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過去編5(呪いか祝福か)

「——このガキ、タダもんじゃねぇ。」


事務所の社長は思わず息を呑んだ。


面接室に入ってきた少年は、まだ12歳とは思えないほど整った顔をしていた。

大きな瞳はどこか憂いを帯び、薄い唇は無意識に引き結ばれている。


「篠宮涼介です。」


落ち着いた声。

年齢相応の幼さがあるはずなのに、それを感じさせない雰囲気がある。


(どえらい金の卵だ)


芸能界で成功する人間には、いくつかのパターンがある。

努力型、実力型、コネ型……だが、ごく稀に“天性の華”を持つ者がいる。

こいつは間違いなく、そのタイプだった。


「君、芸能界に興味はあるか?」

「……別に。」


即答だった。

欲がない。憧れもない。

スカウトされたから来ただけ、そんな空気がある。


(それがまたいい)


何も知らない無垢な少年が、徐々に業界の色に染まっていく。

それを観客は面白がり、惹かれていくものだ。


ーーーけれど、

「君は、なんでそんなに悲しげな顔してるんだ?」


男は思わず、そんな言葉を飲み込んだ。

12歳。普通なら、未来への期待に胸を躍らせる年齢。

なのに、この少年の瞳には何も映っていない。


「……君、家族とは仲がいいのか?」


何気なく聞いた質問に、涼介は一瞬、目を伏せた。


「……さあ。」

「さあ?」

「別に、どうでもいいです。」


まるで、家族という概念自体が自分には関係ないものだとでも言うような口ぶりだった。


(このガキ、どこか危うい)


だが、それすらも“武器”になる。

涼介の儚げな雰囲気は、確実に人を惹きつける。

“守ってあげたい”と錯覚させる力がある。


この少年は、売れる。間違いなく。

男は確信し、ゆっくりと微笑んだ。


「篠宮くん、うちの事務所に入らないか?」


涼介は、しばらく黙っていた。だが、やがて静かに頷いた。


ーーそれが、すべての始まりだった。





芸能界でも涼介は”特別”であることを強制された。


篠宮涼介、12歳。


デビュー作のドラマが放送されると、瞬く間に世間の注目を集めた。


「天使みたいな子役がいる!」

「奇跡の美少年!」

「将来の国宝級俳優!」


SNSや雑誌では、そんな言葉が並ぶ。

オーディション番組に出るわけでもなく、僅か数本の作品に出ただけで、涼介の名前は芸能界に轟いた。


「ねえねえ、サインください!」

「涼介くん、こっち向いて!」


撮影現場でも、街中でも、大人も子どもも涼介を見つけると興奮した様子で群がってきた。

“普通”から離れるために芸能界に来たはずだったのにーーここでも結局、俺は”普通”ではいられない。


「涼介くん、今日も本当に可愛いね〜!」

「お肌、ツルツル! 本当に12歳!? もう天使じゃん!」


女性スタッフたちは涼介を崇拝し、競うように世話を焼いた。


メイク担当は「あなたの肌に触れるのが幸せ」と嬉々として化粧をし、スタイリストは「私が涼介くんを一番綺麗に見せる!」と衣装を調整する。


中でも一人の女性スタッフは異常だった。


涼介が撮影で着た衣装をこっそり持ち帰る、涼介のプライベートな情報を勝手に収集、自宅の近くで待ち伏せし、偶然を装って接触しようとする…


最終的に事務所にバレて解雇されたが、涼介はただ淡々と思った。


「……またか。」


これまでの人生と、何も変わらない。


子役業界には、それなりに競争があった。

だが、涼介は”競争の枠”にすら入らなかった。


「篠宮涼介の人気が異常すぎて、他の子役が霞んでる。」

「もうライバルなんて言えないレベル。」


“特別”が加速するにつれ、同世代の役者たちはライバル視することすらやめ、遠ざかるようになった。


そんな中、一人だけ、年上の俳優が涼介に露骨な敵意を向けていた。


「コイツがいるせいで俺のファンが減った。」


あるドラマの現場で、その男は涼介を無視し、嫌がらせを繰り返した。


小道具に細工をして、撮影中に涼介がミスするよう仕向ける、涼介のセリフの直前にわざと被せて喋り、NGを出させる、楽屋で「チヤホヤされてるガキが調子に乗るな」と吐き捨てる……


だが、その行動は周囲にこう受け取られた。


「涼介くんを気にしてるってことは、負けを認めた証拠だよね。」

「子供に“嫉妬”なんてみっともない。」


むしろ彼の評価が落ちていくばかりだった。


涼介自身は“関わるだけ無駄”と何も言わなかった。

気にするだけ無駄だし、どうせ状況は変わらない。

ただ、淡々と仕事をこなすだけ。


それが、芸能界での生き方だった。




撮影が終わると、涼介は無言のまま楽屋に戻った。


静寂に包まれた部屋で、椅子に腰を下ろし、ゆっくりと目を閉じる。


だが、すぐにドアがノックされた。


「涼介くん、お疲れ様! 今日の撮影、最高だったよ!」


笑顔で入ってきたのは、涼介の担当マネージャーだ。

デビュー当時から彼を支えてきた30代前半。

だが、その眼差しは単なる仕事の関係を超えていた。


「これ、飲んでね。疲れてるでしょ?」

差し出されたのは、涼介が好きなハーブティー。


「ありがとう」


そう言って受け取ったが、彼女は部屋を出て行こうとしない。

涼介がカップを口に運ぶ様子をじっと見つめたまま、その場に立ち尽くしていた。


「……?」


不自然な沈黙。


「どうかした?」


そう尋ねると、彼女は困ったような微笑みを浮かべた。

「ううん、ただ……涼介くんがこうして無事にいてくれることが、本当に嬉しくて」


涼介は曖昧に微笑む。

「俺はどこにも行かないよ」


そう答えると、彼女は満足したように頷き、ようやく部屋を後にした。


だが、涼介は彼女の言葉が胸に重くのしかかるのを感じていた。


「無事にいてくれることが嬉しい」―― まるで、彼が何かの脅威に晒されているのが当たり前かのような言い方だった。


それが、単なる比喩ではないことは分かっている。


つい数日前、彼宛に一通の脅迫状が届いたのだ。


『私のものにならないなら、消えて』


送り主は、長年彼を追い続けていた女性ファンだった。

彼女は涼介の写真を数千枚収集し、「私と結婚する運命」と周囲に語っていたという。


警察の捜査で彼女はすぐに逮捕されたが、事件が報道されることはなかった。

事務所が全力でもみ消したのだ。


それでも 「俺の存在が、誰かを狂わせた」 という事実だけは消せなかった。


「……疲れた」

思わず漏れた言葉が、虚空に消えていく。


楽屋のドアに鍵をかけ、スマホを開くと、SNSのタイムラインにはファンの歓声が溢れていた。


「#篠宮涼介生誕祭」

「涼介くんの演技、最高すぎる!!」

「涼介くんは私の生きる希望……♡」

「この世に生まれてくれてありがとう」


スクロールするたびに、「涼介」を崇拝する言葉が溢れ出る。

けれど、そのどれもが、彼をどこか別の存在に仕立て上げていた。


「俺は、生きてるだけで誰かを狂わせてしまうのに」


それでも、彼を求める声は止まない。

涼介は深く息を吐いた。


――これは呪いか、それとも祝福か。


彼には、もう分からなかった。

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