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見てみぬ振りなんかしない(2)

「クソラッパーを許すな!」左右から向かってくる蝙蝠男は叫んでいた。「このムカつく黒人のガキを絞め殺せ!!」

  

 僕らは詰め寄る蝙蝠男たちを背に駆け出していた。この街の外へ有肢菌類を引き付けるのが僕らの役目だった。無垢の住人には手を出さない。


「逃げられると思うな、でくの坊のクソ野郎。ハラワタも真っ黒か?」


「アンディを脅威に感じてるんだ。あれは誉め言葉だと思ったらいいよ」


「あ、ああ」肩を持ち上げて僕を見る表情は、言葉とはうらはらに悲しげだった。「すごく誉められてる気がするヨ」


 偏見は何処にだってあった。アンディはよく対戦相手に目をつけられていた。履きふるした靴をバカにされたり、肌の色を茶化されたり。


 左右のラインを維持しながら、僕らは街の北西に下がっていく。そこにいるのは細川くんとヒロちゃん。


 全方位に視線をくばりながら街の入口から三百メートルほど後退する。北側の峻険な谷とは異なり、冠水でぬかるんだ平坦な土地だ。


 細川くんはいつも道化た態度をとる。バカな真似をするのは偽装なんじゃないかと思っている。


 頭がおかしくなるほどバラバラに走っていた四十匹もの蝙蝠男の群れは、まとまりだしていた。七個体組か、六個体組になっている。


 細川くんが本当にバカだったら、天才的なバカだ。アンディは言った。自分はいつも人に嫌われないように、差別的な目を避けてきたと。


 細川くんは違った。人からどう思われようと構わなかった。考えていたのは父親を出し抜くこと、殴られないようには、どうすればいいかだ。だから裏をかくのが上手いんだ。


「ネヴァン!」


 地鳴りのような音がかすかに響いていたが、地面は揺れていない。通常の人間の聴覚よりずっと下の音域。イメージとして地震か地滑りの前兆のように聞こえる。アンディと僕は、困惑しながら身を低く伏せて向き直った。


 ゴゴゴ――……。


 目をつぶっても意味のないほどの強烈な光で、鼻柱と背中が熱くなった。後方にまとまった蝙蝠男の個体組は、光の中で踊り狂ったように、もがいていた。


 ドゥン――ドゥン――ドゥン!!


 光の矢が連続で地面を焼き、焦がしていった。爆音と熱風が吹きすさび、立っていることも出来ないほどだ。


「そ、空だ!」


 手前に残っていた蝙蝠男は、見開いた目を真上に向けて叫んでいた。ゆっくりと動く光点を凝視しても、それが何かはわからない。襲撃態勢をとった七匹のカラスに気づいた時には、もう全てが終わっているのだ。

 

 ドゥン――ドゥン――ドゥン!!


「……っ!」


 音は更に轟々と鳴り響いた。鼓膜がキーンと鳴って、困惑した意識が跳んでしまったのかもしれない。僕は雨がふっているのかと錯覚して足元を見ていた。湿っているはずの地面が乾いて、苔むした岩まで焦げていた。


 僕らは小学生のとき、初戦でやったオフサイドトラップを思い出していた。足を引っ張っていたアンディに細川くんは怒っていたっけ。


 ボロボロに書き込まれたノートをみせて、アンディに詰め寄った日を昨日のように覚えている。


『何か話すことはありませんか?』


『ないよ。完璧じゃないけど、うまくやれてる方だと思う』


 ハーフタイム。愛美ちゃんがヒロちゃんと皆に紙コップのお茶を配っていた。あのとき細川くんはアンディのユニフォームを掴んで持ち上げていた。


『あなたがラインを意識していないから、右を抜かれたんですよ! どうしてそれが上手くやれていると思えるんですかねっ!?』


『でも、でも、完璧を求めるなら、他に適当な人間はいくらでもいるだろ。そんなに言うんだったら、他にもっと動けて視野が広くて、君に従順な人間にやらせればいいじゃないか』


 細川くんは紙コップのお茶をアンディにぶちまけた。大切なユニフォームに黄色いシミが広がると、アンディは細川くんを突き飛ばした。


『なっ、何するんだよっ! 大切なユニフォームなんだぞ』


『待て待て!』止めたのはヒロくんだった。『まだ初戦だぜ。内輪もめなんかしてたら一点もとれないまま終わっちまうぞ。どうしちまったんだよ』


 そういう時があってもいいんだ。お互いに、駄目だしをして本気でぶつかり合うこともあったんだ。


 それでも笛がなったとき、尻もちを付いていた細川くんに真っ先に手を伸ばしたのはアンディだった。


『ごめんよ、ボクがミスったのはちゃんと分かってる。誰よりも分かってるから腹がたったんだ』

『僕もお茶をかけてすみませんでした。でも今度、失敗したら殺します』


『ほ、本気でいってるの?』

『嫌ですね、半分は冗談ですよ』


『あは、あははは。半分なんだ』



 炎の雨が降っていた――。


 平地のあちらこちらで煙が立ち上っている。僕らは誰ともなく互いの顔を見合った。想定していた攻撃より、有肢菌類ネヴァンたちの力は遥か上を行っていた。


 烏天狗の従属種である七匹の烏は、上空から光の矢となって蝙蝠男たちを焼き尽くした。待ち伏せの襲撃がやんだ頃、あの日みたいに尻もちをついていた細川くんにアンディが手を伸ばしていた。


「今度は失敗しなかった、ダロ?」

「ええ、ええ。あの連携が役に立ちましたね」立ち上がる細川くんの声は僅かに震えているようだった。


「向こう側をみてください。この攻撃でも生き残っている蝙蝠男は変異種と考えたほうがよさそうです。まだ、何匹か生存しています」


 煙の中に影がうごめいていた。思考能力を持たない烏合の衆とは違う。蝙蝠の顔に鱗の手足をむき出しにした男たちは、しばらくじっとしていた。燃える石と共に落下してくる烏の攻撃がまたやってこないか警戒している。


 奇襲はうまくいったが、敵対者は数で勝っていた。短期間で、ここまで頭数を増やしているとは予想外だった。


 風が弱まり、何もなかったように平原が静まり返っている。ゆっくりと一匹の蝙蝠男が口火をきった。


「おやおや」周りにはもう、八匹いるようだ。「弾切れのようだな。それで勝ったつもりか? 中途半端な実験体と融合した下位連中を駆逐して、かえって助かるというものだ」


「!!」


 よく見ると中心にいた一番体のおおきな男は、肉片をかじりながら座っていた。仲間であるはずの蝙蝠男の手足をもぎ取り食事をしていた。


「貧弱な貴様らを喰らったところで何もメリットはないが、残った個体を取り込むには絶好の機会だ」


「――狂ってる」


 その食事、企てを邪魔しようものなら、こちらが怪我をすると感じた。それほどおぞましい光景だった。


 焼け爛れた怪人たちは、醜く互いに貪り合い、喰らいあっていた。


「ううっぷ」アンディは口と腹を抑えた。近くに残った一匹は立ち上がり、こちらに向かってくる。


 本気で自分の意志から僕らや仲間の蝙蝠を食おうと思っているのだろうか。


 いいや、考えるまでもない。純粋なエネルギーを得るため、〈賢者〉は自分の目的を達成しようとしているのだ。


 こいつらは結局のところ、賢者の思い通りに操られたままだ。不完全な生物を取り入れて、欲求に従いながら反乱分子を駆逐する。


「グヘヘっグヘヘっ。さああっ、貴様らも俺の餌になれええっ」


「あ、操られてるのが分からないのか」僕は言わずにはいられなかった。「僕も一度は賢者に食べられたよ。強くなる必要なんてないんだ。困っているなら助けを求めてほしい」


「ハアァッ!? 何をいっている。意味がわからんわ」


「本能のまま、仲間を喰っているわけじゃないだろ。喰いたいわけないだろ。ぼ、僕らは弱いかもしれないけど、僕は、ずっと、ずっと賢者の腹の中で身動きがとれなくて誰にも気づいてもらえないと思っていたけど、でも、でも、そこから出る方法はあるはずだ!」


 人が離れていくのも、仲間の心変わりも、母さんが居なくなったのも、恐いことばかりだった。


 ときどき賢者のお腹の中にいて洗脳されかかったことを思い出す。海洋生命体キューブに取り込まれたことも。


「そこから出る方法は、ちゃんとあるんだ――諦めちゃ駄目なんだ!」


「クッブゥハハハ、馬鹿め。笑わせるな、それは弱者の考えだ!」


 蝙蝠男がズカズカと向かってくると、僕の息は詰まりそうになった。笑い声は奇声になり耳鳴りに変わった。


「……」


 細川くんは両手で耳を塞いでいた。鉤爪が真っすぐに僕に振り下ろされる瞬間、ヒロちゃんの能力を初めて僕は目にした。


「イィィィィッ!!」


反転撃破カウンター

 

 バシャ――。左手を掲げたまま、物理攻撃を反射していた。まともにカウンターを食らった蝙蝠男は、粉々に消し飛んでいた。


 猛烈な高周波の金切り声とともに、全身が破裂したように見えた。

 

「まったく」ヒロちゃんが言う。「話なんて通用しないよ。考えてる場合じゃないんだよ。おいっ、お前、だ、大丈夫か、細川!」


 両耳と鼻から血を流し、細川くんは膝を付いた。僕は取り返しのつかないミスを犯してしまったことに気づいた。蝙蝠男たちは僕らを無視していたのではなく、とっくに音波での攻撃を始めていたのだ。


「ゲフォッ」 

「ほ、細川くん! 細川くん!」


 


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