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賢者の石(1)

「組織が動いたとなると、人類の大量絶滅計画もご破算だな」 


 仙田律子は背の高いスーツ姿の男に尋ねた。有肢菌類の中ではセンリツ、一方のシルバーバックという名家の呼び名を持っている男は、一般に賢者さまと呼ばれている。


 これは有肢菌類の間でも歴史的、文化的に貴重とされる宝珠〈賢者の石〉を預かっている者であるからに他ならない。ふたりはいま、付近のビル屋上テラスからホテルサンビアンテを眺めている。


 擬人化した黄褐色の賢者の顔には怒りをしめす皺が何本も刻まれていた。かつて人類大量絶滅のための洗脳と人体改造を進めるうえで中心地とまでいわれたアジト、その中心であるカジノが強襲をうけ、燃えている。


「……ご破算?」

 

 賢者はほかに気をとられているようにつぶやいた。その目は炎を映し赤く輝いていた。擬人化していなければ血のような真っ赤な体毛を持った怪物である。


「そうだ、計画を見直すべきだろう」律子は繰り返し言った。背後のソファにぐったりと寝かせている男を指して続ける。


「貴様の配下だったはずの山城祐介だ。私が押さえたときには、すでに死に絶えていた。他の改造人間も見てきたが、人間の意識を残したまま改造を行うことで彼らは更なる能力を発揮しているようだ」


 腕組みするタイトスカートの女は、しなやかにやわらかい手をゆらし、オーバーなジェスチャーをとった。野口に関わる情報は出来る限り避けたいと考えていた。


「ああ……知ってる。強化型や、観念動力に目覚める傾向がある。考えるだけの頭を持っていれば、充分ありえることだ。ゆくゆくは洗脳した人間でも強化していくことは可能になる」


「――しかし、彼らが独自の能力を発揮するなら、それこそ我々の望む《《多様性》》といえるのではないか?」


「興味深い意見だ。だが、有肢菌類われわれには有肢菌類われわれのルールがある」


 神にたてついた人間には死んでもらう、それがルールだ。ながい歴史上で時間旋以外での戦闘は禁止されている。


 人の捕食についても、大量絶滅の前には自粛が求められていた。いまの状況で、無暗な戦闘は混沌を招くだけだ。


「人間同士が殺しあうのは構わないが、小さなコミュニティを洗脳で、仲間同士戦わせるのはもう……」


「貴様、何が言いたい?」賢者は燃えるような視線を律子に向けた。「ネットワークを切断して、しばらく身を隠していたな。いったい何をしていた。何を企てている」


 律子の眉がわずかに動いた。自分が何かを企てているかと問われ、首筋に冷や汗が流れる。


「確かにこの数年、有肢菌類が人類を間引く数は減少している。それでも我らを、神だという人類は皆無に等しいではないか。


 かつてのような崇められる立場は何百年も前に無くなっている。単なる異形の者である我らに畏怖の念もなければ、悪魔崇拝すらもなくなっている。


 彼らには彼らの信じる神がいるのだ。そして洗脳から逃れた人類は、少しずつ合流していく。あいつらの信じる《《もの》》を滅ぼされて合流していく。それがどんな神なのかは知らない、そういったことを私は知らない。


 でもこれだけは分かる。小さな仲間意識や家族、兄弟の絆、愛情、友情。我々が鼻で笑ってきた感情。そういった微弱な力が、いま少しずつ集まっている。


 たった一人の少年をコミュニティから奪っただけで、露骨に敵意を剥き出しにしてくる連中だ。そんな奴らがあっさりと従うと思うか? 賢者よ。おとなしく我々に従うと思うか? 


 海洋生命体、爬植石生物、他に問題は山ほどあるのに、たとえ最後の一匹になっても無力な拳を握りしめて、集結し立ち向かってくるような連中を相手にする意味などあるのか。


 全く勝ち目がなくても、最後の力を振り絞って我々に牙を剥いてくる。そういう連中を相手に、我々は戦わなければならないのだぞ」


「ふふっ、寝ぼけたことを」賢者はきびすをかえして笑った。「貴様が、何をしていたのか、答えになっていないな。野口鷹志、ヤツがここに来たのはどう説明するのだ。私の洗脳を無効化して、私の従属種を殺し、仲間を呼んでここを襲撃させるとは、一体どういう魂胆だね?」


「……わ、私を、疑っているのか」


「答えによっては、死んでもらう。個人的な意志に振り回されるような裏切り者は、排除するのが我らの法だ」


 カジノフロアから炎が上がった。賢者の従属種はすべて向かいのビルで野戦司教や魔女団と戦っている。


 近くの空域にはカラス天狗も目を光らせている。繁華街には様々な雑魚魔物もうろついていることだろう。


「も、勿論だ。私ははめられたのだ、裏切り者の蜘蛛野郎が海洋生命体に野口を売るのを見た。ヤツの裏をかくため胞子ネットワークは切断する必要があった」


「信じると思うか? マット・イーター、やつは設計者だが探検家じゃない。貴様が裏切り者でないと誰がいえる? 接続していない同類を信じると思うのか。目的はなんだ」


「さ、さあな、マット・イーターは海洋生命体の疑似アストラル界に用事があるのかもしれない。楽園で余生をのんびり過ごすのが目的ではないか――」


「馬鹿な。進化の停滞した無気力な海洋生命体の作った偽りの楽園に? 違うな。連中の持つテクノロジーか……〈エリクサー〉が目当てだろう」


「宝珠か!?」


「一介の下級菌類が魅入られるとしたら、有り得る情報だ。貴様の戯言は嘘ではないようだな。カラス天狗からたった今、海洋生命体が迫っているという情報がはいった。万事休すだったな」


「だ、だから言ったはずだ。私が嘘をついていたら、どうしてこの場に現れる必要がある」


 四種族の持つ四つの宝珠。古くから、全てを手にした者は未知なる最終兵器を手にするといわれている。


 人間の持つ〈樹輪の宝珠〉は時を。

 賢者の持つ〈賢者の石〉は次元を。

 海洋生命体の〈エリクサー〉は空間を。

 爬植石生物の〈パンドラの匣〉はエレメントを操るといわれている。


 全ては迷信だと考えられていたが、賢者にとっては別だった。彼だけは別の次元へと行き来することが可能だからだ。


「ここに〈賢者の石〉は持っているのか?」


「ああ、貴様のいう通りだな、問題は山ほどある……人間には海洋生命体と戦ってもらうとしようか」


 律子はついていた。いや、運を信じたことなどない。信じる理由がないからだ。運を天に任せたことなど今まで一度としてなかった。だが、彼女の目の前には賢者がひとりいるだけだ。


「茶番はなしだ」賢者は肩をすくめた。「センリツ、貴様はその場所から私を突き飛ばし、ここにある〈賢者の石〉を奪おうと必死に頭を回転させている。知恵を絞りだしているのはお見通しだ」


「!!」


「ふふっ、貴様に私は倒せない。連中とて倒せない。正面から向かってきてもビルや従属種ごと爆破するまでのこと。いままで成功したものは誰も居ないのだ。それにもうひとつ、〈賢者の石〉は私にしか使えない」


 二度目の炎が舞い上がる。金属が引きちぎられるような、すさまじい爆発音がした。炎はフロアを上へ上へと登っていく。


「フハハハハ! 死ねっ! 愚かな人間どもよ!!」


「……死ぬのは貴様だ」


 一瞬、同時にそれは起こった。武勇で名をはせた賢者は爆破を見て勝利を確信した。その憶測が油断を生んだ。律子は鉤爪を振って賢者の首を落とそうと、音速の太刀を振るった。


 当然のように左へ、ビル側に体をそらしたが鋭い刃は賢者の肩にあたった。その一撃で賢者の身体は半回転した。擬人化は部分的に解かれ、長く伸びた腕が律子の喉を掴んだ。絞め殺そうというのだ。


 一方の手足はバランスを保つため地面に着いていた。残った左足が律子のはらわためがけて飛び込んできた。


 あたったら一巻の終わりだった。ぎりぎりで体をそらせた律子は股の間を思い切り蹴り上げた。


 しかし喉元を掴む腕は緩まない。そのすさまじい握力に意識が飛びそうになる。渾身の力をこめ、腕を引き剥がす。同時に……。


 ドン――。


「……馬鹿な。死んでいたはずの、いや、以前は洗脳されていたはずの雑魚がまたしても、私を騙したのか」


 不意に背後から突き飛ばされた賢者は、ビルの屋上から真っ逆さまに落ちながら、山城祐介を見上げた。


「ふおっ、おおおお――……」


 その手には菱形の白色の石、〈賢者の石〉が持たれていた。不適な笑みを浮かべた山城は落ちる賢者を見下ろしながら、ぶつぶつと話した。


「これさ、何となくだけど俺にも使えるんじゃないかな。ほら、二度もあんたに飲みこまれたからさ」






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