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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

アリの道

掲載日:2024/09/22

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。

 かの魯迅の「故郷」は国語で習った人も多いだろう。その最後の文章だ。

 希望に対する期待、祈りなどの解釈をされることが多いけれど、私は現在だと、これが違う意味のフレーズに思えてきている。

 作品そのものと切り離したうえで、この部分だけを見た場合、と前置いておくが。


 実際、多くの人が踏みしめた道は、生える草たちもなくなっていき、自然と土がむき出しになっていく。

 危難が待ち受けていると分かる場所からは、身を遠ざける。植物ながらの生きる知恵なのだろう。

 そのおかげで、私たち他の生命体は、何者かの気配を感じ取れる材料とできる。

 道を作るほど、頻繁に通る輩がいるのだ、と。

 そいつが目立つ形ならいいけど、うまいことカモフラージュされているなら、気づかないことも多いかもしれない。

 そして、知らないうちに道をつぶされることは、いつも使う誰かにとって面白いことじゃない……。

 僕の昔の話なんだけど、聞いてみないか?



 最初は車の故障かと思ったんだ。

 ある日の夜明け前に、消防車のサイレンらしきものを聞いて目を覚ました。

 緊急車両は、緊急の事態においてサイレンを鳴らさないわけにはいかない、と聞く。

 音量はおさえめではあったものの、確かに鼓膜を揺らしていたんだ。


 その音が、急に途絶えた。

 音が聞こえていたのは、かなり近場だったから、このあたりで誰かが救急車の用になることがあったのだろうか。

 そっと窓から、音のしたあたりを見やってみるのだけど、救急車の赤いランプをつけた車体は見当たらない。


 そして、もう一点。気になるのは音の消え方だ。

 サイレンを消しただけなら、車のエンジン音やタイヤのこすれる音など、車の存在相応の気配が残るはずなのに、それがない。

 瞬く間に取り戻された沈黙は、再び破られる様子を見せず、この場にうずくまり続けていた。


 救急車が、突然消えた。

 そのようにしか私には思えなかったよ。実際、家の人も聞いていたようだから、私の幻聴などでもないだろう。

 音のなくなったあたりは、ちょうど当時の私の通学路にもあたる。最後に救急車が足をとめたと思しき、アパート前の道路まで来てみたが、建物には別段おかしい様子もなし。

 入居者が搬送されたにしても、あの突然の気配の消失には結びつかない。

 救急車はどこへいなくなったのか……。


「あー、あんなとこに、ありんこがいる!」


 そう声をあげたのは、近くの横断歩道で信号待ちをしていた男子児童の何名か。

 赤信号が横断を許さず、さりとて通ることを許可された方角の車たちもほとんど通らない。

 その中で彼らは、その場でかがんで横断歩道を構成する縞模様。車道の分離線の延長線上にある一本へ、目を向けていた。


 彼らの言う通り、白線の上をアリがあるいている。

 しかし、その密度が以上だ。

 一列といわず、何列も。それこそ白線一本をまるまる埋め尽くさんとする勢いで、身を連ねているんだ。

 その列は横断歩道を通り抜け、分離線のところまで伸びている。よくよく見ると、私の立つアパート前の道路前の線にも、彼らは到達しようとしていた。

 先頭こそ、競い合うかのように波を打っているが、その押しつぶし具合は、ほぼインクのごとし。

 無事な部分など一切残さぬとばかり、彼らは私の前で線をたっぷり黒く塗り、それでも満足しない様子で、どんどんと先へ進んでいく。


 彼らがどのようなフェロモンにひかれ、こうして列をなすのかは分からない。

 けれども、彼らは私の前を横切ってなお、線を隠し続けていく。


 ――道だ。


 それを見た私の印象は、こうだった。

 人も車も、あえて意識するか、あるいはずさんな動かし方によってくらいしか、足を踏み入れないあの領域。

 それはアリたちにとっては、立派な道になっているんだ。

 よくよく見てみれば、彼らは白線よりもずれたアスファルト部分には、みじんもはみ出していない。

 彼らはきっちり、自分のテリトリーを把握して、守っているわけだ。

 軍隊を思わせる行進は何メートルも続き、ようやく尾っぽが途切れて、白線が再び顔を見せ始めたときには、彼らの先頭がずっと先へ進んでいる。

 妙なものを見たな……と、このときはそれで終わるつもりでいた。


 けれども、その日の放課後。くだんの横断歩道へ差し掛かったとき。

 赤信号で止められた私の前方、左から右へ爆走していく車が一台だけあった。

 相当急いでいたのだろう。かなたに聞こえていたエンジン音は、車体と一緒にたちまち大きくなってきたし、その運転も左右へ身体を振りぎみだ。

 速度が速くなると、ちょっとしたハンドル操作も車の動きに影響が出やすいというが、そのためだろうか?

 のんきに考えている間に、車は青信号に許されるまま、私の目前を通り過ぎるや、中央の分離線にタイヤを乗っけてしまう。

 今朝に、アリたちの闊歩していた、あの線の上にだ。


 次の瞬間。

 線に乗せた側のタイヤが、がくんと沈んだような気がした。

 パンクか? と思ったが、速度が緩む様子はない。かといって、音を立てて引きずる様子もない。

 車全体が、あっという間にアスファルトの下へ沈んで行ってしまったんだ。

 やわらかい砂に足を取られるまま、底へ引き込まれてしまったかのような、刹那のできごと。

 車そのものはおろか、音さえも消えたこの空間。

 先まで、勢いよく先を急ぐ車があったなどと、あれを見ていた人しか信じはしないだろう。


 アリたちが、無数に通って作った道。

 そこはアリ以外のものが通ろうとするのを、よしとしないときがあるのだろう。

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