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5. 騎士団のノエル

ノエルって誰だっけという方は、「水の都の魔法使い」1と11をご参照ください。

 ノエル・イーグルトンはイーグルトン伯爵家の長男である。時代が変わって落ちぶれていく貴族も多い中、その格式を保つイーグルトン家の人間だけあって、真面目で努力家、万事そつなくこなす優れた人物として有名だ。


 確かに彼は、高等学校を出た後、家柄に従って騎士団に入隊していた。さすがにフェリシアはそのことを知っていた、はずだった。アランが大丈夫かと尋ねてきた意味がようやく分かったが、もう遅い!


「仕事内容は大したことはない、明日の夜会でジュールという子爵を警護するだけだ。ジュール子爵は昨今、暗殺だなんだと恐れているようだが、狙われるほどの人物でもない。おおかた、騎士団と魔法師団に護衛を頼めるほど成功しているのだと、そう宣伝して回りたいだけだ」


 騎士団長は淡々と説明した。成金子爵への軽蔑が混じった言葉尻も、フェルの頭には一向に入ってこない。なるほど、と上の空な相槌が口から自分の出るのが、どこか遠い出来事のように聞こえてくる。


「明日の昼下がりに王宮から出る馬車に乗って、子爵を邸宅に迎えに行ってくれ。そのまま同行して夜会に出て、終わればまた送り届けて終了だ。夜会の間は隅に立っていればそれでいい」


 フェルがいやに緊張した顔をしているのを察したのか、騎士団長は怪訝な目でフェルを見上げた。フェルはぎこちなく微笑みを作って、慌てて頷いた。


「承知しました、サー」

「では明日頼むよ、ノエルも」


 頷くノエルの横でさっさと一度敬礼して、フェルは足早に騎士団長の部屋を後にした。かつかつ靴音を立てて魔法師団の演習場の方に戻りながら、胸元をぎゅっと掴んで荒く息をついた。


 冗談じゃない、今すぐこの任を降りたい。……しかし、魔法師団に入って最初に手を挙げた仕事なのだ。やはりやめますなんて気弱なことは言えない、言いたくない。


 すっと逸らされたノエルの目線を思い出す。


 さすがに心が乱れる。


 *


 フェリシアが婚約者を愛していたかといえば、別にそんなことはない。


 フェリシア・ラザフォードがノエル・イーグルトンと婚約したのは、両家の思惑からして当然のことだった。ラザフォード家は自分たちより格上のイーグルトン家と懇意にしており、当然政略結婚もと目論むのだが、女児がいなかった。そこで白羽の矢が立ったのが、ラザフォード家と取引の多い豪商のフリーマン家の末娘であるフェリシアだった。


 ノエルは家督の言うままに、フェリシアは、貴族の女主人になれば好きに魔法を勉強できるかもしれないという野心に従って、婚約が成立した。フェリシアが10歳でラザフォード家に養子に入ってから、二人はずっと婚約者だった。


 ノエルは魅力的な少年だったし、そのまま魅力的な青年になった。フェリシアはむしろ、傾倒しないように、いつも気をつけていた。自分はシンデレラになりたいわけではない。この政略結婚は、女である自分が辿ることができる、魔法使いになるための唯一の道筋なのだ、と。


 とはいえ素直に好きになってしまっても、何の不思議もなかったのだと思う。


「フェル、大丈夫? 晴れて初仕事を掴んだとは思えない顔してるけど……」


 翌朝、つまりはジュール子爵の警護の日の朝、食堂でこの世の終わりのような顔をしているフェルにトビーがおずおずと話しかけた。


 結局、トビーやハワードには、騎士団長の部屋に行く前にこの初仕事のことを話していたのだった。抜け駆けをしているというフェルの心配は彼らにはどこ吹く風だったようで、素直に応援してくれているようだ。


 フェルは苦笑し、皴が寄っていた眉間をほぐした。相変わらず食べ切れない朝食のプレートをじわりと遠ざける。


「大丈夫。少し、緊張してて」


 フェルなら何の問題もないよ、でも貴族の夜会なんてそれだけで肩凝るな、などとトビーが元気づけるような雑談をしてくれるので、多少は気持ちが楽になる。


 午前中の訓練に無心に打ち込み、少し早めに抜けて、指示通り夜会の警護の服装に着替える。昼下がり、王宮の馬車付き場に向かえば、例の男はすでにいる。


「ごきげんよう、フェリックス。今日はよろしく」


 改めて握手を求められ、ぎこちない微笑みで応じる。


 ああ、嫌だ。


 過去は切り捨てたはずなのに、どうして再び突きつけられるのか。こんなにも早く。


 大した会話もなく、子爵を迎える馬車に共に乗り込む。それにしてもこの元婚約者は、髪を染めて男装しているとはいえ、フェルの正体に全く気付かないようだ。そんなに興味がなかったんだな、と、改めてみじめな気持ちになる。


 なるべくノエルの方を見ないように、窓枠に肘をつき、揺れる馬車から町並みを眺める。


 ジュール子爵の邸宅は、フェリシアの実家であるフリーマン家から近い場所にあるようだ。だんだん景色が見慣れたものになってきて、つい、通りに家族の姿を探す。思えば実家は本当に居心地が良かった。魔法使いの野心など持たず、豪商の娘として慎ましく生きていれば、こんな目に遭わずに済んだのだろうか。


「フェリックスは……」


 馬車がもうじき止まるだろうという頃、ノエルが躊躇いがちに口を開いた。窓の外を眺めて思い出に現実逃避していたフェルは、鋼の無表情で振り向いた。


「……カロイェート師団には、今年入隊したんだったかな」


 小さく頷いて、フェルは努めて低い声で、通り一遍の回答をする。


「ええ、10月から」


 まじまじ見ると、記憶にあるノエルとは、なんだか雰囲気が変わっている。以前はもっと堂々としていたように思うが、なんだかいやに謙虚な感じだ。


「学校に行っていなかったとか。……ああ、変な意味ではなくて、すごいなと」


 フェルは男らしい動作で足を組み替えた。心を読んでやろうかとも思うが、別に、こいつの内面など見たくもない。


「孤児なんです。魔法師団は、給料が出るので」


 お前とは違う卑賎の者だよ、と、遠ざけるように目を細める。


 馬車が止まり、御者が扉を開けた。ジュール子爵の邸宅は、よくある王都のテラスハウスといった風情だ。王都暮らしをしていれば、近所の貴族はあらかた耳に入るものだが、少なくとも10歳までのフェリシアは知らなかった子爵である。


 執事が開けたドアからすぐに姿を現したのは、小柄な体にでっぷり脂肪を蓄えた、いかにも成金な男だった。上等そうな正装を窮屈そうに着こなし、フェルとノエルを見上げて自慢げに髭を撫でた。


「ごきげんよう、今日はよろしく頼みますよ」

「ごきげんよう、サー。私は魔法師団のフェリックスです。こちらは騎士団のノエル」


 騎士団長からの指示通り、あえてノエルのファミリーネームは伝えない。握手をしても、ジュール子爵はノエルが誰なのかぴんと来ないようだった。なるほど、イーグルトン伯爵家の嫡子を見分けられないとは、やはり社交界にまだ明るくない男なのだろう。


 ちらりとノエルの表情を見れば、無礼と見られても仕方ないジュール子爵の振舞いも、大して気にしていなさそうだ。単に、気にかけるほどの相手でもないということかもしれない。そもそも冷静に考えれば、騎士団では下っ端とはいえ、たかだか子爵の警護にノエルが駆り出されているのが不思議なものである。


 ジュール子爵の夫人とともに、四人で馬車に乗り込んで王宮に向かう。夫人はほぼ喋らず、一晩限りの護衛たちは子爵のつまらない話を延々と聞くことになった。


「ですから、サイラスが発展したのは私のおかげというようなものなんですねえ! この5年で20できた工場のうち、実に15が私の関係のものなのですから」


 微笑んでええとかなるほどとか相槌を打ち、恐らく内心別のことを考えているノエルの横で、フェルは眉根を寄せないように必死だった。


 ──あの箱庭で、魔石を奪う悪事を企んでいた怪盗ピーターが、忌々しく吐き捨てていた言葉。


 俺の故郷はサイラスだ、あんたらは工場をどんどん建てるくせに、工場の汚水は垂れ流しだ。ようやく上下水道の整備が始まったと思えば、蓋を開けりゃ悪質な工事業者が、形ばっかり変な工事をしただけだ。空気もずっと淀んだままで……俺の友人も親戚も、一体何人が、工場の汚染のせいで死んだと思う?


 こんなに早く、彼に報いるチャンスが来るとは!

怪盗ピーターのくだりについては、「水の都の魔法使い」の19話「時計台の戦い」をご参照ください。なお、ピーターもフェリシアたちと一緒に箱庭の外に出ているはずですが……

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