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カジノ強襲

 老体で関節炎の田中タナーは、あまり走るのは得意ではない。サンビアンテホテルまでは二キロあるうえ、都心部を単車ハーレーで縫って走るには限界があった。


 とくに走行中の車や歩行者の静止している空間、つまり時間旋の中とあっては尚更だ。ロビーからカジノフロアまでの距離でも、長い時間が流れた。


 それでもどうにか、野戦司教や魔女団に先んずることができた。作戦は至って単純、正面突破の田中タナーと脱出経路を塞ぐ芦田アッシュ


 至るところに有肢菌類がいた。禿頭とくとうの神父ラルフは、武装勢力が〈賢者の犬〉と呼ばれる従属種のみだと報告していた。


 諜報部門の責任者『ペンギン』はもっと酷い。今の状況で有肢菌類が多種属に支配権を打ち立てることはないと言い切り、事態はごく平和裡に進むとのたまわった。


 小銃を構えて向かってくる連中は後をたたない。ライダースジャケットを着た化け物爺さんたちなら、弾丸を何発食らおうと構わないが、付き合わされる新兵には荷が重いだろう。

 

「キイイイー-ーッ」


 断末魔のような悲鳴をあげ飛び込んでくる従属種。タナーがその腹を乱暴に蹴りつけると、大理石の柱にめり込んで潰れた。


 裏拳を頭部を当てると首から上が宙にまい、金子の耳元をかすめた。この重い足腰のタナーには、付いていくだけでも骨が折れる。目立ちすぎるのだ。


 それでも金子と高橋は、ぴったりとこの御老体に張り付いていた。狙撃兵から放たれる銃撃は、高橋の能力が受けている。


 金子と目を併せて、高橋は左手を開いた。パラパラと銃弾が床に転がり落ちる。ピンと、一発の弾丸を金子に投げ渡した。


 このマットさまが用意した特殊細菌により、高橋には『吸着トラップ』、金子には『放出シュート』という異なった能力が定着しているらしい。


 俺は街中に張り巡らされた不可視の糸と、胞子ネットワークにより僅かばかりの情報をつかんでいた。


 人間のネットワークまで侵入し、カジノ付近を高みの見物と洒落こんでいた。誰にも見られない安全地帯から笑いながら見てる。


 スローなバラードを聴くように、走る金子と高橋を見ていた。俺の準備していた特殊細菌を器用に補いながら使う、あまりにいびつで不完全な二人を感心して見ていた。


 いや素直に言おう、良い気分だった。琥珀色に揺れるブランデーでもあおりたい気分だった。野口の身体ではアップルジュースが関の山だが、見た目が似ているなら構わない。


 飛び散るコンクリートと、燃え盛る爆煙をうけながら、怯むことなく前進を続ける。あの能力は、少年サッカー時代に身体に染み付いたものが具現化しているのだ。


 おそらく高橋は、サッカーボールをトラップする練習を死ぬほどやったのだ。そして金子はそのボールをシュートで決める練習を。


 俺はやるせなくなっていた。賢者はうまく逃げるだろう。たった十人か十五人ほどの人間が、いかに奴を追い詰めても無駄だ。


 結果は見えている。なのに、何故あの二人を連れていく必要がある。知らなかったとはいえ、あまりにも……やるせない。


 数歩進んだところで、二人の様子が変わった。足の踏み場もないほどに、瓦礫と化したシャンデリアやカジノの備品が床に落ちている。


 代わりに天井には吊るされているのは人間だった。子供や成人した女性も見えた。二人は青ざめた顔をしている。


「……っぷ。なんであんなことを」


「侵入者への見せしめじゃろう。逆らえばこうなるという。吐き気がするが、臆すれば奴らの思うつぼじゃぞ」


 まるで夢の中の出来事だ。悪夢ならそろそろ覚めていい頃だろうが、賢者のやることは始めから決まっている。


 作戦が読まれているのか、あるいは情報漏洩か。二人は覚悟を決めたようだ。金子と高橋はカジノに残り、爺さんに言った。


「タナーさん、先に行ってください。賢者を逃がしちまう」


「……やれやれじゃわい。持ちこたえろよ」


 

 つまりは、野口鷹志こいつに手を出したのが始まりだった。母親であり研究者であった野口玲奈は、あるワクチンを開発した。


 名家の連中は、有肢菌類だけを撲滅するようなワクチンなど有り得ないと判断した。それほど強力な薬品なら、当然人類も死滅するに決まっている。それほど密接なのだ。


 息子と旦那をまず、人質として腑抜けにした。まあ、肉体的な操作に加えて周りの人間と交流出来ないように、手をまわしたのだ。


 だが、母親を含めた周りの何人かは退かなかった。洗脳を掻い潜り、野口親子を庇う始末だった。さらに母親は息子を救うために研究所から、在るものを盗んだ。


 データの入った集積回路を持って、消えてしまったのだ。前触れもなく我々の目の前から消えた謎は解けた。レッドカードなんて代物が作られていたとは。


 まあ、特効薬ワクチンのほうは誰も信じちゃいない。噂では、集積回路データこそ四種族の闘争を終わらせる最終兵器だとか、古代文明の無限エネルギーだとか……どれも陰謀論の好きな連中のでっち上げに思えるが。


 だが、見張りは必要だった。息子の見張り役は下っぱの俺に回ってきたわけだ。そして胞子ネット、インターネット、俺はそんなものより硬い繋がりを見せつけられることになった。


 賢者のアジトには《《三人》》の人間が見える。吊るされた人間をバックに、その男たちは、高橋と金子を見て呆れた顔を見せた。


 見慣れた同じ制服。教銘高校では勉学でもスポーツでもまったく勝ち目のなかった優等生。クラスや部活での中心的な顔ぶれだった。


「遅かったな。まさか、この場所に来たのがバカのツートップ、金子と高橋だなんて笑いがとまらねえよ」


 バランスのとれた体躯、若きエース。高校サッカー界のヒーロー、草薙篤人だった。濡れたような前髪に浅黒い肌。


「な、なんでお前が……お前らがいる。賢者に洗脳されちまってるのか!?」


「傷つくよ。そういう疑念を抱かれると」草薙の目は金子をとらえる。「悲しいことを言ってくれるな、我が友よ。同じ少年チームにいた仲なのに、随分と差がついちまったな」


「そう言うな」この俺でも知っている顔、生徒会長の前田だ。「こいつらは、こいつらで頑張ってるんだ。柔軟性が無いんだ。フォワードは頭が固いんだろうな」


「単にバカなんじゃないのか?」


「……」


 もう一人、長髪の小柄な男は肩を叩いて黙っている。こいつは喋らないんだ。たしか、中島拓己とかいったか。発話障害か失語症で口をきくことがないが成績は常にトップだった。


「ふふっ、所詮ゲームを動かすのは」草薙は言った。「ミッドフィルダーだからな」


 相手は顔見知りの三人組。例の少年サッカーチームに所属していた仲間だった。エレベーターでタナーの爺さんは行ってしまった。


 屋上まで追っても、相手は賢者とカラス天狗。緊急事態だ。膠着したこの場に、二人を置いていくしか選択肢がなかったのも理解できる。たとえ金子と高橋が死ぬとしても。


「結局さ、お前らみたいな従属種モブが一番むかつくんだよ」草薙が続けた。「有肢菌類ってのはさ、共生生物なわけよ。抑制や抗体が必要だって言いたいのは分かるけどさ、ウイルスがホストを皆殺しにするわきゃないだろ」


 金子の額に汗が落ちる。心拍数が上がってアドレナリンが急増しているのは、見てるだけでも分かった。


「バカ野郎はお前らだ。何を言ってるのか分かってるのか? この人たちを見て何とも思わないのか、ゲス野郎」


「はっ、死ねよ。負け犬」


「!?」


 草薙は足元に砕け散るシャンデリアに向かって右足を振り抜いた。金属同士がぶつかり裂ける音がしたかと思うと、広範囲に放り出された残骸がまとめて二人に襲いかかった。


「俺たちはさ、選ばれた人間だけが生きのびればいいと思ってる。悪く思うなよ!」


 理屈は分からないが、床全体のガラスや鉄屑が飛び交った。更に前田が畳み掛けるように腕を伸ばす。


 するとテーブルや椅子が崩れ、その残骸は竜巻トルネードのように渦巻いて金子と高橋にぶつかっていく。


 逃げ場はなかった。フロア中に風が巻き起こり亡霊が駆け巡るように流れている。外周へ向かう流れや中間へ向かう流れ、速さはそれぞれだった。複雑なパターンで支脈が一ヶ所へと集中していく。


「くははははっ、どうした金子。まっさきにチームを捨てて逃げて行った口先だけの糞野郎には、こんな最後がお似合いだろ!!」


「……」

 

 沈黙。長く続く攻撃が止み、音がなくなる。金子と高橋は圧倒的な攻撃で床に押し潰され、苦痛にもがきつつ死んでいると思われた。


 だが、高橋と金子は立っていた。全身から血を流しても、そこにいた。「トラ……ップ…したぞ……あとは……カネちゃ…あの…バカ…野郎ども……なんとか……しろよ」


「――ああ、放出シュートだ」


 声と同時に金子は、手にしていた弾丸を親指で弾いた。構えていた三人の男たちは、激しい重圧をうけ壁へと吹き飛ばされていた。


 






 

 

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