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誰も信じてない

 数時間前――。


 黒い雲に、稲妻が光っていた。濡れたような黒い岸壁は薄く光を反射していて灰色の大小あるキューブはピクリとも動かなかった。


 丘の下から吹き上がる風を受けながら、伊藤麟太郎は膝を抱えて途方に暮れ、谷を見下ろしていた。


「よう、我が友よ。あまり驚いてないってのは、俺たちに気付いていたのか。相変わらず湿気た面してるじゃないか」


「お前らとは知らなかった。どうやって、ここまで来れたんだ?」


 背後に立っていたのは教名高校の制服を着た三人組だった。高校サッカー界では有名な浅黒い顔つきは、草薙篤人だ。


 がっしりした体躯の誰もが認める優等生、生徒会長の前田はじっと腕組みをしたまま灰色のピラミッドを眺めている。長髪でだんまりの小柄な男は、筆記では成績トップの中島。ヤンキーのように腰をかがめて同じく谷を見ている。


「有肢菌類と賢者の能力を拝借すりゃ、次元を越えるのは大した事でもないんだぜ」


 濡れたような髪を撫で話し始めた草薙は、脇にあるゴツゴツした岩に腰をおろした。


「ふんっ……賢者の犬だもんな」


「ああ、確かに〈賢者〉から学ぶことは沢山あったよ。でも、俺たちには圧縮プレス誘導ゾーン突破ドリブルっつー、独自の能力があるんだ。だから、自分の道は自分で決めるのさ」


 試合を動かすのはミッドフィルダーの役目。昔から、それがこいつらの口癖だった。周りのプレイヤーは駒だとでもいうように。事態を把握しながら、人間を家畜同様に扱うような人種が、自分の仲間だったと思うと、こみあがる憤怒を抑えることは容易ではなかった。


「敬愛してる賢者さまに言ってやれよ。英雄気取りの優等生くん」


「ふふ、お前がまだ算数やってるときに、俺は魔女を棍棒で殴り倒したよ。前田が止めなきゃ、もっと酷いことになっていた」


「お前らに理性が残っているとでも?」


「この侵略の元凶は、有肢菌類と地下組織の死闘――いやむしろ海洋生命体と魔女団の諍いか、あるいは爬植石生物がユグドラシルの樹を利用して……お前に言っても仕方ないよな、ビビるだけで」


 三人は能力を重ねることでコピー機のような原理を産み出した。〈賢者の石〉の能力を付着させ、肉体に転写することだ。簡単にいえば、誘導熱と圧力を加えることで能力を馴染ませ、突破の能力で浸透定着させれば、劣化こそすれコピーが完成するという原理だった。


「ふ、ふざけんな。吊るされた死体が飾ってあるのを知ってるぞ。お前らのボスが人類を影から支配して大量絶滅を目論んでることも、洗脳なんて汚いやりかたで、人間をもてあそんでるのも。お前らは、そんな連中を信じるのか?」


「プハハハハ、弱いやつは喰われるのが運命だろ。分かってないのはお前のほうだぞ、伊藤。金子と高橋は地下組織メトロか、お前は魔女団カヴンに世話になってるみたいだが、俺たちと来い。俺たちは……お前をかってるんだ」


 攻撃の起点としてフォワードに属してはいたものの、自分は点取り屋ではなかった。ミッドフィルダーの彼らのほうが、ずっと自分の能力を買ってくれていたのは当時から感じていた。


「はっ、冗談じゃない。絶対に行かない」向きなおった伊藤は視線を逸らさずに、はっきりと言った。草薙は眉を寄せると肩を釣り上げて聞いた。


「まさか、羽鳥や魔女団カヴンに借りがあるからか。連中が洗脳を溶いてくれた恩人だからか。違うな、大事なのは自分の力と意志で生き残ることだ。お前は何かに属さなきゃ安心出来ないだけだろ。ビビリのビビりん」


「……っ!」


 目的意識なんて立派な考えは無かった。だが、やるべきことはハッキリしている。伊藤は視線を斜め下に移した。


「あそこに、野口がいる。お目当てのレッドカードも、海洋生命体キューブの中だ。俺は仲間を……野口を信じる。だから、ここにいる」


「違うんだなぁ。待ってても仕方ないだろ? 何も手には入らない」草薙は腰をあげると首を振った。


「最近になって洗脳が溶けたお前は、知らないんだ。最後にチームに入って、最後に洗脳が溶けたから仕方ないかもしれないが、結局は甘えてんだよ。魔女団も地下組織も有肢菌類も、海洋生命体だって関係ない。奴らに振り回されてどうする。いつまで代理戦争を請け負う意味があるんだ?」


「なら、賢者はなんだ。お前らの師匠かよ」


「――俺たちは、《《誰も信じてない》》」


 草薙の怒りに満ちた目に、言葉の重みを感じた。最後に洗脳が溶けた自分が、何も知らずに過ごしてきたというのは事実だった。三人は冷戦のあいだ、そこいらじゅうに湧いていた仮面を付けた連中を見てきたのだ。


 連中はいまだに、何千、何万もの数で存在している。幼い彼らは連中が何を企んでいるのか、何をしようとしているのか、遅かれ早かれ知ったのだ。洗脳が溶けてしまえば、世界の見え方は百八十度変わってしまう。


 魔女団や地下組織の作戦はことごとく失敗し、海洋生命体の進撃ははばみきれず、有肢菌類の王、賢者の住処ですら陥落したのだ。何度となく立場は代わり、今はゴミクズのように潜伏せざるを得なくなった。


 うまく立ち回らなければ、校舎でいきなり撃ち殺されるか、でなければカジノのシャンデリアと共に生きたまま吊るされるかだった。


 誰も自分たちが勇敢だなどとは思ってもいない。肉体を改造され、精神を汚染され、何故すんなり殺してくれないのか問うのだ。そんな状況にいたら、誰だってそう思うのではないか。


 生き残るために情報を集め、欺き、プライドを捨て、賢者のような化け物までも利用して生きてきたのだ。そんな彼らに一体、何を信じろといえるだろうか。誰も信じていないんじゃない、誰も信じることが出来ないのだ。


「俺は、自分が正しい人間だなんて言うつもりはない」伊藤は座ったまま応えた。「でも、賢者のことを知るうちに、悪魔ってやつは本当に実在するんだって感じるよ。やつは、ぶち殺す。そいつだけは、何があっても譲れない」


「同じようなもんだろ、どの組織もくだらない覇権争いに身を殉じてる。人間を何人か殺すくらい屁とも思っちゃいない。どうせ殺るんだったら、俺たちの選ぶやり方でいこうぜ。本気で野口を助けたいなら、誰に付くか分かるよな?」


「お、お前らだとは思えない」


「ここに居たって状況は変わんないぜ。中央都市リーンに向かおう」


 七つのハブに、七つの都市。疑似アストラル界の中心部には、空間を操る宝珠があるという。次元移動を可能にする秘宝が賢者の石であるなら、空間移動を可能にする秘宝は〈エリクサー〉と呼ばれている。


「野口を――」


「ああ、自分で考えるってことを学べよ。もちろんコピーはしてやるさ、可能性はあるだろうな」


「お前らは信用できない。俺は人殺しなんて絶対に許さない。宝珠を手に入れるのだって自分たちの為なんだろ?」


「何を甘ったるいこと言ってんだ。ゲームに勝つためには何だって利用するんだよ。信用なんかしなくていい。情けも要らない、手加減もしない、友情も要らない、俺たちが欲しいのは勝利と栄光だ。さあ、来んのか決めろ」


 三人の過去を想像して背筋が冷たくなると同時に、悲しい気持ちがした。どんな物を見てきたら、こんなにも人は変わるのか。残虐で無慈悲に変貌した仲間を、また信じることができるのだろうか。


「――い、行くよ」


 伊藤麟太郎が返した答えはそれだけだった。尻を叩きながら重い腰を上げると、吹きすさぶ風を受けながら三人のあとを歩きだした。皮肉にも、それはディフェンダーである仲間たちがこの地を訪れる数時間前だった。







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