もしかして天使かも」


「「可愛いよねぇ♪」」


       ※


 ハァ……ハァ……。

 ハァ……ハァ……。


 いつかの朝に、ママの声が玄関から聞こえてきた。

「パーパ〜、しかたないな。じゃあ、たっくんとお留守番お願いね」

「……あっ、ああ」


 パパはぐぅとがぁと返事して、また寝てしまった。優待券が切れるから今日は家族で朝マックに行く予定だったのに、ママは仕方なく一人で自転車に乗って行った。

 

 ハァ……ハァ……。

 ハァ……ハァ……。


「えっ!?」ママはハンバーガーの乗ったトレーを持ったまま、ビックリしていた。「な、何でたっくんがマックにいるの〜?」


「ボク、走ってきた!」息がはずんで笑いが漏れた。「道は知ってたから、走って追いついたよ」


「ひええっ、五キロを五歳が一人で走りますかぁ?」ママはまだ信じていなかったみたいだ。「嘘だよね、パパいるんだよね」


 慌ててパパがマックに来たのは30分後だった。「焦ったぁ。たっくん居ないから探したよ」


「ホントに走ったんだね」

「うん。すごくない?」

「ママに会いたかったからだね」 

「……ぷっ。やっぱり俺たちの子だなぁ」


「「可愛いよねぇ♪」」


       ※


 優しいママと面白いパパ、幸せな毎日。走ることが好きで、保育園の出し物では王子さまの役。


 お姫様役の女の子は五人もいるのに、王子役は一人だけだった。


 ぼくが口を動かすのに合わせて『負けないぞ!』と友達が叫んだ。ぼくは玩具の剣を丸い着ぐるみに向けて振った。


『やめろぉ〜』丸い形で刺ばったコロナ星人はいった。『地球が熱くなってきたのは熱が出たからなんだぞ。熱が出たのは誰のせいだぁああ、人間のせいだろうよ』


 演技は得意じゃないけど、ぼくの声で部屋が暗くなったりダンボールの景色が入れ変わるのは楽しかった。


 ピアノと歌声。踊る子供たちの中で、後ろの席のパパは園長先生と真面目な顔で話をしていた。


「今の暮らしに慣れていますね。御子息の力は抑えられても、目立ち過ぎてはなりません」

「そりゃ無理です。なんせ街でいちばん可愛いから」


「ふふふ、冗談ではありません。親馬鹿では済まされませんぞ」


「園長先生」パパは悲しそうな目をした。「今までして頂いたことは感謝していますが残念です」


「浩二殿。これまでとは違います。ご存知のとおり、成長すれば〈時間旋〉の影響を消すことは本人の能力次第になります」

「まだ早すぎます。まだ……」


「助けを求めるのです。お二人ほど貢献なさった人間なら容易いはずでしょう。頑なに普通の生活を求めることに、価値が御座いますでしょうか。命より価値が?」


「必要なんです。俺たちには」


「確かに組織は貴殿たちを利用してきました。ただの駒のように。ならば利用すればよいのです」


「そうはいかないんです。俺たちは普通の人間として息子を育てると誓ったんです」


「彼に……普通などありえません。彼から言葉を奪ったのは〈時間旋〉で赤子だった彼が泣かない為でしたね。それから貴殿ら夫婦は彼から何を奪ってきました?」


「封じているだけです。私たちとは会話をしていますから」


「封じることと奪うことに違いはありますまい。ずっと守り続けることも、能力を封じ続けることも出来ませぬ」


「……」


「奥方は長くないのですね」

「分かりますか」


「いいえ」園長先生は眼鏡に触れて目を細めた。「魔女の寿命は短いと聞きます。それが理由でしたか」


「……」


「潮時ですな。悪く思わないで頂きたい。貴方から地下組織の情報を引き出すのは無理なようだ」


「私も残念です。信じては貰えないでしょうが」


 演劇が終わるころ、パパと園長先生の会話は拍手と歓声で聞こえなくなった。ママはずっとカメラの後ろでハンカチを目にあててた。


 ぼくは知ってる。大人は嬉しいときも悲しいときも同じに泣くんだって。


『人間が地球を病気にしたんだ。だったらホントの悪いウイルスは人間じゃないかぁああ〜。ぎゃははははははは!!』


『そうだね、コロナ星人。僕らが皆いなくなれば良いんだね。悪いのは全部、人間だったんだ!』


 内容はよく分からない変なお芝居だったし、始まる前から友達には悪口をいわれた。


「口がきけないから王子役を貰ったんでしょ?」義弘くんは言った。「同情するのも、ずっとだと疲れちゃうってママがいってた」


「……」


 マキちゃんにも聞かれた。「君のママは行事には参加しないんだって。病気だって聞いたけど、どんな病気なの?」


「……」


「失語症なのに先生がだした問題は全問正解したって本当? 何かズルしてるんじゃないかっていってた。どんなズルしたの?」


「……」


「普通の小学校に行くんでしょ。そんなの無理だって皆はいってるよ。キミの両親は変だって」


「……」


 演劇のクライマックス、一瞬の出来事だった。ママの後ろの席にいたおじさんが突然、長い髪を掴みにかかった。




 

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