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大司教(2)

 床には血痕があり、点々と窓に続いていた。金子はバッグから緊急用の医療キットとペットボトルを取り出している。瞬時――俺の出来ることは、あの大司教を追うことだと確信していた。


 香料付きの蝋燭、死臭を漂わせていたのはこのための策だったわけか。あなどれないが、そこまで完璧を求めるなら、逆に読みやすい。


 警戒しながら窓を抜け、バルコニーに飛び出す。薄暗い闇に、鉄の擦れる高い音と扉の閉まる低い音がした。斜め下の階から扉が動く影が見えたようだが、他所へ逃げたふりをしても無駄だった。


「前田の誘導や伊藤のフェイントのおかげで偽装には慣れてる。お遊びだな」


 タイミングが良すぎるのだ。俺は手すりに駆け上がると反動を使って斜めに自分の身体をリフトし、上の階に上がった。


 広い屋上バルコニーに音はしないが、気配はあった。数歩の距離に、石壁に背を預けて座っている大司教がいた。


 肩から心臓にかけてザックリと斬りつけられた傷は間違いなく致命傷だった。口からは大量の血が流れていた。


「動くんじゃねーぞ、大司教」


「あの高校生……高橋か。私が動けそうに見えるのか」


「あ、ああ。まったくもう、おとなしく魔女に処刑されろよ」


 俺は大司教の手に握られていたリボルバーをつまみ上げた。どす黒い血がべったりとついていて、生暖かかった。


「ふん……静かに、死なせてくれ」


「例の窒息魔法を解いてくれたらな」


「もう、とっくに解いている」


 俺は大司教の脇に立って見下ろした。男の視線は真っ暗な空に向けられ、既に焦点はあっていなかった。


「ふぅっ、お前が連れてきたのか」


「そうだ」


「よくやったな……見くびっていたようだ。だが、連中には敵わない」


「俺はそうは思わない」


「……」


「大司教にまでなったあんたが、よくもこんな酷い真似が出来たな。海洋生命体に魂まで売ったのかよ」


「ふっ、大司教だから見えるものもある。さっき言ったことは本心だよ。ただ、私は魔女より家族や現実世界の人間を優先させたにすぎない……お前も友人を助けたいから、こっちの世界にまで来たんだろう」


「ああ、でも誰かを犠牲にはしない。あんたは侵してはならない領域に手を出した」


「海洋生命体……その王はシビラと呼ばれる群生生物だ。ナノ・キューブが密集して一つの意識を持っている。あらゆる兵器を凌駕する究極の生物個体だ。一億三千万ある細胞ナノ・キューブがすべて個体として生きている」


「い、一億って、日本の総人口並みの塊が、ひとつの生き物だっていうのか? 訳がわからないな。なんでそんなことを俺に話すんだ」


「お前が、お前だけが全てを受け止められる役回りだからだ。王を倒すことは不可能だが、エリクサーという宝珠を持ちだせれば……バランスを崩す事くらいは出来るはずだ」


 大司教は海洋生命体について知っている情報を俺に教えた。宏美さんの身体に刻まれた傷は、エリクサーの在処を示す鍵になっているという。タナーさんが、俺らを見つけて歩いてくるのが見えた。


「高橋。最期に一つ、教えてくれ。お前は、あのまま逃げられたはずだ……なぜ、戻る必要があった。地上が水没したとしても、それは人類の自業自得だとは思わなかったか。なぜ、そこまでする?」


「さあな、仲間が苦しんでるからな」


「……調べたよ、野口鷹志。奴が何なんだ。お前らをサッカーに誘っただけの少年じゃないか。地下組織にとっても、足手まといの半端な改造種に過ぎない存在だ……ろ」


「あいつは――」俺が応える前に、大司教は息をしていなかったように見えた。だが、その言葉は俺の口から自然と出ていた。


 野口はただの友人じゃない。くすぶっていた俺たちに希望を見せた。俺たちを一つにして、それを宝物みたいに扱ってくれた。


「あいつはヒーローだ」


「ふふ……そうか。月並みだがいい答えだ」


「……」


 大司教の死に顔は僅かに微笑んでいるように見えた。貼り付いたような作り物の笑顔とは違うように感じた。


 タナーさんと金子、魔女たちがくる頃には死んでいた。魔女のミーさんは、その大司教にまたがると、拳を叩きつけて顔をぐちゃぐちゃになるまで殴りつけた。


 見かねたタナーさんは止めに入った。「もう、死んでおる。満足か?」


 ケイさんが、ふらつく宏美さんを庇うように連れていた。俺は目をあわせようとしない彼女をみて、どういうことか理解した。


 彼女が大司教に支えたのは彼女の意志だ。もともと大司教には血生臭い噂があったし、魔女団のプロパガンダも理解していた。


 だが宏実さんは身を奉じることを選んだ。献身によって世界が変わることを信じたのだ。ところが大司教は彼女を、道具として利用することしかなかった。


 それは魔女団も同じではないだろうか。魔法というのはエレメントに深く関わっているようにも思えるが、実のところ時間や空間の切り貼りに過ぎない。


 空間に壁を出したり、長柄斧を出したり。精神エネルギーは必要だが、主な源になるのは空間を支配下に置く能力だ。


「だから……魔力を生み出すと言われる宝珠エリクサーが必要なのか。魔女団カヴンは、はじめからそいつが目的だったのか?」


「ごめんなさいミーさん、ケイさん!」宏美さんはとことん利用されていたという訳だ。敵にも、味方にさえも。やっとそれに気付いたのが、宏実さんと同じタイミングとは。


「私は自分の意志でここに残るわ。ハッシーやタナーさんと一緒に行く」


「なんですって!?」魔女のケイは声をあげた。二人の目付きは変わり、鋭く刺すようにギラギラとしていた。


「もちろん、私の身体に刻まれた鍵は写してもらって構わない。だから……だったら構わないでしょ?」


「はっ、それは困るわ」乱雑に宏美さんの手首を掴み上げてケイさんが言う。「その鍵はもともと私達のものよ。私達が見つけて、私達が使う。他の誰のものにもならないわ」


「待て、待ってくれ」俺は宏実さんだけを見ていた。「仲間を救出するかわりに、大司教から宏美さんを救う手助けをすると聞いていた。騙された俺たちは、何を手にするんだ?」


「……残念だわ。でも、宏美以外なら何でも自由に持ち帰って構わない。この礼拝堂には他の魔女の位牌も、財宝もお宝は山程あるはずよ。好きなだけ略奪すればいい」


「マジで言ってるのか。俺は……お前たち処刑人の首を要求するかもしれないぜ」


「!!」


 魔女は一瞬で大司教の側から離れると、斬首用の長柄斧を抜いて宏美さんを挟むかたちでふたり並んだ。


拘束逮捕鎖ウォンテッド――」


 薄紫色の半透明の鎖が、今度は俺とタナーさんの首に繋がれていた。ケイさんの鎖の術がすぐにくることは予想済みだった。


「な、なんだと!?」


 長い鎖は、大司教と二人の魔女に絡み付いていた。狙いが分かれば、トラップして向きを変えるのは容易いことだ。


 大司教の身体がプスプスと音をたてながら消えていくのが見えた。その身体から繋がっている鎖の先には二人の魔女がいた。


「ケイ!」足掻こうとすれば、逆に締め付けられる鎖。「はやく、じゅ、術を解けっ!!」


「だ、駄目だわ、うご、けな、い」


「……!」


 魔女の二人は、大司教の骸と共にプスプスと音をたてながら消えていった。数分も待たずにこの世界から跡形もなく消えてしまった。


 プスプス――――……


「ほんで、やつらはどこに消えたんじゃ?」


「死んじゃいないよ」俺は目を丸くするタナーさんの肩を叩いて応えた。


「おおかた、司教の故郷アラスカだかどっかだと思う。死体は墓に帰ると言ってたから、一緒に現実世界に帰ってもらった」


「そりゃあ、さぞかし……寒いじゃろうな」








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