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洗脳解除 (吉田アンディ)

 羽鳥舞は二人の改造人間に両手をかざした。聖子お婆さんは、私をけっして魔女とも精神感応者テレパスとも念動力者サイキックとも呼ばなかった。


 私は確信していた。自分が情動感応者エンパスとして、この場にいる意味を。聖子お婆さんは何年も前から予知していたに違いない。


 私は知る。鍵を見つけて開いてみせる。お婆さんの見た世界……託した未来を。この私がいま、切り開く――。


        ※



 教室の椅子は小さくて、いつも背中を丸めて座っていた。どんなに目立たないようにしても無駄なことは分かっていたのに。


「臭いんだよ、アンディ」


「お前さ、風呂入ってるか。ちゃんと毎日入ってたら、真っ白になるんじゃないか?」


「アフロじゃなくて、オフロー!」


「「アハハアハハアハハ」」


 最低だと思うかい? でも本当に最低なのはボク自身だった。何故ならボクは皆と一緒になって笑っていたんだから。


「いや、まじで外国人虐めとかじゃないから、本当に臭いからね」


「アーユスピークジャパニーズ?」


「……」


「なんで英語喋れないんだよ。どう見たってネイティブでしょ」


「ネイティブアメリカン?」


「ご、ごめん」


「ノンノンノン、アイムソーリ。アイム、ネイティブジャパニーズ。言ってみろよ」


「……アンムソーリ?」


「「アハハアハハアハハ」」


 何が可笑しいかだって? ボクはボク自身を笑っていたんだ。自分には価値がないと思っていたし、実際に身体がデカいだけで何の取り柄もなかった。


 だから残酷だとは感じなかった。誰だって思ったことを相手構わずに喋り、傷付けて笑い者にする。それは当然のことだから。


 ボクは学年で一番の体格があるにも関わらず、謝ってばかりいた。本当のことを言われて傷付いたら、笑うしかない。


 それにボクだけが皆の笑い者じゃなかった。斜め前に座っているガリ勉の細川くんは、ボクより酷い意地悪をされている。


 いつも身体中に痣をつくってるのに、めげない。算数の授業では決まって効率のいい答えを出して、先生を驚かせる。


「先生っ」今日も細川くんは真っ直ぐに手を上げて発言する。眼鏡を吊り上げて、ボクみたいに少しもヘラヘラしていない。


「僕はかけ算より、割り算で答えをだしました。そちらの方が答えを導くのが早いのに、なんでわざわざ遠回りするのですか?」


「細川くん」先生は呆れた声でいう。「君のは遠回りじゃなくて先回りだね。勉強で先に行きたいのは分かるけど、授業には段階があるから静かにしていてくれないかな」


 あちこちから、細川くんに消しゴムや紙くずが投げつけられる。いつも先生は見てみぬふりをしている。


 休み時間には教科書を読んでいて、仲の良い友達はひとりもいない。特定の友達を作らないようにしていたボクは彼が気になった。


 それでなくとも彼はボクより教室で浮いている唯一の存在だ。気にせずには居られない。


「なあ、アンディ。三組の野口がお前を少年サッカーに誘いたいらしいぜ。放課後、時間あるかってさ」


「……サッカー?」


「ぷぷっ、外国人枠にって意味じゃねーかな。どうせ役に立たないけど、アンディはいるだけでインパクトあるからな」


 教室で初めて会った野口鷹志は、小さくて目立たない男の子だった。特徴がなくて、どこにでもいる普通の男の子だと感じた。


「悪いけどサッカーはやらないんだ」目を反らすと、ひとりで教科書を読んでいる細川くんが見えた。


「ボクなんかより、細川くんのほうが向いてるんじゃないかな。ぴったりだと思うよ」


「……」ボクを取り囲んでいた生徒たちは、ゆっくりと細川くんに視線を向けた。


「「アハハアハハアハハ」」


 皆はガリガリで眼鏡をかけてる細川くんが今さらスポーツをやるなんて、馬鹿馬鹿しいと思ったようだ。


 実は真剣に考えて言ったんだ。ボクなんかより頭の回転がはやくて、効率よく物事を見れる細川くんを、誰より凄いと感じていたから。足も結構速いのを知っていた。


 教室は笑いの渦だった。でも三組の野口鷹志は違った。クラスが違うから、彼が変人だって知らないんだ。


 躊躇ためらいもなく本当に細川くんの席に行くと真剣に彼を口説きはじめた。周りがうるさくて、どんな会話をしているのか聞こえない。


「よっぽどメンバーが足りないんだな、変人の細川に話しかけちゃってるよ。アンディも酷いなぁ」


「あ、あは、あは、彼みたいな痩せにサッカーなんか無理だよね」


「「……アハハアハハアハハ」」


 思ってもいない言葉だったけど、他の生徒たちは笑っていた。それから、ボクに向けられていた攻撃的な視線は細川くんに向かっていった気がした。


 細川くんが少年サッカーに入ったのを知ったのは二週間後だった。クラスの誰かが細川くんと話しているのを聞いた。


「戦術に興味があるんですよ。確かに体育は得意じゃありませんが、ビジネスの本は家に沢山ありますし、諸葛孔明は好きです」


「はあ!? ショカツ何だって。ビン底眼鏡のくせに、何言ってんだ?」


「「アハハアハハアハハ」」



 数日後――斜め前に座っている彼の腕、半ズボンの足や手首にはいつもに増して紫色の痣が出来ているのが見えた。


 ボクは、見てはいけないと思って目を背けていた。その痣は学校での虐めが原因ではなかった。家庭内暴力だった。細川くんの父親はお酒を飲んで、彼を殴っていたのだ。


 あの変人みたいな敬語を使った話し方も、ずっと敬語を使うようにいわれて育ったからだと気付いた。


 野口鷹志は、またボクの前に現れた。少年サッカーは断ったはずだと言うと別の頼みがあるといって、頭を下げた。


 六月の太陽が西に沈んでいき、一方通行ばかりの狭い住宅街に細い光線が何本も差し込んでいた。


 向かったのは立派な庭付きの一戸建てだった。ボクは玄関から離れた場所で細川くんの父親をみた。厳格な感じのサラリーマンだ。


 驚いたことに、野口鷹志は大人を相手にこんなことを言った。なにを考えているのか分かったときは落胆しかなかった。


「大也くんを殴らないでください。家庭内暴力は国際的に問題になっているから、海外からもああやって、見張りにきています」


 細川くんの父親はじっと野口をみた。挨拶のつもりなのか、口を開く前の決まった沈黙なのか。馬鹿げた無茶振りだけど、気になった。


「それに家庭内暴力を許さない団体がいて、もしまた細川くんが殴られたら、痣を見たら絶対に許さないそうです」


「……」


 またもや沈黙。こんなにドキドキしたのは初めてだった。ボクは背中が反るくらいに真っ直ぐに立った。肩を広げて顎をあげて、睨んでやった。


 細川くんの父親は夕暮れに立った黒人を大人だと思っただろうか。ボクの顔を見て覚えているだろうか。


 胸元から手帳を出しておざなりに掲げた。映画やドラマで警察が身分証をだす仕草だ。あの人の表情からは何も判断がつかなかった。


 ボクは何をやっているんだろう。しばらく細川くんと野口は公園で話をしていた。あんなことがあった後なのに、内容は別だった。


 トライアングル、守備プレス、フォーメーション、ボール落下地点の取り合い、パスワーク、オフザボール、貧者の戦術理論。


 聞いたことがない言葉だったが、課題は山ほどあるのが分かった。ボクは他人事だと言い聞かせた。自分には関係ないことだと。


 何事も自分のことだと思わない癖がついていたのかもしれない。細川くんの父親が彼を殴るのは、何故だろうか考えた。


 何も手に入れようとしなければ、傷付くこともない。自分の人生だと思わなければ、笑っていられる。


「アンディはどう思う?」


「……えっと。作戦のことは分からないよ」


「君の考えを聞いてるんです」


「ボクはサッカーはやらないし、戦いかたも知らない。平和主義者だから負けたって構わないんだ。そんなことより、細川くんは平気なの?」


「父のことですか……僕は平気です、父が僕を殴るのは、僕のことが怖いからです。戦いかたは知ってるじゃないですか。さっきの見ていましたよ。体を大きく見せて、刑事のふりをしましたね」


「……あれは」


「立派な戦術です。父のDVが無くなるかは分かりませんが、見ていてスカッとしましたよ。ありがとうございます」



 放課後に校舎裏で細川くんはユニフォームをつかまれていた。高学年に絡まれて、殴られているみたいだった。


 ボクに向けられていた攻撃が、全部彼に向かったんだと思った。誰も細川くんを知らないくせに、馬鹿にするのだ。誰かの台詞がぐるぐると頭のなかでまわっていた。


「あんな奴と話すのはやめろよ――」


「父親が会社をクビになったらしいぜ」


「君の考えを聞いてるんです」


「また痣を見たら、絶対に許さない」


 ボクは戦いかたは知らない。でも細川くんのことは知ってた。住んでいる家も、親が離婚したことも、父親に殴られてもびくともしないことも。夢中になって話している姿も――。


 


 







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