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ただの一般人

 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。胸が騒ぐのは自分がとんでもないことをしてしまったからだ。取り返しのつかないことを。


 魔法少女と名乗って、くるくる踊ったうえにパンツを見せて決めポーズ。死ぬしかないんじゃないかと思う失態、耳は火がついたみたいに熱くなっていた。


 なんて馬鹿なことをしたのか。野口鷹志の脳みそを取り出して記憶の一部だけレーザーメスで切り取る方法はないだろうか。


 そんなことを考えながら、気分が落ち着くまでだいぶ時間がかかった。おかげで教会に着くのが昼下がりになってしまった。気持ちはリセットされているはずだ。


 緑の荘園を抜けると修道女シスターの葉山麗子さんが迎えてくれた。禿げ神父に思いを寄せる元キャバクラ嬢だけど、すごく優しくて魅力的な女性だ。何故に禿げ神父を愛してやまないのかは、まったくの謎である。


「舞ちゃーん! 久しぶり、元気だった?」


「きゃー、麗子さん。ほんと久しぶりです。あいかわらず修道服が可愛いですね」


「神父がもっと丈を長くしろって、うるさいのよ。下着が見えたらどうするんですか、困るのは手前ですっ、なんて言っちゃって!」


 ギクッ。


「だから言ってやったのよ。人はパンのみに生きるにあらず、パンツも必要ですよって。あははははは」


「あは、あはは」


 ギクッ、ギクッ。


「求めよ、さすれば与えられん!」修道女シスター麗子は裾を持ち上げて魅惑的なポーズをとった。


「わざと見せてるのに、こっちの気持ちも分からないんだから、イライラしちゃうわよね。それでもせいしょく者かって、聖職者の意味が違うわね。うぷぷぷっ」


 ギクッ、ギクッ、ギクッ。


「は、ハハハ。ところで、麗子さん」不良の三人組の様子を見にきたはずなのに、もう帰りたくなった。「あいつら、ちゃんと神父さんに会えましたか?」


「ええ、実は朝からずっとボランティアをさせてるの。例の話は何もしてないわよ」


「や、やっぱりあんな素行も頭も悪い不良どもなんて信用出来ないですもんね」


 昨日私は三人の不良に、松本との出来事の説明が聞きたいなら、この教会を訪れるように指示した。


 ラルフ神父と麗子さんは、お婆ちゃんが一番に信用していた人物だ。聖堂を見渡すが、誰も居なかった。神父さんは三人組を迎え入れたが、すぐには事態を説明しなかったのか。


「いいえ、神父さまは見かけで人を判断したりしないわ。問題は、三人組のうちひとりが全く感染していないってことよ」


 冷たい空気。調理場には魔女みたいな婆さんが何人かいて、中に真面目に皿洗いをしている三人組をみつけた。


 昨日の松本との一連の戦いを思い返す。直接本体に触れて松本の体液を浴びたのは、金子伸之。追い討ちの攻撃に加わった眼鏡は高橋直樹だっただろうか。


「つまり伊藤くんには帰って貰わないとならないってワケですね。感染うつってないなら本人の為にも、関わらないほうがいいから」


「ご名答。舞ちゃん、悪いけど連れて帰って貰えるかしら?」


「わ、分かりました」


 修道女シスター麗子はテキパキと炊き出し用の食材を並べながら前に立ち、エプロン姿の不良、全員に目を向けた。


「あらー意外と偉いわね。ちゃんとやってるじゃない?」


「あ、羽鳥だっ!」ビニールの手袋を外しながら向かってきたのは伊藤麟太郎。短い金髪のチャラけた男だった。


「おうおう、てめえ俺たちが暇だと思ってるのか? もうやってらんねーぞ!」


「ちょうど良かったわ。あなたは、帰っていいわよ。もう必要ないから」麗子さんが割ってはいると、伊藤は釈然としない表情を見せた。


「はあ!?」


 落ちつかない顔で、しきりに視線を二人に走らせている。金子も高橋も、聞いていないといった反応だった。


「お、おい! 俺だけ帰れってのかよ。二人とも何とか言ってくれよ」


「……」


 あるいは……二人とも感染の影響が出ているのかもしれない。額には汗がにじんで、顔色も悪かった。そんな高橋が口を開く。


「もうはじまってるんでしょ。なんのテストかは知りませんが、修道女シスター。伊藤が失格になった理由、教えてもらえませんか?」


「何もはじまってないけど、帰りたいなら帰れっつーはなしよ。何も知らないくせに、かっこつけんな、馬鹿眼鏡」


 麗子さんの口調がきつくなっていた。余計な情報を与えたくないのだろう。彼女なりの不器用な優しさだと感じた。


「ふっ、俺は帰りませんよ」


「俺もだ。イトりんは帰れよ」シンクだけを見つめていた金子も返事をした。彼らは本能的に気付いているのだろうか。


「なんだよ、冗談じゃねーよ。俺も残るに決まってんだろ。つれねーこと言うなよ」


 バチャン。


「いいから、帰れっつってんだよ!!」


 スポンジから泡が飛び散る。金子は振り返って怒りの声をあげた。うつろな目、おおかた体内で感染したウィルスが暴れているのだろう。


「イトりん、お前は俺たちと違う。明らかに症状が出てねぇ。分かるよな?」


 金子は向きなおったが、それもつかのまだった。布でテーブルの皿を拭いていた高橋がげえげえと吐きはじめたのだ。


「お、俺たち、仲間だろ」


 感染しているのは二人だけ。帰される伊藤は不満だろうが、邪魔になるだけだ。二次感染なんてされても不幸な未来が待っているだけ。


「伊藤っ」私は提案することにした。


「私と野口に会いに行こう。あなた、あいつに言いたいことがあるっていってたよね」


「あ……ああ。行けばいいんだろ。ったく」


「……」


 彼はビニール手袋を床に叩きつけ、麗子さんを睨み付けた。彼は運が良かったのだ。感染者は『時間旋』の影響を受け付けない。


 有肢菌類のテリトリーに通常の人間が立ち入れば、すぐ連中の餌食になるだけ。金子と高橋が、この状況を乗り越えればまだ、見込みはある。


 菌類の持つ能力を強化して、生き残る方法を模索する方法もある。だが、伊藤には何もない。同じ土俵には立っていないし、立つ必要もない。ただの一般人なのだ。


「けっ、野口の家に向かうのか?」


「バス乗って、十五分歩くけど平気よね」


「ああ、知ってるよ」



     ◆伊藤麟太郎◆


 言いたいことがある。


 あいつに。野口は、はじめて会った日に俺をサッカーに誘った。あの頃のデブでおかっぱで何にでもビビりだった俺に声をかけた。


 いつの間にか忘れていたが、間違いない。誰からも、一度だって誘われたことなんかなかった。嬉しくて嬉しくて堪らなかった。


 試合なんて出れっこなかった。大事な時間には決まって下痢ぴー。対戦相手の目をみて話すことすら出来なかった。


 極度のビビりだった俺が変われたのは、あいつのおかげだった。視線恐怖症の俺に、たったひとつだけあった特技を、見抜いてくれた。


『イトりん、もしかしてフェイント凄くない? 完全にフリーだったよ』


 練習したよな。毎日、毎日。あっさり体重が減っちまうくらい、あいつと一緒に走ったじゃないか。何で忘れてたんだよ。


『ボール見てないじゃん。まさか皆の目線とかを見てるの!? イトりんって才能あるよね』


 金髪にしたのは舐められないためだ。金子と高橋、あいつらはすげーよ。二人にくっついて、チャラチャラしてれば何も怖くない。


 だから何だ。ひとりになれば、またビビりのビビりんなんて、からかわれたりイジめられたりするのかな。


 野ぐそよぉ。試合前に草むらでウンコしてたのは、誰だ。皆にウンコした奴は誰だって、聞かれたよな。


『伊藤くんじゃありません! 僕です』


 爆笑だったぜ。ビビりんがゲリりんになっちまうところだった。漏らしたのはバレバレだったけど、庇ってくれたよな。


『ツーアシスト! やっぱりイトりんって、天才なんじゃない? だってチャンスつくるのが、一番難しいんだよ』


 チャラけて見せたのは、ビビりを隠すためだった。俺はなんも変わってない。野口、お前に会ったら今度は俺が、庇ってやんよ。


「バス、着いたわよ」


「ああ」俺は羽鳥に耳打ちした。「教会から一匹、犬だよな?」


「うん。結構なスピードで、追いかけてきてる。私たちをつけてるみたい。うまく撒けるかと思ったけど……あ、あなた、よく分かったわね。まさか」


「ふん。俺がチャンスを作ってやるよ」

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