センター・フォワード
「うおおおおっ!」
真っ向勝負、そう見せかけてからのヒットアンドアウェイか。アッシュの大木のような太い足は空をきった。
脇腹に一発いれおった。山道に出たように見えたが、斜面を使って真上からだ。逃げる気はまったくない。あの手この手を使って、たった一発を当てにくる。
「ほっほっほ」アッシュは笑っていた。木々を薙ぎ倒して、真っ直ぐに向かっていく。軽いのばかりじゃが、何発もらっただろうか。
まだ三発か……四発。まだじゃな、まだはっきりせんのか。まだ出しきっておらんのか。しっかりヤキを入れてやらんとな。
「……!」
とっさに右にとび飛来物をかわす。石壁の周囲に細かい亀裂が走り枝のように広がっていく。小石を撃ってきたようだ。
ボレーシュート、チャンスとみたらミドルシュートも使う。少しは自分のスタイルが分かってきたようじゃないか。
一撃必殺の大技を繰り出すヒーローは確かにいるし、カッコいいわな。そりゃあ、誰もが憧れ期待するエースの役目じゃろう。儂だってそう期待された。
だが現実はそうはいかん。試行錯誤、閃き、そして失敗、何度も挫折を繰り返し、それでも一からやり直すことが出来る精神力。
そいつが最も難しい。勝負事にマニュアルはない。負ければ全てが無にかえる戦いで、一度でも心が折れれば持ち直すことは不可能だ。
※
足を引きずって家に帰るまで、自分が何をしでかしたのか分からなかった。親にも沈黙をきめ続け、事態を悪化させただけじゃないかと、何度も何度も考えた。
自分の置かれた地獄のような立場を、ほんの数日前に気があっただけの野口に押し付けただけじゃないのか。あいつは生涯の友でも、生き別れの兄弟でも何でも無い。
そんな人間は、俺には一生できない。サッカーが好きなんだ、将来の夢が同じなんだ、ファンタはオレンジが好きだ、じゃあ俺たちって親友だね。そう単純にはいかない。何だってあんな勘違いをしたのか自分でも分からなかった。
夢とか目標とか、頑張りたいなんて感情に流されただけ。現実はどうだ、自分のしてきたことの尻拭いを野口に押し付けようとしてるだけじゃないのか。
だが一週間後、不思議なことが起きていた。
『ちゃんとアップしろ、お前らまじでストレッチから教えなきゃならねぇのか?』
ランドセルを地べたに置いたまま、俺の目はグラウンドに釘付けになった。途中で野口と三人の仲間がいて、大葉さんや嶋田さんがストレッチの仕方を教えていた。
地面に目をおとすと、草や石がきれいに取られていてグラウンドはキラキラ輝いてるように見えた。俺の居場所、俺の好きな場所が喜んでるみたいに。でも、なぜ、どうなっているのか、理解が出来なかった。
『おい、お前は自分が何をしたか分かってないんだな、金子』――
中学生のひとり、心臓の悪い飯塚さんは壁を背にして地べたに座り込んでいた。野口や山城は毎日放課後に、ここへ来て草かりや小石を拾ってグラウンドを整備していたそうだ。
それを見せつけられて、大葉さんたちは話し合った。初めは、大葉さんもガキを手なづけて小遣いでも稼ごうか、と思ったそうだ。
嶋田さんは、コーチ代を集める算段までしていたらしい。だが……どうも調子がおかしくなっていた。
噂が流れていたのだ。挫折を知った中学生は、地元の子供たちにボランティアでサッカーを教えるらしいと。
たったの一週間。チーム作りはもっとも建設的な義務に参加する栄誉と誇りの象徴みたいになっていた。
今になって考えれば、大葉さんや嶋田さんに痛い目にあわされた連中が、仕返しに流した噂かもしれない。
『その人たち、わざと不良になって虐められっこを助けてるらしいぜ。本当は筋の通った不良なんだってさ』
『デキの悪い不良が、少年サッカーチームを再建しようとしてるって聞いたわ』
『もとプロユースの子が、カツアゲ? だから、それはわざとなんだって。なんでかは知らないけど、悪い子に知らしめるためでしょ』
『でもコーチしてくれる子が、怪我はさせませんって説得力あるわね。そういう少年サッカークラブなら需要あるんじゃないかしら』
『競技スポーツなんだから、多少は乱暴な言葉づかいにはなるでしょうね。そうやって上下関係やチームワークは生まれるんです。学校側も、もちろん応援しますよ』
『今の子供たちは家に引きこもってゲームばっかりでしょ。地域に少年サッカーチームとかが無くなったからよ。怪我するから辞めなさいって、みんな潰しちゃったんですって』
『怪我した子たちが一緒にサッカー教えてくれるって、何かいいよね。だれが反対するっていうのよ、出来ないじゃない?』
あまりに都合が良すぎる噂だと思った。全部が全部、嘘で塗り固められたでっち上げだった。真に受ける人間がどこにいるんだ。
野口か……あいつだけは、あいつだけは何があっても信じていた。だから必死にメンバーを集めるその姿は、生徒から学級委員へ、教師から親たちへ、公民館から市議会へと広がっていったのだ。
「な、なんてこった」
『話し合ったよ、真剣に』嶋田さんは言った。『あいつは、お前を信じた。だから俺たちは、それに乗っかってやることにした』
「ええっ!?」
『話し合ったんだよ。初めてな』
「な、何を……ですか」
『見りゃわかんだろ』
頬に青アザ、拳にも怪我をしているようだ。話し合いっていうのは、内輪の殴りあいのことだったのか。
「まさか、本当にボラをやるんですか?」
『ああ』飯塚さんは嬉しそうに、痣を残した頬をつりあげた。
『もちろん、いまさら善人面して、いい気分になろうなんて思わねえ。俺たちはお前とも、話し合いをする』
「……な、殴るんですか」
『お前は倒れなかった。どうみたってお前の勝ちだろ、殴られるのは俺たち三人。お前が拒否して、俺たちはただの人間のクズみたいな不良だっていうなら、それでもいい。俺たちはすっきりさせたいんだ。分かるか?』
その夜、グラウンドに残った俺は先輩を殴った。それでこの話し合いは終わった。
大葉さんはユースからボールや使わなくなったユニフォームや備品をもらい受け、飯塚さんはグランドの正式な使用許可をとった。
嶋田さんはOBに声をかけたり、父兄向けに練習スケジュールを書いたビラを作った。俺たちは野口を中心に、メンバー集めをした。
三人はゲーセンや万引きしたスーパーにもお詫びに行った。そこで、カツアゲしている中学生を見付けたらしい。
『やめとけよ。どこの中学だ?』
『……な、なんだてめぇら』
『カツアゲしてたよな。表にでろ』
そんなことが重なって、いつの間にか俺の居場所、いや俺たちの居場所の景色は変わっていった。あのグラウンドに集まる仲間が増えていった。
助けられた子供たちの中には、あの優等生の前田もいたのだから笑ってしまう。
『あ、ありがとうございます。ぼ、僕はサッカーの経験無いんですけど、まだチームに入れて貰えますか?』
『……ぷっ、あはははは。大歓迎だよ』
メンバーはひとり、ふたりと増えていった。同じ学年で十一人の仲間が揃ったときは、県大会の一ヶ月前だった。
誰も予想はしていなかったが、俺たちは勝ち進んだ。あんな中学生と練習試合を重ねていたのだから勝って当然だ。
親父も母ちゃんも応援してくれたのを覚えている。第三試合、第四試合、そして地区予選決勝へと何もかも順調に見えた。
決勝戦の後半……俺たちに何かが起きた。いつまでも走り続け、ボールに食らいついていった俺は、足を止めた。
「……聞こえない」
『……!』
「………聞こえないよ」
大葉さんや嶋田さんは叫んでいた。泣き喚いて、グランドに飛び込もうとしていた。飯塚さんが羽交い締めにして止めてるのが見える。
誰かの叫び声。罵声に、ブーイング。相手チームは逆に歓喜の声があがっていたみたいだ。試合なんてものじゃなかった。
誰も走っていないグラウンドは、地獄みたいな場所だった。また俺はうつむいた。両足がゆっくりと沈んでいくみたいだった。
それからは記憶と言葉を失い、あろうことか野口をイビり、チームは散り散りになっていく。あれから、大葉さんや飯塚さんがどうなったのか気になっていた。
あれが有肢菌類による精神攻撃、洗脳だと分かったいま、俺は……俺たちは、また走りだすことが出来るのだろうか。
※
金子伸之は安全な距離を取りつつ、背後から攻撃を与え続ける。手元から小石を弾き、蹴りとばす作戦のようだ。
石壁は抉られ崩れ落ちていた。三試合、四試合と重ねた勝利が影響しているのかもしれない。ミドルレンジからの投石は確実に威力を増していた。
「……」
やはり限定的な能力だ。対象に攻撃を当てることが発動の条件、だが当たりさえすればダメージは二倍、四倍、八倍と跳ね上がっていく。放出とはいっても一撃の破壊力が強いかどうかは問題ではない。
「ほっほっほ。おのれの地場開放で威力を押し上げ、地力をステージアップする能力か。ただでは終わらないタイプじゃとは思ったわい」
二発や三発もらっても何のダメージもないが、それが続けば事態は急変する。タイマンをはるなら、最も嫌な相手。気を抜けばまるで立場の入れ替わる神経を削る存在。後戻りはしないトップを走るセンター・フォワードの能力だった。
「!!」
「なんじゃと」
その時、本丸から爆発音が聞こえ、見合った二人は動きを止めた。野戦司教たちがいるはずの教会から火の手があがっていた。




