メルティの修行
遥か昔人類は各種族で分かれていた。
エルフ族、ドワーフ族、獣人族、ノーマン族、その種族ごとにわかれ領土や文明を競い、世界の覇権を掛けた争いを繰り返していた、唯一の種族を除いて。その種族とは魔族だ。
他種族との大きな違いは人類共通の敵である魔物と意思疎通が可能であると言うことと、
生まれつき高い戦闘能力と強力な魔法を使えること、
そしてただ1人の王に絶対の忠誠を誓っていることだ。
そしてある時、魔王が宣言した
『全人類を統治下へ置く、抵抗したければ好きにするが良い、待っているのは鏖殺だ』
皮肉なことに種族の争いはさらに大きな戦禍に呑まれ、なくなったのだ。
魔族を除く種族は時を経て『人類』と呼ばれ、現在では種族名は各種族特有の容姿や文化など自らの特徴を表すだけのものとなっていた。
魔王軍は恐ろしく強い、元々種族的に優れている魔族が魔物を使役しながら行軍してくる様は地獄絵図と言っても過言ではない。それに対抗出来る戦闘力を持つ人類は多くない、大きな魔法はエルフしか扱うことができない上に種族数は最も少ない。長寿の為、出生率が低いのだ。ドワーフは武器や防具、魔道具を作るのには他の追随を許さないが戦闘は元来の性格より嫌っている。武器の扱いに最も長けているのは獣人族だが獣人族は統制を取るのが難しく大規模な戦争ではより統制の取れた動きをすることが重要なのだが、そういった軍事、策略などが得意なノーマンとは仲が悪かったため、更になす術がなかった。
そしてそれらを乗り越えた先に誕生した勇者パーティー人類の代表は4名で2人はノーマン族、1人はエルフ族、もう1人は獣人族だ。
ー『人類の歴史』著者:ベルクリウスより抜粋ー
メルちゃんこと『メルティ•プリティ』は三角の耳を頭部に生やし、肩口で切り揃えられたボブカットの獣人族だ。獣人族特有の琥珀色の瞳に縦長の鋭い瞳孔。口を開くと鋭い犬歯が見える。
その容姿は彼女が口を開かず、動かなければ一国の姫君そのものだろう、
彼女の髪は桃の花をイメージさせる美しい色をしており頭部の耳先にかけて毛の色は薄くなっていてそのグラデーションは自然の中に居ても可憐な花を彷彿とさせる。
そんな彼女の経歴は可憐とは程遠く城塞都市『王直属近衛騎士団』その団長を齢12にして勤めていた。当然この実績は異例である。この世界は15歳で成人となるが彼女が近衛騎士団団長に至るまでの活躍は10歳の頃より行われた。どんなに優れた戦士でも10歳の頃より実績を積んでいるものなどいない。彼女の職業は『武術家』彼女はこの世のあらゆる武術を使いこなす戦闘の天才だ。槍術、格闘術、弓術、剣術、彼女に扱えない武器はなく。戦闘力のみで言えば勇者を超えている。
ただ彼女はまだ12歳。幼い頃から鍛錬に明け暮れていたため発育はあまりよろしくない。
そのためどんな武具を一流に使える彼女でも武器は使えない。武器を使用するための身長が足りないのだ。鉄槌や槍は2メートルは超えるだろう大きさだ、彼女には大きすぎる。彼女のサイズに合わせた特注品を使えないことはないが戦場では効率が重要だ。武器は混戦の中ではいずれ切れ味も鈍るし、取り回しに工夫を強いられる。短剣や暗器は効率で考えれば確かに良いし、良い鍛治士に武器を頼めば良い。
だが彼女の性格より行き着いた結論は1つ。
ただ殴れば良い。一度拳を振るえば魔族の肉体は軋む音を響かせる。そして千切っては投げ、千切っては投げる。また武器を使えばその場からは真紅の血が咲き乱れる。そして彼女の名は畏怖と尊敬の念を込めて全世界へ轟くこととなった。『北方の勇者』と。
私は強かった、聖剣にこそ選ばれなかったものの、その他の技術で彼より強い自信もあった
実際はほんの少しだけ彼の方が強かったけど…。
それでも圧倒的な自分の才能に自信があった、幼い頃から1人だったから強くなるほか生きる道がなかったし、努力もした。今では魔王軍の幹部だって倒せるんだ。
でも私は決して慢心はしない。慢心が生んだ結果を知っているから。驕る人がどれほど浅ましいのか、その身を持って学んだから。魔王軍の構成は軍隊ではない、あくまでも強いやつ、頭のキレるやつが幹部、その他が幹部の直属、その部下と単純に分かれている。
全軍の指揮権は魔王が持っていると聞いた(あの女に見境のないクソ軍師にだが)魔王はまだ姿を見せていない。余裕を見せているのか、それとも奴自身に戦う力がないのか、それはわからないがそんな魔王軍の中でもかなり魔王に近い幹部を倒すことが出来た。これは近年稀に見る快挙だ。人類にはさらに希望が見えるし、魔王軍は流石に焦るだろう。向こうの指揮系統もかなり優秀だが、それゆえに今後は慎重に来る。時間ができたからもっと力をつけて備える。勇者とフリーダルが決めたことだ。間違いはない。私はただそれに従うのみ。10年もあれば私は間違いなく頂きへと辿り着けるだろう。
ーーーー8年後ーーーー
木々は薙ぎ倒され、あったはずの草原は更地へとなり辺りには焼けた木材や布、野営テントだったものが散在している。そのテントの中にあったであろう果実や干し肉、タンパク源や他栄養素も含んだ携帯食品や傷を癒すための回復薬は僅かな数を残して土を被っていた。
激しい戦闘の跡を物語る光景に見える人影
『……なぜだ、北方の勇者がなぜ1人でこんなところにいる!?』
『ん? 魔王軍の補給部隊でも叩いて置こうと思ってな。いやなに、この地区の補給部隊が丁度幹部が留守にしていると情報が入ってな。まぁ今の私なら殲滅作戦でもエルフに遅れはとらんさ、懐かしいなぁ……。アイツの魔法に巻き込まれないように必死で逃げてたよ。関係なく撃ってくるんだもんなぁ。』
戦争は兵糧が文字通り命取りになる、兵の士気にも関わるし、長い戦いでは物資補給の経路確保は当然必須となる。当然ここは重要な拠点の一つでもあるし、後方部隊でもある。
つまり『メルティ』は前線より更に奥のこの地まで1人で切り込み、攻め落としたのだ。
当然、魔王軍幹部が居ればメルティでもそんな無茶な事はしない。しかし、タイミングが良かった。魔王軍側からしたら最悪のタイミングであったのだが
『話が逸れたな、修行の仕上げとなってくれ、お前の冥土の土産に見せてやろう、と言ってもさっきも見せたけど……、まぁ細かいことはいい!!刮目せよ、これが私の頂だ!『ゲートオブ○ビ○ン』』
激しい土煙をあげ無数の雨のように斧や槍、剣が地面に突き刺さる。
メルティの叫び声と共に空間には無数の光の輪が顕在した、その光の輪より様々な形状をした武器が出てくる、いずれも一流鍛治士により仕上げられた一級品である。メルティはこの世に存在する武器は全て達人レベルに使いこなせる。しかし持ち運びを考えたら一つにするか、拳で戦うかを強いられる。この8年の修行で彼女は任意で自身の武器を、際限なく転送することが可能となった。槍であったり、剣であったり手のひらで持ち替えることも出来れば、それらを射出することも可能だ。瞬間的に武器を切り替えることが出来るため、相手側からしたらこれほど嫌な敵は居ないだろう、間合いが掴めないのだ、距離を取れば弓で、射撃しようとすれば槍で防がれる、間合いを詰めてもいつの間にか剣で切り伏せられている。また大量の武器をそのまま射出することで殲滅することも可能だ、矢より重量のある武器を防ぐのは難しい。彼女は8年の修行を経て自らの目指す戦闘方法をようやく確立できた。
桃色の髪を吹く風に触れさせながら、転がる林檎を手にとり服の手口で擦る。
綺麗になったと確認をしたあと白い犬歯を太陽に輝かせながら頬張る。
『早くみんなに逢いたいなぁ』
更新頻度遅くてすみません、次話で10年後、再会します。 視点は所々変わります、ベルクリウスはこの世界で有名な本の著者です、彼が過去の出来事を色々書いてくれてます。