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工場編4(終・崩壊)

︎翌週、ついに事態は大きな転換点を迎えた。


ある女性従業員が、麻衣のロッカーに張り紙を貼ったのだ。

そこには、「ビッチ」「インラン」等と書かれた麻衣を中傷する紙が複数貼られていた。

それを目撃した麻衣が涙ながらに張り紙を剥がしているところを、涼介は偶然見かけた。


「何があった?」

彼が尋ねると、麻衣は首を横に振ったが、目には明らかな悲しみが滲んでいた。


「もういいんです。私がここにいるせいで、全部おかしくなってるんですよね。」

麻衣の声は震えていたが、その言葉には涼介への好意と周囲の嫉妬が絡み合った複雑な感情が滲んでいた。


「そんなことない。」

涼介は短く答えたが、心の中では自問していた。


ーー本当にそうだろうか?


結局、麻衣はその日、早退することを選んだ。


しかし、この出来事は涼介が工場を辞める決定的な事件への引き金に過ぎなかった。



⭐︎⭐︎⭐︎


その日の夜、涼介のアパートの玄関に、無記名の手紙が投げ込まれていた。


「この工場から出て行け。お前がいるせいで、みんなが迷惑してる。」


無機質な活字で印刷されたその文面には、強い敵意が込められていた。


涼介は無表情のまま手紙を丸め、ゴミ箱に放り投げた。

しかし、心の奥には、じわじわと重い疲労感が広がっていた。

(……やっぱり、俺はどこに行っても同じなんだ。)


彼は深く息を吐いた。


過去を捨て、名前を変え、ここでは「折原透」として生きている。


ーーそれでも、結局、どこへ行っても執着されるか、疎まれ、遠ざけられる。



⭐︎⭐︎⭐︎


翌日、決定的な事件が起きた。


涼介が工場内で作業をしていると、突然、男性従業員の怒鳴り声が響いた。


「いい加減にしろよ、折原!」


涼介は驚き、振り返る。

男の顔は怒りに歪み、周囲の作業員たちも険しい視線を向けていた。


「お前が来てから、みんなおかしくなってんだよ!」

「何のつもりでここにいる? ちょっと顔がいいからって、いい気になってんじゃねえぞ。」

「そうだ! こっちは黙ってたけどな、気に食わねえんだよ、お前みたいな奴がのさばってるのが!」


声が飛び交う。

その場の空気が一気に険悪になり、透に向けられる視線は敵意と嫉妬に満ちていた。


「……は? 何言ってんの?」

そこに、女性従業員の一人が呆れたように口を挟んだ。


「モテないからって、僻みすぎじゃない?」

彼女の言葉に、怒鳴っていた男たちの表情が一瞬歪む。

「何……!?」


「バカじゃないの? 折原くんがここに来たくらいで何が変わったっていうのよ。そもそもあんたらが勝手に意識してるだけでしょ?」


女性従業員は腕を組み、冷ややかに笑った。

「ねえ、もしかして折原くんのこと意識しすぎて、仕事に手がつかなくなった? それとも、麻衣ちゃんに相手にされなくて拗ねてるの?」


工場内に、ピリついた沈黙が流れる。


その瞬間、近くにいた別の女性が口を開いた。


「そもそも麻衣ちゃんが悪いんじゃないの?」


「え?」 麻衣が目を丸くする。


「だって、あんた最近やたら折原くんに話しかけてたじゃん? こっちは見ててイライラするんだけど?」

「そうそう。仕事中にキャッキャするのやめてくれない? あんたが男に媚び売るせいで、余計な空気になってんのよ。」

「ち、違う! そんなつもりじゃ——」

「は? 何? まさか『そんなことない』とか言うつもり? いつも折原くんのそばに行こうとしてるくせに?」

「そもそも、最初に『折原くん、かっこいいですよね~』って言い出したの、麻衣ちゃんじゃん。」

「そうそう。調子に乗ってんなよ。」


麻衣の顔がみるみる青ざめていく。


涼介は何も言わず、その光景をじっと見ていた。

彼を責める声、麻衣を貶める声、そして嫉妬や憎悪が渦巻く混沌——。


涼介は静かに目を伏せ、ただ一言、呟いた。

「……そうか。」


彼の頭の中では、過去の出来事がフラッシュバックしていた。


「また、同じなんだ。」


涼介は静かにその場を離れ、そのまま上司に退職届を提出した。



⭐︎⭐︎⭐︎


その日の夜、涼介は工場の寮の荷物をまとめていた。


すると、外から誰かが駆け寄る音が聞こえた。

ドアを開けると、そこには麻衣が立っていた。


「透さん、本当に辞めるんですか?」


息を切らしながら麻衣は問いかけた。

その目には涙が溢れていた。


「俺がここにいる限り、みんなが苦しむ。」

涼介は静かに答えた。


「そんなの……そんなの透さんのせいじゃないですよ!」

麻衣は泣きながら叫んだ。


涼介は黙って彼女を見つめ、わずかに微笑んだ。

「ありがとう。でも、これ以上誰かを傷つけたくないんだ。ーーさよなら。」


涼介は静かにドアを閉めた。


麻衣は何かを言おうとしたが、結局言葉にならず、ただ立ち尽くし、暫くすると踵を返して立ち去った。


荷物を背負い、涼介は工場の寮を後にした。


空は鈍色の雲に覆われ、月明かりすら見えない暗い夜だった。

街灯の下を通るたび、自分の影が長く伸びては消えていく。


涼介は立ち止まり、ふと工場での日々を振り返った。


静かに暮らしたいという願いとは裏腹に、彼の存在は周囲をかき乱し、麻衣や他の従業員たちとの人間関係を崩壊させてしまった。


「俺は、どこに行っても同じなんだ。」


握りしめた拳から力が抜け、彼の視線はぼんやりと遠くを見つめていた。


その瞬間、涼介の脳裏に過去の記憶がよみがえってきた。





折原透。本名、篠宮涼介しのみやりょうすけがその”力”に気づいたのは、9歳の誕生日を迎えた直後のことだ。


元々、誰にでも優しく接する少年だった。

その優しさがクラスメートたちに自然と好かれる理由だった。


だが、いつの頃からか、彼の周囲の様子が変わり始めた。

クラスの女子たちが彼を巡って言い争うようになり、男子たちは最初はからかい、そのうち嫉妬の眼差しを向け、最後は排斥するか距離を取るようになった。


特に顕著だったのは、同じクラスの二人の女子だった。

いつも涼介のそばにいたがる彼女たちは、次第に熾烈な競争を繰り広げるようになった。


「涼介くんと一緒に帰るのは私だから!」

「今日のお弁当は涼介くんのために作ったんだよ!」


彼はその状況に戸惑いながらも、最初はそれを子供同士の些細な喧嘩だと思っていた。


しかし、ある日、その争いが激化した。


放課後の教室で、涼介を巡る女子たちが取っ組み合いの喧嘩を始めたのだ。


机が倒れ、教室が騒然となる中、涼介はただ立ち尽くしていた。


その後、教師たちが駆けつけて喧嘩を止めたが、女子たちは口々に言った。


「だって涼介くんが悪いんだ!」

「涼介くんがみんなを好きって言うから…!」


彼はその言葉に愕然とした。

自分が何か言った覚えもないのに、彼女たちはそう信じ込んでいた。


12歳の時にはもはや学校内のみならず、家庭内にも居場所がなくなった涼介は、芸能プロダクションからのスカウトを受け、デビューを果たすとすぐに圧倒的な人気を得て芸能界の階段を上り詰める。


ーーそれが、彼の波乱の人生の幕開けだったーー。


過去の記憶を振り払った涼介はふと立ち止まった。

彼の足元には濡れた落ち葉が散らばり、冷たい夜風が肌を刺していた。


彼はそっと目を閉じ、当時の自分と、そして絶縁した両親と妹の姿を思い返した。


そして、自分の中に巣食う孤独を再び噛みしめるのだった。





退職した日の夕方、涼介は健斗から渡された携帯を使って、登録されている健斗に電話した。


本当はまた黙っていなくなるつもりだったが、健斗から「また黙っていなくなったらぶん殴るからな」と言われた一言が耳に残っていた。


長い放浪生活で身も心も疲れていた。

そんな中で再会した健斗に会って張り詰めた心が緩んだのもあったかもしれない。


健斗は涼介を自分がよく通うバーに誘った。

薄暗い店内で、二人は久しぶりに酒を酌み交わした。


「俺の工場に来いよ。また、仲間として迎えたい。」

健斗は真剣な表情で提案するが、涼介は首を横に振った。

「悪いけどそれはできない。迷惑をかけたくない。」


健斗はため息をついたが、もうそれ以上何も言わなかった。


その時、店の入り口から大勢の笑い声が聞こえてきた。

派手なスーツを着た男たちがぞろぞろと入ってくる。


その中心にいたのは、華やかなオーラをまとった青年だった。


「おっ、あの兄さん、いい顔してるじゃん。」


その青年、蓮と名乗る男が涼介に気づき、笑顔で声をかけた。


「あ、篠宮涼介じゃん!」

青年は涼介に向かって笑顔を向けながら歩み寄ってきた。

その姿に健斗は不思議そうな顔をした。


「お前、あいつ知り合いか?」

「いや、初めて見る顔だ。」


この蓮との出会いが、涼介を新たな道へと誘うきっかけとなる――。

この最後に出てくる「蓮」、実は前作「二人で輝くとき」にも出てたりします。

宜しければそちらも併せて読んでみて下さい。

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