替わる幽霊
やっと面白くなってきた。そう思ったのも一瞬だけだった。そうなるとあとは気持ちのリバウンド効果によって余計に荒涼とした景色が目の前に広がるばかりである。クラシックにはリバイバルが到来するまでもなく精通しておくべきである。あるいはオマージュすること自体を目的としたニュータイプとしてスタートを切るか。小説から映画、ゲームに至るまであらゆる作品は誕生から埋没後、長い時間をかけて消化された伝説がそこに蓄積しつづけていた。ここで語る伝説を素直に伝説として受け取れる環境には、それぞれ個人差はあれど必ず意地悪な時限が仕掛けてある点については留意しておくべきだろう。房のバナナをカツラに見立てて被る遊びだけが僕らの子供時代ではなかった……。
涙で枕を濡らした夜を数えるよりも有意義な時間の使い方なら星の数ほど散らばっていた。実際、探すまでもなく機会は転がっていて、歩きでもいいし自転車に乗ってもいい。もしも免許を取ったばかりなら事故にだけ気を付けて近所の名山の方角へ向かうべきだろう。古くから伝えられる神秘の多くはその土地の山によって集約されてきた。そこで買ったばかりの新車で山へと向かい、あなたは山道に駐車したのち神隠しに会うか会わないか確かめることこそ真にアカデミックな姿勢と呼べるだろう。するとあなたはもう何日も泣いていないことに気が付く。すでに涙を流すあの時間が恋しいほどで、落ち着いた心持ちを一度はわざと暗い方へ向かわせてみることだろう。しかし今のあなたにはそれができなくなっている。窓の外をみれば暗く、山道を通る他の車など早々お目にかかれるものではなかった。車のヘッドライトが前方を照らし、そこには逆行で顔の見えない一人の人間が歩いてくるのがみえた。あなたは恐怖のあまり急いで車を出しした。山を下りて一旦近くのコンビニへとコーヒーを買いに行き、戻った車の中で一人さっきみた人影について状況を整理しはじめた。そのとき僕が助手席に乗っていたらきっと「やっと面白くなってきた」。そう呟くに違いない。物語には意外な結末を望むけれど、現実ではちょっとした謎を仄めかされるだけでも昂るものなのだ。気づくと缶コーヒーを飲み終えていたあなたは外のゴミ箱に缶を捨て、僕の亡霊は置き去りのまま家に帰ってしまった。
謎は謎のまま数日が経過したある日の日が暮れたころ、あなたはマグカップを握りしめたまま、この間の出来事に対して今日一日があまりにも一瞬だったことに成す術もなく打ちのめされていた。寒い日が増えるにつれ、しっかりと厚着だけは洗っておいた自分がなぜかこの上なく腹立たしかった。すべきことはないはずなのに、たとえば休日は有意義に過ごさなくてはいけないような気がする。そういった本来ないはずの義務に追われると、段々と自分がただ習慣をこなしているだけの他人のように思えてくるのだった。何かから何かを守るために何かを演じている、何もはっきりとしない状況において、僕ははっきりと自己分裂を起こしたことに気づく。でもなってみれば所詮なっただけに過ぎないのである。それが妙に心躍る心地だった。僕は裸足で駆け出していったあなたを見送ったあとに、キッチンでマグカップを洗うのだった。