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過去編1(芽生え)

ーー違和感を覚えたのは、9歳の頃だった。


最初は、気のせいだと思っていた。

休み時間になれば、いつも同じクラスの女の子たちが自分の机の周りに集まる。


それは特に珍しいことではないはずだった。

男子だって、足の速いやつ、かっこいいやつ、そうして目立つやつには女子が寄ってくることはある。


けれどーー


「ねえ、涼介くんはどっちが好き?」


そう言われた瞬間、隣にいた二人の女の子が、ふと睨み合った。


「え……?」

「だって、涼介くんは私と一番仲良しだもんね?」

「違うよ!この前だって一緒に図書館に行ったし!」

「それなら私だって!昨日はお菓子を分けてあげたし!」

「それくらいで仲良しとか言わないでよ!」


最初は、ただの言い争いだった。

けれど、それがいつしか本気の喧嘩に変わっていた。


——目の前で、友達同士だったはずの二人が、髪を引っ張り合いながら泣き叫ぶ。


涼介は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。



⭐︎⭐︎⭐︎



「篠宮くん、先生の隣の席に座っていいわよ」


翌日、授業が終わった後、担任の北川先生が涼介を手招きした。


30代前半の優しい女性教師。

クラスの人気者だったが、最近になって涼介に対する態度が変わった。


——あまりにも、特別扱いが過ぎる。


「昨日のこと、びっくりしたでしょう? でも大丈夫よ。先生がついてるから」


優しく微笑みながら、北川先生は涼介の髪にそっと触れた。


(……何か、おかしい。)


ざわっと、背筋が冷たくなる。


最近、北川先生は妙に涼介に構うようになった。

授業中に当てられる回数がやたらと増えたし、成績が悪くても褒められる。

それだけならまだしも——


「篠宮くんって、本当に可愛いわよね」


時折、妙な言葉をかけられることが増えた。


ーーどうして、大人の女性まで?


その異変は、確実に周囲へと波及していた。


男子たちの視線が、どこか冷たくなっていく。

体育の時間、ボールが強く飛んでくることが増えた。

休み時間、誰かが耳打ちする声が聞こえる。


「……篠宮って、調子乗ってるよな」


そんな言葉を、涼介は聞こえないふりをするしかなかった。





家に帰れば、父親が苦い顔をしていた。


「……涼介、お前、学校で何かしてるのか?」

「……何かって?」

「変に目立つな。くだらないことで騒がれるような真似をするな」


父親は短く言い放ち、それ以上何も聞かなかった。


涼介は、ぐっと拳を握る。


——俺は何もしてない。

なのに、周りがおかしくなっていく。


「あなた、そんな言い方しなくても……」


隣で、母親がそっとフォローする。

母は、父と違って、涼介を否定することはなかった。


けれど、それが余計に違和感を強くする。


——まるで、何かを知っているのに、黙っているような顔だった。


それでも、涼介はまだ気づいていなかった。


この“人を魅了する力”が、これから自分の人生をどれだけ大きく狂わせることになることを。





気づけば、周りで喧嘩が絶えなくなっていた。


「ねえ、涼介くんは今日、私と帰るよね?」

「何言ってるの!この前は私と一緒に帰ったんだから、今日は私の番でしょ!」

「えっ? そんなの決まってないよ!」

「もういい! 涼介くんはどっちの方が大事なのか、はっきりして!」


——またか。


教室の隅で、涼介はげんなりしながら二人のクラスメイトの言い争いを眺めていた。


最初はただの「仲のいい友達」だったはずの二人が、いつからか涼介を巡って張り合うようになった。


宿題のノートを貸し借りするだけで揉める。

授業中に隣の席になっただけで険悪な空気になる。

休み時間になれば、どちらが涼介のそばにいられるかで無言の競争が始まる。


最初は「よくある子どものケンカ」だと思っていた。

けれど——


「……もういいでしょ。真実なんて、別に涼介くんのこと本気で好きなわけじゃないし」

「は? 彩花こそ、涼介くんにベタベタしすぎでしょ!」


やがて、クラスの女子たちの間にいくつもの派閥ができ始めた。

真実派、彩花派、それ以外の中立派——。


(なんで、こんなことに……?)


涼介が何かを言えば、誰かが不満を抱く。

誰かと親しくすれば、もう一方が嫉妬する。


どんなに気をつけても、“涼介がいることで生まれる対立”は止まらなかった。


ーー俺のせいで、友達の関係が壊れていく。


涼介は、どうすることもできずにただ目を伏せた。





「篠宮くん、ちょっと職員室まで来てくれる?」


昼休み、担任の北川先生に呼び出された。

30代前半の優しい女性教師。

いつも笑顔で、クラスの生徒たちからも人気があった。


それなのに、最近の彼女はどこか様子がおかしい。


「ここ、昨日のプリントの答えなんだけど……」


先生は、優しく微笑みながらプリントを差し出した。

そこには、大きく赤ペンで丸がついている。


「え……? これ、間違えてたはずじゃ……?」


確かに昨日、自信満々で答えを書いたのに、後で教科書を見て間違いに気づいたはずだった。


「大丈夫よ。篠宮くんは、間違ってなんかいないわ」


北川先生は、優しく微笑んだ。


けれど、涼介はその笑顔に、ぞくりと背筋が凍るような感覚を覚えた。


(違う……これは、おかしい。)


涼介の些細なミスは、いつの間にか「なかったこと」になっていた。

体育の時間、遅れても注意されない。

宿題を出し忘れても、「次から気をつけてね」と笑顔で済まされる。


最初は「ラッキーだ」と思った。


けれど、そのうち、先生の目が異様なほど涼介を追っていることに気づいた。


ーー篠宮くんって、本当にかわいいわよね。

ーーもっと自信を持っていいのよ。先生は、涼介くんの味方だから。


その言葉が、何よりも怖かった。


「……先生、どうして俺ばっかり?」

「どうしてって……?」


先生の目が、一瞬だけ揺らぐ。


そして、ふっと微笑み——そっと涼介の髪に触れた。

「……特別だから、よ」


ーーダメだ、この人もおかしくなってる。


涼介は、喉が詰まるような感覚を覚えながら、その場を離れるしかなかった。





家に帰れば、母親が優しく微笑んでいた。


「涼介、今日は何かあった?」

「……別に、何もないよ」


母親は昔から優しい人だった。

いつも涼介の話を聞いてくれるし、どんなことでも「大丈夫よ」と言ってくれた。


けれど、最近になって——何かが変わった。


「学校で嫌なことがあったの? 大丈夫、お母さんは涼介の味方だから」

その言葉が、北川先生の言葉と重なって、不気味に響く。


(……気のせい、だよな?)


そう思いたかった。

けれど、それが確信に変わったのは、ある日のことだった。


「ねえ、お母さん。なんで俺ばっかり……」


言葉を探しながら、母を見上げる。


「ん? 何が?」

「お母さん、俺のことばっかり……。茜だっているのに……。」

「だって、涼介は特別な子だから」


母は、何のためらいもなく言った。


「涼介は、普通の子とは違うの。だから、お母さんがちゃんと守ってあげなきゃいけないのよ」


その目は、慈しみと執着が入り混じったような、異様な光を宿していた。


ーーああ、もうダメだ。


母さんまで、おかしくなってる。

何もしていないのに、周りの世界が壊れていく。

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