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宿敵

   ◆マット・イーター◆


 人間の脳は四十パーセントしか使われていない。十分にとはいえないが詰めればスペースはあったはずだ。


 だが運転中に助手席から、ああだこうだ言われるのは、大抵はうんざりする。そんな場所にいれば、いくら大好きな野口からだろうと主導権を奪いたくなる。


 海洋生命体はそんな連中ばかりだ。ある事例では、結婚し結ばれた夫婦が永遠の愛を誓い、同じキューブに同居した。立体映像ホログラムで写されるのは旦那だけ。


 奥さんは、三日と持たず不満を爆発させた。やれ他の女に媚を売っただの、やれマナーや常識がなってないだの喚き散らした。


 汚れたこの場から出してくれ、助けてくれと騒ぎたてた。永遠の愛が聞いて呆れる。それは凄い剣幕でくるもんだから、旦那も幻滅したのだろう。


 肉体なんか無いのに、立体映像ホログラムの奪いあいが勃発した。結果、一枚上手だった奥さんが旦那の記憶データを消去しちまった。


 ぞっとするね。そりゃ立派な殺人だと言いたいが、海洋生命体の法では裁かれない。だから、お前は骨髄にメインフレイムを残し、野口に別れを告げた。


 自分が生き延びるためには、そうするしかなかった。間借りするはずのスペースには俺がいたし、絶対的な主導権を握っているのは人間のぐちだった。


「違うか、海洋生命体ジェニファ?」


『わざわざ私を引っ張りだして、くだらない説教をしたいのかしら、有肢菌類マット


「お前の目的が知りたいだけさ。まともな精神を持っていたら考えられない。それとも野口という人間を観察して一生を終えることが、あんたの希望だとでもいうつもりか」


『信じないでしょうけど、そうよ。限られた命に取り込まれて、部品として生きること。共に死を受け入れることが目的だわ。私はそれでいいと思ったのよ。彼の期待に応えたい。ずっと期待されなかったから。期待してくれるなら、部品だって構わない』


「……ご立派なことで。後部座席でさえないトランクに入って、俺に気を使ってくれたわけでもないようだな」


『あなたはどう? あなたこそ何が目的なの。最後になって主導権を握ろうなんて考えなら、許さないわよ』


「馬鹿なことを。俺こそ単なる設計士だ。とっくに自我も欲求も小間切れになって消滅しちまった。知らなかったのか?」


『やっぱり、あなた……オート・マタに』


「ああ、感情は失ってる。あるのは知識と教養だけだ。あらゆる設計図と配合記録、野口の友になる資格も、友のふりをする資格すらない」


『そのあなたが、私を呼びつけた理由は?』


「助けてやって欲しいんだ。なんなら俺の席を譲っても構わない。見てくれ、野口の仲間がわざわざこの世界に来てるんだ」


『ええ、知ってるわ。あの黒人は、相手を威嚇したり、ヘイトを操る能力かしら。実際にパワーがあるように見せてるだけで、たいした力はない。しかも菌類に拒否反応を見せてるわね。すでに頭髪がなくなってるわ』


「そうだ、こっちの奴も見ろ。細川大也は、すでに息をきらしてるだろ」


『彼は……ただの人間だわ。使役する能力があると偽っているけど、まったく感染もしていないし、能力も皆無じゃない?』


「そうだ、無謀にもほどがある。こいつらは口だけのハッタリ野郎なんだ」


『なんてこと。この一条ヒロって子は、もっと酷いわ。内臓や器官はボロボロで、立って居るのも不思議なくらいよ』


「磁界の表面張力を操る能力、そんな繊細な諸刃の行為が代償なしで可能なはずがないだろう。そうだ、そうなんだ。コイツらはグズのパーティーなんだ。まるで欠陥しか見当たらない。それなのに野口は分かってないから、仲間に期待して、まだ戦う気でいる」


『期待……期待して……。ええ、ちょっと伝えるのは困難かもしれないわね。あ、あなた、私にどうしろって言うのよ。これは手がつけられない状況よ』


「この仲間は、一瞬で全滅するだろう。そうなったら、こいつはまた一人になる。俺は、俺にはそれが耐えられない」


『冗談でしょ?』


「冗談だったらどれだけ楽かな。手を貸してくれ。俺の責任だというなら、俺は消去されても構わないんだ」


『分かっていないわね。ちゃんと手はうっているわ……海洋生命体も生物兵器も彼を攻撃出来ない。こう見えてエンジニアだったのよ』


「エンジニア?」


『私は保護者制限機能ペアレンタル・ガイダンスの開発に携わっていたわ。その機能を改良してあるのよ』


「親が子供向け玩具に付ける機能じゃないか、俺を馬鹿にしてるのか?」


『貴方は信じないでしょうけど、子供向けだからってシステムは最新なのよ。私はこの時が止まるまで彼のすべてを信じている』


「興味深いな。安全装置としちゃ最優先される、基盤は申し分ないというわけか。だから、こいつらは生物兵器と出くわさないのか!?」


『ええ、それと……ちゃんと彼の心の声は、私に響いているわ。脳内に居なくても感じることが出来るのよ』


 優しく、麗しく、愛おしく、この時が終わるまで受け止め、抱きしめている。いつまでも傍にいる、死が別れを告げても。


「ずいぶんと一方的な話だが、いつからそんな能力が芽生えたんだ。それは、まるで人間のいう〈思いやり〉じゃないのか」


『ふふ、それを貴方がいうのは可笑しいわ。マット・イーター、貴方だから分かるのよ。お互いさまのようね』


「ハッ、ハッハハハハ。そうだ、可笑しいさ。俺たちは海洋生命体と有肢菌類だぞ。何百、何千年と争い続け、敵対してきた種族が、こんな場所で、こんなにも気があうとは」


『ふふ、ふふふ。確かにそうね』


「……」


『どうやら、彼らの敵対者は海洋生命体だけでは無さそうだわ、マット。私たちは共に彼らを手伝わなきゃならない』


「ああ、あれは、厄介だ」


『……』



     ◆野口鷹志◆


 湿気を含んだ谷風が吹き抜け、朝日を受けた塵が巻き上がっていく。彼ら四人は、這いずるほど、身を低くしながら聖地ヨークへと向かっていた。


 疑似アストラル界、異次元空間、薄膜の裏の世界、それは惑星の放射するエネルギーを効率的に利用することが出来る世界。


 つまり海洋生命体は自然エネルギーを使うことへの執着で生命の選別を余儀なくされた生物だといえる。


 この世界と彼らの住む世界は何ら変わらないが生存している種族は限られている。そして選別されなかった生命は駆逐されるか、食糧や労働力として扱われる。


 僕を見つけてくれたのは細川くんと七匹のカラスだった。海洋生命体キューブに取り込まれていた僕を見つけだした。


 報告、連絡、相談、情報や進言も、胞子ネットワークを使えば即座に伝わるのだ。翼を借りれば一足飛びに街に行くことも出来る。


 なんて便利なカラスなんだ。しかも可愛いし、強いし、細川くんはそんなヤラシい女子を七人も召し使いにして、チアリーダーみたいな娘さんと婚約しているのだ。


「大也さま? お身体の具合は」


「ウザいですね、貴方ネヴァン。この十八時間で同じ質問が五回目です。四回目で大丈夫といってから一時間もたっていません。状況が悪くなるような出来事がありましたか?」


「も、申し訳ありません」


 だが、並走しないのには理由がある。この近辺には〈賢者の犬〉や〈カラスの使い〉のような有肢菌類が迫っている可能性が高いからだ。


「胞子ネットワークも、翼での移動も危険です。我々の居場所を突き止められている可能性もありますし、慌てる必要もないでしょう」


 先頭を歩く細川くんの左右を、僕とアンディ、中央後方はヒロちゃん、まるで小学生時代のディフェンスラインだ。


「ゼイ……ゼイ……待ってくれ」少し後ろを歩くヒロちゃんは息を震わせていた。ここに来るまでに、異界の門を開いて体力が削られたみたいだった。


「そう何度も行き来は出来ないんだ。磁界の門を利用出来るのは、あと一度か二度までだ。俺はカマキリに感染してない」


「大丈夫だよ、ヒロちゃん」僕は辛そうな彼に蜘蛛の糸を繋いでやった。少しは楽に走れるはずだ。


「ヨークの街には方舟っていう乗り物があるから、まずはそこを目指そう。羽鳥さんとイトりんは、そこに居るはずだ」


 僕らはヒロちゃんの走るペースを合わせた。改造された僕と、カラスの使いにされたアンディ、細川くんとヒロちゃんは違う。


「バテましたか?」


「いや、死骸がある」

 

 上空のネヴァンを見上げる細川くん。北東二キロの位置には、確かに人の死骸があった。ヒロちゃんは上空のカラスより先に死骸を見つけた。わずか数分で、それは確認できた。


「うっ……に、人間じゃないかヨ!」


 小さい刺し傷が何百、何千とあった。まるで殺戮を楽しんでいるような、ミンチにして料理でもするつもりなのか。


「う、うげえっ!」


 アンディは背を向けて岩場に吐いていた。死体はまだあった。大きな角で串刺しにされて振り回された痕跡だろうか。


「なんの為に、こんな酷いこと。あの街の住人をさらってきて食い散らかしてるのかヨ!」


「一番デカいくせに、ギャアギャア喚くのはよすんです。貴方の繊細で優しい性質は嫌いではありませんが、冷静になってください」


「何で冷静で居られるんだヨ!」


「まあ、待て……ハア……ハア、岩場を見てくれ。野口の眼なら見えるよな。どんな死骸がある?」


 僕は数キロ離れた岩場と並んだ椛の木々をじっと見た。更にその先にはヨークの街にある城壁が見えた。


「!!」


「……どうした?」


 そこには裸にされたヨークの子供や、女性が吊るされていた。僕はこれと同じものを見たことがある。


「風に揺られて、壁を叩いてる。中に、中に入れてくれって泣いてるみたいだ。あんなことをする奴は、賢者やつしかいない」


「もう、来てるのかヨ!」


「あの街の住人は、海洋生命体に家畜のように支配されていました。その支配者がいま〈賢者〉に変わっただけです。ですが、許せませんね。決して許せません」


 細川くんは奥歯を噛んで、怒っていた。あんな父親に殴られても、世界に悪人なんていないと信じていた彼が。


「うん、賢者は……僕が殺すよ」





 


 

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