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見てみぬ振りなんかしない

 聖地ヨークに入った僕とアンディは、城壁に吊るされた人間を見て拳を固めた。人喰獣〈賢者〉がこの疑似アストラル界にまで来ているのは疑いようがなかった。



 数日を過ごした中世の街並みにダボ服のラッパーが二人。着ていた青いシャツはボロボロになっていたので、下に着ていた鱗鎧スケイルを利用してアンディと合いそうなファンキーなスタイルに服装を変えている。


「ヘイ・ヨー!」と手を叩けば少しだけワルになった気がした。ファッションは「自由を着る」感覚だヨ、とアンディはいう。この数ヶ月、不自由を捨てるという感覚は確かにあったけれど。


 ラッパースタイルの服装はあまりにも新鮮に感じた。僕はついに着脱式の自由を得たのだと思うと、強くなった気までした。


 同時に、今まで着てこれなかった人生を振り返ることは、酷く惨めで不自由だったことに気付かされる。それはアンディも同じだった。


「ボクはずっと、このデカい身体を小さく見せることばかり考えてた。ただでさえ、黒い肌で目立つ存在だったからね」


「うん――」小学校時代のアンディは、目立たないように自分に自分で枷をはめているような少年だった。


 人から向けられる嫌悪ヘイトを少しでも外に向けること。自分以外の誰かに興味を向かせることばかり考えていた。


「はじめてサッカーのユニフォームを着たときは、嬉しくてたまらなかったヨ」


「思い出した。僕もだよ」


「それと同じだヨ。野口が先輩から貰ってくれたユニフォームを着たとき、自分でも知らない可能性を、広げてくれる気がしたんだ」


「アンディにとってラッパースタイルは、サッカーのユニフォームと同じなんだね」


「ふふっ、ボクが言いたいのはさ――相手にどう映るかはこっちで決めることがデキるってことだヨ。攻撃すべき相手か、戦わずに逃げるべき相手か、その決断は頭で決めているよりもっと深い部分で、既に決められてると思う」


「すごいや、やっぱり僕が見こんだ右サイドバックのアンディだ」


 あらためて外から足を踏み入れると、初めには気づかなかった枯れ草の匂いと、奇妙な獣臭さを感じた。


 レンガ造りの壁と足元のあいだに朝の小さな光が射している。そこを人影が走り抜けるのが見えた。


「!!」


 白い布を巻いたような服を着た美しい人々だ。ヨークの住人たちは僕とアンディを見て半透明の四角いボードをかざしていた。ピッ、ピッと音をたてながら距離を詰めようとはしない。僕は手を伸ばして叫んだ。


「あ、あなたたちは逃げなくて平気ですか。ここに有肢菌類たちが攻めてきていますよね。吊るされた人たちは、反抗した人ですか?」


「……ピッ……ピッ」


 こちらからの質問に返答はなく、距離を詰めようとすれば走ってドーム型の家屋へと逃げていってしまう。


 逃げ足はとても速い。まあ、普段から馬車も何もないこの街の住人のフットワークはとてもよいのだ。


「待って、敵意はないんです!」


「……ピッ……ピッ」


 道端から、煉瓦造りの窓から、通りの向こうから、四人か五人ごとに僕を何かに写しているみたいだ。


「なんなんだ、僕らを馬鹿にしてるのかな」


 アンディの顔が歪んでいる。誰も僕らと関わろうとしないとなると張り詰めていた緊張が解かれ、無防備な十代の表情になる。


「スマホみたいに画像を撮って、ボクたちの情報を仲間に流してるんだ」


「拡散してるみたいだね」僕はアンディの視線が揺らいだのを見て「なんだよ、僕だってそれくらいは知ってるよ。スマホは持ってないけどさ」といって微笑んだ。


「くっそっ、何でこんなにムカつくんだろう!」


「どうしたのアンディ、落ち着いて」


「分かってる。ムカつくのはボクが、ボク自身がずっと見てみぬフリをしてきたからだヨ。細川くんが家庭内暴力にあって痣をつくっていた頃も、野口が無視されたり虐めにあっていた頃も、ボクはずっと見てみぬフリをしてきた」


「ち、違うよ、アンディはちゃんと見てた。見てくれてた」


「だって、こ、ここの住民を見て……あ、あれがどんなに酷いことかよく分かるよ。そうやって部外者ズラしてれば楽だよ。スマホをかざしてるだけで、話しかけられても無視をするんだ。まるで……まるで、ボクだ」


「違う。覚えてるだろ、あの日、ちゃんと細川くんのお父さんにも会ったし、僕を助けにここまで来てくれたじゃないか」


 褐色の顔を横に振っていう。「ボクは冷静だヨ。ただ、許せないんだ。ああやって人間を吊るしてるのは、〈見てみぬフリをする人間〉はお呼びじゃないってことだよ。アレを無視できない人間を呼び寄せてるんだ」


「あれは、おびき寄せる為なのか!?」


「ああ、だから余計に腹がたつ。ボクはもう、目を背けたりしない」


 頭一つほど背の高い男が、住人を掻き分けながら真っ直ぐに僕へと向かってくる。この聖地にそぐわない紺色のスーツが、砂埃をあげて歩いてくる。


 向き直った男の顔はシワクチャで潰れたような、ネズミかコウモリみたいな顔付きだった。ゆっくりと伸ばした手で銃口を向けると、まるで躊躇なく発砲しながら向かってきた。


 二発――三発――四発。


 弾丸は全てアンディの黒い斧のような両手が弾いていた。操られたかのように同じ場所に全弾が撃ち尽くされると、ブローバックしたままの空の銃を放り投げ、目を見開いた。


「キシャアアアアアアアアアアア!!」


 汚い口に茶色い牙をむき出しにして、男はそのままアンディに向かって駆け出した。男が吸血蝙蝠の化け物に変化すると確信した瞬間、僕は両手から三日月弾ネイルショットを一発づつ、男の細く光った瞳孔に撃ち込んだ。


 左右の目が潰されても、蝙蝠男はまっすぐにアンディに掴みかかろうと足をとめようとはしなかった。


「かっ、かっ、怪人だ」


「うん。そのまま引き付けて、アンディ。じっとしてるんだよ」


 鉤爪をたてて両手を振り回し迫ってくる。僕は、くるりと半身を返しながら半月刀アラクを使って蝙蝠男の首を落とした。


「う、うわあああっ」アンディは泣きながら叫んでいた。「ハア、ハア、ハア、ハア……」


「アンディ、大丈夫かい?」


「ハア、ハア、ハア」


 どさりと首を失った男の身体が地面に倒れ伏した。くるくると血を撒き散らしながら頭部はアンディの足元に転がっていた。


「んっ、ぐふっ。だ、大丈夫だヨ」


 ディフェンスをやるようになって、アンディがはじめて意識するようになった能力。それは嫌悪感ヘイトを操る能力だった。対峙した相手に威圧感プレッシャーを与え、挑発するだけではない。


 いつだってボールはアンディのほうへ集まっていった。あの蝙蝠男コウモリも、真っ直ぐにアンディに向かって行った。


 銃弾は一箇所のみを狙っていた。弾のきれたことも構わず、アンディを襲いにいった。そうせざるを得なかったのだ。


 あの蝙蝠コウモリ男にはアンディがとてつもない化け物に見えていた。だから真っ先に殺るべき相手だと感じたんだ。


「脅威を感じる相手は無視できない」僕らは腰を低く構えて目をあわせた。


「ああ、これは細川くんの父親にあった日からボクが意識した能力だヨ。攻撃には向いてないけどね」


「大丈夫。アンディが防御に徹してくれたら、奴らは僕が片付ける!」


 狭い路地の反対側から、今度は二人の蝙蝠男が向かってくる。見開かれた瞳孔は蛇のようにギラギラとしていた。


「――ふふっ、まるであの日みたいだ。ボクが後ろで顎をあげて、生徒手帳を警察手帳みたいにふった日。懐かしいな」


「うん、懐かしいね」


 大男のアンディを誰より素直で純粋だと感じた。どう見られかるかは自分で決められる。


 わだかまりも、こだわりも持たず、肉体と精神を染めかえる特異な能力だった。小さく見せることばかり考えていた少年は、あの日はじめて自分を強く、大きく見せることを学んだ。


妨害インターセプト


「ウオオオオッ!」


 アンディの威嚇に顔を向ける男たち。その足を払うのは容易かった。ぐらつきながら耐えた蝙蝠男は、アンディの拳を顔面で受けた。


「!!」


 そいつは蝙蝠の顔に、鱗の身体を持っていた。黒い嘴状になったアンディの右手をしっかりと掴んでいた。


「と、止めやがッたヨ」


「ふんっ、見かけ倒しだな」


「は、話せるのか!?」僕は賢者の犬は単なる従属種で自我は無いと思っていた。何かがおかしいことは僕にも分かった。


「バリッ……バリッ……ムシャ…ムシャ」もう一匹の蝙蝠男は、先に首を跳ばされた男に食らいついていた。


「ひっ、と、共食いかヨ、なんで」暫しの沈黙。「洗脳されているんだろ、あんたたち。ボクらは賢者以外と戦うつもりはないんだヨ、分からないのか!」


 蝙蝠男は笑っているように見えた。「くははは。生物兵器や実験体と融合するとな、まあ単純に強くなるんだ。操っているのは、もはや賢者ではない、我ら自身だ」


「賢者の命令じゃないのか?」


「いいや」蝙蝠男は血を滴らせて、僕らを見た。「海洋生命体の真の目的は、この疑似アストラル界と、人間の世界を引っくり返すこと。混血融合体ハイブリッドになれば立場も変わるさ」


「ピッ……ピッ……ピッ」


 反響定位。あの音で、いつのまにか街中に蝙蝠男たちが溢れていた。高周波は胞子ネットワークでも海洋生命体の信号でもなかった。


「あの黒人カラードを殺せ!」固そうな鱗の鎧を纏った蝙蝠男は、何人もいた。牙の隙間から唸り声が漏れている。


「ボクらも喰う気かヨ!?」


「いいや、殺すさ。怒りしかわかないな。その黒い肌、無駄にデカい身体、生意気な口調、強者を装おう卑怯者め、反吐がでるぞ」


「……」


 その蝙蝠男たちの嫌悪感ヘイトはすべてアンディに向けられていた。街中からぞろぞろと集まる怪人は、アンディを狂ったように見つめていた。


 誰より優しいアンディを――。





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