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国境地帯

 海浜公園。砂浜から同時に空を見上げると、背筋に寒さを覚える光景を目にした。巨大な黒い人が……巨大な黒い翼を広げて降りてくる。


 有翼人というと神話や、ゲームのイラストで見る金髪の白人をイメージする。美しく神聖で優しそうな女性や子供、天使やキューピットのたぐいだ。


 大きな翼を広げて舞い降りてくる姿は、如何にも目を奪う。だが実際の有翼人は、残念なことに全身を黒い羽根に覆われた闇の世界の怪人〈カラス天狗〉だった。

 

 両足は鳥類そのものの三本の爪があった。手は人間に近い五本指だが爪がクチバシのように生えている。


 顔の造りはカラスというよりフクロウに似ているが全身を覆っている黒い羽根から、カラス天狗と呼ばれているようだ。


回復魔法スンナー」真上から羽鳥さんの声がした。「野口はまだ休んでなさい。直ぐには回復が追い付かないから」彼女は僕の頭を優しく撫でて言った。


「だ、駄目だよ。羽鳥さんの寿命が減る」


「このくらい大丈夫よ。自分の心配しなさいよ。もうっ、調子くるうわね」


「ご、ごめんなさい」


 逃げるとき、由紀子さんのマンションで爆発音がした。あれは羽鳥さんとイトりんが他の連中を引き付けてくれていたんだ。


 高架線より下にカラスが来なかったのも、二人がずっと僕を守ってくれていたから。ずっと気が付かなかったけど……分かった。


 鳥肌がたった。イトりんが、時間旋を克服してまで僕を助けにきてけれたことに。並大抵の努力や根性じゃ、そんなことは出来ない。


 あのイトりんだから出来たんだ。一番あとから少年サッカーに入って、いつも最後まで練習して、何一つ諦めなかったイトりんだから。


 呪文を何度も使った羽鳥さんは、疲れた顔をしていた。それでも小さくガッツポーズをとる彼女を、カッコいいと思った。


 二人を見たら涙がでそうになる。その勇気、その行動力、そしてその優しさに。なんて凄い二人なんだろう。


「伊藤。あの怪人は、私たちでやる」


「そうこなくっちゃ」


 彼女の薄桃色のマニキュアが塗られた爪が、僅かに震えているのが見えた。僕はこぶしを握り締めたが、まだ回復は程遠く力が入らない。


「……」


 カラス天狗は腕を組んだまま、じっと僕らを見ている。目の前で見る三メートル近い身長の有翼人は恐ろしい威圧感を漂わせていた。


「ノグチタカシを庇うか……」唐突にカラス天狗は口を開いた。直接、全身に響くような声は胞子ネットを使ったテレパシーだろうか。


「無駄なことだ。そうやって人間は同じことばかり繰り返す」


「こいつには借りがあるんでね。指一本触れさせない」


 イトりんは声を荒立て言った。羽鳥さんと二人で僕の前にでる。まだ身体がいうことをきいてくれない。だがカラス天狗も動かない。


「まったく……人類には驚かされる。古代、お前たちは土地から追いだすだけで八割は死んだ。ローマでは感染症で四割が死んだ。アフリカでは感染症で死ぬのは一割に満たなくなった。早過ぎる進化だと思わんか?」


「さあな……なんの話しているか、さっぱりだ。もっと分かりやすく言ってくれ」


「伊藤。おそらく出エジプト、黒死病とHIVウイルスのことを言っているんだと思うわ。まるで見てきた風な言いかた」羽鳥さんは苦い顔をして言った。


「そんな事より、どうして人類を滅ぼそうとするんだ? 共存の道だって……」


 カラス天狗は、イトりんの言葉を遮って続けた。「我らの望みは多様性。人類の進化は単一化に進んでいる。共存だと? ワタシには、人類の方が共存を望んでいないように見えるが」


「……くそっ、また難しい話しやがって」


 僕は、この敵が並みの強さではない事を知っている。視覚や、聴覚以外に何かを察知する能力も身についていたから。


 大まかに見積もっても、人間の百倍位の潜在能力を持っている。しかし、もう逃げるわけにはいかない。


 せめて、羽鳥さんとイトりんが助かる方法を考えなくちゃ。頭では分かっているが、体が言う事をきかない。


(マット、さっきから黙ってるけど作戦を三秒で教えてくれ)


『落ち着け。お前が動けるようになるには、まだ五分はかかる。状況を理解してるのは俺だけのようだから説明するとしよう。まともにあの二人がカラスと戦って勝率はゼロパーセントだ。互いに伏兵がいることは気付いたか?』


(ああ、空に気配がする――)


 空に七匹のカラス、こっちには魔女がいるらしい。羽鳥さんの知り合いで、かなりの使い手みたいだが、実質七対一。不利な状況にかわりはない。どちらかが動けば、勝負は一瞬で決まるだろう。


『むこうの伏兵は、まだ他にもいる。〈賢者の犬〉ならぬ〈カラスの使い〉ってところだ。洗脳された人間が二人、暗闇に紛れている』


(なっ、なんてことだ。圧倒的に不利じゃないか。で、でも、だったらカラス天狗はどうして僕らをさっさと始末しないんだ?)


『この場所は連中にとっての国境線付近。有肢菌類は海洋生命体に神経質になっている。戦力差は歴然、警戒するだけ余裕があるのさ』


(あ、ああ。武力行使は、有肢菌類にとって都合が悪いってことか。でも、海洋生命体がいないとなると……)


『すぐにでも殺しにくるだろうな』


「っく!」


『手はうってある』



 カラス天狗は、ゆっくりと指先の爪を見せて身構えた。この能力のせいで身がすくんでいる。こんなヤツがいるなんて――こんなヤツと戦えるのか。


「では、死んでもらおうか。ワタシは強いぞ」


「だまって死ぬつもりはないわ!」叫ぶと同時に羽鳥さんは両手をかざして、構える――その指先が震えている。


「援護してくれ」


「え、ええ……って、突っ込むの?」


「やってみる!」


 羽鳥さんの手は震えたままで標準が定まらない。カラス天狗の目の前へ走るイトりんは左右に体を振った。


「ほう、面白い、面白い術を使うな」


 カラス天狗の背中には大きな羽根が畳んであるので体は重いはず。速い方向転換で敵の死角に入り隙をつくる。右脇からイトりんは体重を乗せて殴りかかった。


「うおおおおっ!」


 イトりんは観念動力を、直接叩きつけるつもりだ。《《何か》》に気付いたカラス天狗は、強襲に慌てる様子もなく瞬時に退いた。


「!!」


 水平線が明るい。東ではなく南、オレンジ色に瞬きながら数を増やしていく。カラス天狗は自分が海洋生命体に捕捉されている可能性を考えたようだ。


「……なぜ、これ程はやくここが。奴らが胞子ネットを読めるはずはない。どうやって奴らを呼んだのだ」


『フハハハ、無駄に不可視の糸を張っていた訳じゃない。人間の使う電子ネットワークにアクセスして、海洋生命体へ亡命の打診をした』


「ふっ、それで裏をかいたつもりか、それとも運が良かったのかな。ともかくワタシは退くしかなくなったわけだ」


『ふっ、ふはははっ。海洋生命体は俺たちを歓迎してくれるらしい。なんせ、お前は有肢菌類に指名手配されている有名人だからな』


「続きは、お前の仲間に任せるとしよう」


「……なんだと、待て、仲間だと、仲間と言ったのか!?」


「ふん、そうだ。貴様らより先にノグチタカシを庇った仲間だよ。殺しあうにはうってつけだろう」


「なっ……?」


 バサバサと音をたてながら、カラス天狗は暗闇に消えていった。月明かりに浮き出た黒い影は、亡霊のように姿を消した。


「な……何を考えているんだ」


 イトりんと羽鳥さんは呆然と瞬きをしながら空を見ていた。僕は立ち上がって、暗闇に目を向けた。そこから近づく二人の男を。


「そ、そんな……そんな」僕は震える体を支えるのがやっとだった。いつか、こうなることは知ってたはずなのに。


「あ、あれ? あの二人」目を細めたイトりんは二人に気付いた。「中退したアンディと、引きこもりの細川……だよな」


 吉田アンディ。黒人とのハーフで高校は中退していた。ドレッドヘアにラッパーのようなダボダボな服装、がっちりした体躯。


 細川大也。痩せぎすの長い顔、黒髪は短く切り揃えている。全体的に骨ばった印象で、チェックのシャツと眼鏡が、吉田と対照的にひどく貧弱に見える。


「二人とも知ってるの?」


「あ、ああ――」イトりんは羽鳥さんに応えた。「よく知ってる。右サイドバックのアンディと、センターハーフの細川だ」


 改造人間。〈人類の大量絶滅〉は人間同士で殺しあうことで実行される。忘れていたわけじゃない。僕は、そんな現実から目を背けていたんだ。








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