不良少年(1)
腕っぷしには自信があった。生まれつき筋肉質だし、体型にも恵まれていたせいで喧嘩で負けた覚えがない。
教銘高校で気合の入った不良といえば、この俺だと言われるくらいの知名度もあった。バカとビビりという弱点はあったが、長身の高橋、相手の先制攻撃を必ずかわす伊藤という相棒もいたのだ。
既に中学の頃には街中の不良が道を開けた。高校にもなればチンピラやヤクザまがいの連中でも、俺に歯向かいはしなかった。
「おはよう、金子くん。初日から遅刻とはいいご身分だね」
「……」
会議を中断して修道服をきた白髪の教官が挨拶してくるが、俺は無視する。学校だったら、それ以上何も言われずに授業は再開し、誰とも関わらずに日々が過ぎていっただろう。
喧嘩っ早い金髪の不良、自由気ままなヤンキー、新都心の狂犬と知られているから。だが目前の司教や御婦人は挨拶を繰り返した。
「おはよう。金子くん」
「……」
「おはよう。金子さん」
「……」
「おはよう。金子くん」
「ああ、おはよう」
諦めた俺は両肩を吊り上げて返事をした。教官は沈黙がおとずれる度に白髪が生えてきそうな疲れた顔をしている。
斜向いにいた中年が口を開いた。「こいつは言葉を喋る勇気もないのかな。同じ十七歳の羽鳥のほうがよっぽど度胸がすわってると思ったら、僕なら男として恥ずかしいと思うがね。今回の情報提供者である青年が単独で行動したのも、君のせいじゃないのか?」
「………」
都心から離れた県外の教会。山道の木々を抜けると十字架の付いた廃屋が何件か並んで建っており、講堂と会議に使われる古城の風格をもつ豪邸が現れる。その一室には野戦司教や魔女団の老婆が数人、座っていた。
あのカジノ強襲から数日たっている。田中の爺さんと高橋の姿はない。家には帰れず、こういった教会や廃屋を転々として暮らしている。
二人は既に新たな実行任務に向かっている。教会に残された俺は、今後の作戦には参加させてもらえないらしい。
そもそもどの部隊に所属するのかすら決まっていない。教官は冷然と落ち着いているように見えたが、横に座っている連中は違った。
「君が昔の仲間に手加減したのも知ってる。高橋のつくったチャンスを棒に振って攻撃をためらった。賢者も、賢者の犬もみすみす逃しちまったってわけだ」
「……ああ」
「我々は国家や種族を超越した組織なんだ。人類が生き残るためのな。誰も経験などしたことのない冷戦がおきているんだ」
「情報が少なすぎて何を期待されてるのか分からねーよ。あいつらは、まだ手の内を隠してた。だからこっちも――」
「分からないも何も、真実を知るものは破滅していく。情報は限られる」
あの時、たしかに俺はハッシーからパスを受け取った。だが、前田や草薙に向けて放出したのはその前に貰っていた弾丸のほうだった。
つまりあのシーンで俺が攻撃を全力、全開放していれば戦況は変わり、ビル爆破による死傷者を出さないで済んだといいたいのだ。
「カジノに先じたのは俺たちで、あんたらじゃない」
「言い訳をするな。結局、君のような自己中な不良は、人の言葉に耳をかさないんだ。いきがって足手まといになるのは目にみえてる」
「――ああ、状況が同じようなら、同じことを繰り返すだろうな」
「それと、外出は禁止していたはずだよな。どこに行っていたかも知っている。今更、不良仲間とあっていたな。害虫みたいな連中と遊んでいたいなら、戻ってくる必要はない」
「いいとこ無しじゃね」黒い服の老婆は俺の顔を見て、ため息をついた。「もう一人の方は弾除けになるから欲しがる部隊もあるけど、この子は駄目ね。ルールを守れないやつはいらないわ」
「じゃあ、行くよ」
「待て。まだ話は終わっていない」
俺は黙って席を立った。想定内だ。こうなると思ってた。新しい家庭教師がくるだびに親父と母ちゃんが話していたことを思い出す。
『こいつは馬鹿だと思って接してください』
『少しやんちゃなところがあって、私たちも手を焼いているんです。体を動かすのは得意なんですけどね』
『友だちとね、サッカーやりたいなんて自分の意志じゃないんですよ。周りに影響されやすいっていうか、自分がないんです』
『暴力に、かつあげか。それだけの犯罪をして謝罪も出来ないのか。人間性を疑うよ』
「ああ、勝手に出ていけ。お前さんに価値はない。吸収したエネルギー体を投げ返すだけなら誰でも出来る」
期待に応えることは出来ない。学校でも期待された学力はなかった。いつも家庭教師には学校で説明してもらった説明の説明をしてもらわないとならなかった。
いや、家庭教師ってのが曲者だった。俺を洗脳しようと隙を伺っていた……なんて言い訳が通用するわけもないよな。
親父も母ちゃんも、俺の顔を見れば『望みを持たないのが唯一の望み』と嘆いていたが、ヤンキーなったのは全部自分のせいだ。
この教会は廊下や大小の居間を通り抜けるうちに一巡できる作りになっている。観葉植物の並んだ石塀を過ぎ庭園まで出ると、咳払いが聞こえた。ライダースジャケットを着た大男、芦田さんが立っていた。
「随分と言われたようじゃが、傷付いたかい?」
「いや、自分でも不思議なんだけど、まったく。もし傷付いたとしたら、あんたやタナーさんの方だろ?」
「まあのぉ。少し、似ておるからかの」
「喜ぶべきかな? あんまり嬉しくないけど。ああ、これ指先が冷えるっていってたから」
俺はリュックから、羊皮のグローブを取り出して芦田さんに手渡した。実のところ不良仲間とは別れの挨拶をして、餞別を貰う程度のことは出来た。
「ほっほっほ、こういうサプライズのプレゼントは大好きじゃ。それで外出しとったのか?」
アッシュさんは親しげな表情で俺を見た。老人がにやりと笑うと歯茎の歯が少なくとも四本以上抜けているのが見えた。
「遅れるつもりは無かったんだけど、まあそういうことかな」
タナーとアッシュ。最強の混血融合体といわれる異母兄弟。有肢菌類や爬食石生物に最も恐れられた男というのが彼、このアッシュさんだと聞いた。
「ほっほっほ、ルールは無視する。掟も無視、戦争も政治も無視。光の面もあれば闇もある。お前さんみたいな若者は……まあ、ええわい。死ぬ気でかかってきなさい」
「はあ!?」
負けたことはない。いや、忘れていただけかもしれない。小学生のころ中学生相手に喧嘩をしたことがあった。
原因は何だったかな……よく思い出せないが、一緒にいたのは野口だったはずだ。
「かかってこなけりゃ、儂からいくぞい」
「おいおい、厄介者は消すっていうのか!?」
あの目。老人とは思えない鋭い眼光は、それ自体が魔力を帯びたように絡み付いた。胃がきりきりと痛むほどの緊張がはしった。
「!!」
何が起きたのか理解できないうちに体が弾け飛び、壁に向かって体をぶつけていた。悲痛な呻り声と同時に、石壁を伝ってアッシュが向かってくる音がビリビリと響いた。
猛獣のようなタックルは離脱することも出来ない。とっさに体を縮め、アッシュの股下をくぐり抜けた。
離れたと思った瞬間、背後から回し蹴りが入り、体は地面に叩きつけられバウンドして宙に浮いた。
「かはっ!」
バネや瞬発力もケタ違い、追撃は止まない。死角から溜めた拳がみぞおちに突き抜ける。かと思うと反対からは巨大な裏拳が振り抜かれる。
まるで格闘ゲームで、コンボの餌食になっているようだった。膝を付いた俺にアッシュの大きな拳が迫ってくる。
「!!」
吹き飛ばされる。生まれて初めて震え、怯えていた――受け流すだけでもダメージは計り知れない。
守りに入るのは危険すぎた。俺は泥だらけになりながらも、倒れながらもアッシュに向かっていくことを選んだ。
危機を察した芦田の爺さんは呼吸を止め、はるか後方へ矢のようなスピードで跳んでいた。
「技術、戦術、パワー、すべて儂のほうが上じゃな」老人は肉の落ちた首をコキコキと鳴らし、ゆっくりと立ち上がった。
「……あ、ああ、何て強さだ」
「ほっほっほ、そりゃこっちのセリフじゃ。こんだけの連撃で、擦り傷程度のダメージとはの。見せてみい、さもなきゃ死ぬぞい」




