表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/48

過去編2(転校生)

涼介の年齢が上がるにつれ、その違和感は更に加速していった。


「ねえ涼介くん、この消しゴム、もらっていい?」


ある日、クラスの女子がニコニコしながら言った。

彼女の手には、涼介の筆箱から抜き取られた消しゴムが握られていた。


「え……?」

「だって、涼介くんが使ってたやつだもん。欲しくなっちゃって。」


悪びれた様子はない。

むしろ、少しも悪いことをしているという自覚すらないようだった。


「それ、返してよ。」

涼介がそう言うと、彼女は少し拗ねた顔をしたが、素直に返してくれた。


けれど、問題はそこではなかった。


「ねえ、涼介くんのハンカチもかわいいね。」

「体育のときに使ってたタオル、いい匂いだったよ!」


気づけば、何人かの女子たちが、涼介の持ち物に異常な興味を示すようになっていた。

いつの間にか、教科書の隅に書き込んでいたメモがなくなっていることがある。


ぞくり、とした。

(やっぱり、変だ……)


胸の奥がざわつく。


「涼介くんのもの、ちょっとくらい持っててもいいでしょ?」

「そんな怖い顔しないでよ、だって、好きなんだもん。」


——“怖い”。


それは、涼介が周りの人間に対して、生まれて初めて感じた感情だった。




「篠宮、お前……調子に乗るなよ。」

突然、怒鳴られた。


新しく担任となった40代男性教師の瀬川。

厳しいが公平な教師として知られていた。


その瀬川が、ことあるごとに涼介を目の敵にするようになった。


「授業態度が気に入らない。」

「成績が良くても、そんなものは自慢にはならない。」


些細なことで怒られ、他の生徒たちとは違う扱いをされる。

なぜか、明らかに嫌悪の目を向けられていた。


(俺、何かした……?)


当然、何もしていない。


「先生、そんなに怒らなくても……」

「先生、篠宮くんは悪くないと思います!」

すると、今度は女子生徒たちが涼介を庇うようになった。


「篠宮くんばっかり責めるなんて、ひどいです!」

「先生、嫉妬してるんですか?」


男子生徒 vs 女子生徒。

教師 vs 教師。


涼介を中心に、学校のバランスが少しずつ、少しずつ歪んでいった。

もはや、逃げ場はなかった。


「俺がいるだけで、みんなが変になっていく——」


涼介は、10歳にして確信した。

ーこの力は、間違いなく”異常”だ。

ーそして、“逃げられない呪い”のようなものなのだ。


しかし、それが分かっても、涼介は学校へ行かなければならなかった。





涼介が小学5年生の春、転校生がやってきた。


「瀬戸健斗です。よろしく!」

そう言って前に立ったのは、日に焼けた肌に短く刈り込まれた黒髪の少年だった。


どこか田舎っぽさを感じさせる素朴な雰囲気で、涼介とは正反対のタイプだったが、彼の表情にはどこか親しみやすさがあった。


その日から健斗はクラスの人気者になった。

明るくて、誰とでもすぐに打ち解ける性格。


運動神経も抜群で、昼休みにはいつも校庭でサッカーをしていた。


涼介とは、最初はそれほど親しいわけではなかった。

しかし、ある日の放課後、二人は偶然にも同じ帰り道を歩くことになった。


「お前、あんま友達と遊ばねえのな。」


健斗が気さくに声をかける。

涼介は少し戸惑いながらも、「別に、そんな気分じゃないだけ」と返した。


「ふーん。でも、お前何かボンボンっぽいよな。なんか、家とかピカピカしてそう。」

「……普通だよ。」

「そうか? ま、いいけどな。」


健斗はそれ以上深く詮索せず、適当な話題に切り替えた。


涼介は少し驚いた。

父は大手金融機関の課長で、母は家名が良い所出の地方の専業主婦。

周りの子は、彼の家のことを聞くと「頭良さそう」「お金持ってそう」と決まりきった反応をするものだった。


けれど健斗は、まるでどうでもいいことのように流した。


ーーそれが、妙に心地よかった。


そんなある日、涼介はまた学校で健斗と帰り道が一緒になった。


「お前んち、なんかあんのか?」

突然の問いかけに、涼介は一瞬言葉を失った。


「……なんで?」

「いや、最近やけに元気ねえし。家に帰る時も暗い顔してるし。」

軽く言う健斗の声に、涼介は少し苛立ちを覚えた。


「何? 俺の家が変だって言いたいの?」

「いや、そうじゃねえよ。」


健斗は困ったように笑った。

「俺んちはオヤジ一人だし、母ちゃんはいねえ。でも、オヤジは厳しいけど、それなりに優しいし、まあ楽しくやってる。」


「……。」

「でも、お前は違うだろ? 母ちゃんも父ちゃんもいるのに、なんか寂しそうじゃん。」

その言葉に、涼介はギュッと唇を噛んだ。

「俺のことなんて、何も知らないくせに。」


健斗は何気なく言った。

「知らねえよ。でも、お前、母ちゃんいるんだろ? だったら、まだマシじゃねえか。」


涼介は目を見開いた。

「母ちゃんがいるだけ、良い?」


「そうだろ。俺には母ちゃんの記憶なんてほとんどねえしな。」

健斗はひどくあっさりと言った。

ーーまるで、自分が母親を亡くしていることなんて、どうでもいいことのように。


「……悲しくなかったの?」

「そりゃあ、悲しかったさ。でも、悲しんでても何も変わんねえだろ? だったら、前向くしかないじゃん?」


健斗は笑った。


「生きてりゃ、何か良いことあるさ。」

その言葉は、妙に力強かった。


涼介は何も言えず、ただ俯いた。


自分は、家族がそろっているのに、健斗よりずっと満たされていない。


それが、何だかひどく悔しかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ