楽園での生活
第二部
「あはははは!」
「うふふふふ!」
海洋生命体の街ヨーク。中世のような町並、聖地と呼ばれる古い都市。古都として大きく広がっている緑のあふれる楽園。
街は活気に満ち溢れていた。料理の匂い、笑い声、美しい人々、温かい日差し、そして男女ともに露出の多い服装。
具体的にいうと一枚の布で大事な部分が隠れているだけでオヘソや太ももが丸見えの姿だった。全員が古代ギリシャの水着みたいな白い服を着ている。そして誰もが美男美女、スタイルも抜群だ。
「アハハ、アハハ!」
「うふふふふっ!」
この街には車やバイクのような乗り物はない。それどころか馬車や馬もいない。どうやって移動するかというと、こうやって笑いながら走るのだ。
「アハハ、アハハ!」
「ははっ……あははっ!」
理由を聞いたら、ミーファさんが教えてくれた。自動車や馬車は危険だから法律で禁止されたそうだ。確かに僕らの世界では毎日のように交通事故があって、年間で何万人もの人が死んでいる。
優しい法律だとは思うけど、急いで移動したいときはどうするのだろうか。帰りたくなったら何時でも帰っていいと聞いていたけど。
「アハハハハハ」
「あははっ、あははっ、ぐふふふうっ!」
イトりんがゲスい笑いでミーファさんとサラさんを見ているが、服装が乱れて乳が見えたりすることは絶対にない。
あれは鱗布と呼ばれる便利な服で、実際には立体映像で映しだされているだけの洋服だ。イトりんはポケットの中に隠しているレッドカードに触れているらしい。
ホログラムを見えなくする装置、と同時に鱗布の効果を失った二人の美女は完全に一糸まとわぬ姿になる。イトりんだけに見えている産まれたままの姿。
「ぐぅふっ、げほっ、げほっ」
「まさか、また下らないことにカードを使ってるんじゃないわよね」
「……色々調べないとならないだけだって」
「軽蔑するわ」
ただ胸や腰の揺れに合わせてユラユラと風をうける姿は、さながら天使のように輝いてみえる。まったく、羽鳥さんもいるのにガン見するのはどうかと思うけど。
「アハハハハハッ」
「ぐぅうふふふっ」
あの二人だけじゃなく、この街にいる人々はとにかく開放的だ。暇潰しに何か手伝いたいといっても彼女たちは「外を駆け回って遊びましょう」というのだ。
さっきから街中でイチャイチャしている若者が目につく。仕事をしている以外は、だいたいの男女がくっついてベタベタしている。
「あははははっ」
「キャッキャッ」
一番驚いたのは、サラさんがイトりんに馴れ馴れしい手つきで触れてきたことだ。「退屈でしたら、一緒にベッドへ行きましょうよ。十七歳なら知ってますよね?」なんていうのだ。
僕はイトりんをグイと引っ張って、「それは絶対に駄目だ!」と言った。羽鳥さんの気持ちをちゃんと考えて欲しいと思った。するとミーファさんが間に入って、今度は僕の首に手を回した。
「アハ……アハハ……」
あの時の羽鳥さんの目は、本当に恐ろしかった。イトりんに嫉妬しているんだと思うけど、凍りつくような視線は僕も感じた。
ゴゴゴゴ……っと音がした気がする。
「私たちは好きな相手としか、そういう事をしないんです」羽鳥さんは言った。「誰もあなた達と寝たりはしない」とハッキリ言った。
サラさんは、ペアでなくても皆でやる方法もあると言ったけど、羽鳥さんは耳を貸さなかった。
「すごく残念です、気分を悪くしたらご免なさい。でも私たち、とっても上手に出来るんですよ。きっと貴方たちも夢中になるのに」
「……」
もうちょっと詳しく聞きたかった。でも羽鳥さんはイトりんの事が好きなんだ。二人が仲良くなる前に、余計な邪魔は入れさせない。
「僕らは、寝ない。寝たくたって、寝ない。だからって君たちが嫌いだとか迷惑だってことじゃない。ただ……心の繋がりを一番大切にしたいから」と僕は言った。
なかなか芯をくった台詞がでて良かった。本当はいつか挑戦したいと思うけど、僕にはまだはやい。実は僕は、ベッドでやることが全くよく分かっていない。
もちろん保健の授業の範囲内のアレがこうしてソレがああなることは知っているけど、実際のところはよく分からないのだ。
だいたい何で「寝る」っていうのか分からない。「本当に寝るわけじゃないんだよね?」なんて聞けるわけもないし、どこが睡眠と関係ある構成になってるのか、謎だった。
「ああ、野口さん。ますます貴方が好きになりましたわ。でも覚えておいてください。触れてみないと分からないこともあります」
「う、うん……そうなんだね、そういう考えもあるね。僕も残念です」
マットには海洋生命体について詳しい説明をして貰うつもりだ。でも偏った知識で誰かを見ることはしたくなかった。
これは僕の希望でもあったが、今は僕の脳内、深層のほうで研究に勤しんでいる。方舟での移動で得た情報を整理したいそうだ。
歪曲空間に渦動していた放射線計測値とエックス線の視覚情報、方舟の構造とゲートの関係を調べて、いざというときの脱出に備えてくれているわけだ。何がなんだか解らないけど。
ともかく三日後にこの街にくる領主さまに相談する予定になっている。それまでは、街の中心地にあるシドの家に厄介になっている。
美味しくて食べたいだけ食べれる新鮮な食事。野菜や果物が沢山採れるのは特別な微生物のおかげだと聞いた。
温かい気候。人々が本当に望むことで作られた町、それがこの聖地ヨークだ。
「はあ、はあ」ミーファさんとサラさんを置いてきぼりにして僕ら三人は高い丘を駆け足で登っていく。「待って~!」
一番高い場所に生えた大きな木にもたれ、僕らは息を整えた。二人の笑顔の美女は少し慌てたように追ってくる。
木の後ろにはイトりんと羽鳥さんがいて、小声で話し合いをしている。
「はあ、はあ。しかし移動手段は本当に笑い走りだけみたいだな、羽鳥。こんだけ広い街にまったく乗り物がねえ」
「ええ、あと歩くにも不自由な老人とか、病気の人も見当たらないわ。みんな家の中にいるとは思えないわね」
後ろには円形に造られた赤レンガの家々がはるか遠くまで建ち並んでいる。爽やかで気持ちいい風が頬を撫でた。
「カードを貸して」僕はイトりんからレッドカードを受け取り、禁止地区をあおぎ見る。
「この先は、どうなってる?」
「全部、立体映像だ」
豊かな緑の山々。だがこのレッドカードを持って、その先を見ると景色は一変する。黒い谷に暗雲が立ち込めて雷が鳴り響いていた。
丘に駆けてくる二人の美女の裸体が見えた。羽鳥さんが僕からカードを取ると、何もなかったように山々を見た。
「……」
「ひどいわね」レッドカードを受け取り羽鳥さんが言った。「触れてみないと分からないっていうのは、この事だったのかしら」
黒い山脈の先に変電所のような四角い建物が見えた。視覚強化でやっと見えるほど遠い場所だが、僕だけなら数時間で行けそうだ。
「野口くん、二人も待って」とサラさんが言った。「はあ、はあ……足が速いのね。でもそれ以上先は行っては駄目よ。法律は知ってるでしょ」
「アハハ。でも、どうして駄目なの?」
「ふう、見て。あっちには四千メートル級の山々しかないのよ。それに危険な生き物もいるし、何よりも法律で行ってはいけないって決まってるから」
「はははっ、僕らを守るための優しい法律だね」僕は手のひらで顔を扇ぐようにしてミーファさんに聞いた。
「見たところ裁判所や刑務所みたいな建物もないし、警察とか見張りをしてる人もいないんだね。法律に違反したらどうなるの?」
「うふふっ、いないわ。この街に罪人なんていないもの、それが私たちの誇りよ。それと罰則みたいなことだったら一つしかないわよ」
「へぇ?」
「法律違反は、生贄になるの――」
「い、いま何て」
彼女は罪の大小に関わらず、罰はひとつしかないと言った。僕らは耳を疑った。
罪人のいない聖地ヨーク。ここに老人は居ない。人間以外の動物も居ない。テレビやラジオのような情報もない。
「罪人や動けなくなった人は、領主さまの生贄になって、食べてもらうのよ。うふふっ」




