表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/37

4. 初仕事

 魔法師団の仕事には実のところ、上司の小間使いも含まれている。細かいもので言うと切れた煙草を買いに行ったり、判子を押すだけの書類の処理を手伝ったり、他の団体、つまり他の魔法師団や、陸軍の中の他部署への連絡を頼まれるなどである。


 雪山での演習から戻って数日、アドルフから言いつけられた書類運搬を終えてフェルが戻ってきたとき、時刻は既に19時を回っていた。あれ以来、体を温める魔法を遠慮なく使っているので、寒さはどうということはない。フェルは軽くノックしてからアドルフの執務室の扉を開ける。


「サー、マキナ師団への用事は済ませました」


 戻ってきたフェルをちらりと見上げて、アドルフは煙草の煙をふうと吹き出した。その煙たい空気に眉一つ動かさないのにももう慣れたフェルが、では今日はこれで、と先手を打って言いかけたとき、アドルフが煙草を灰皿に押し付けながら言った。


「フェル、お前、追加で仕事があるとしたらやるか」


 アドルフの気のない呼びかけの意味が、フェルにはすぐに分からなかった。


「どういうことですか」

「変わった依頼が来ている。騎士団から斡旋された仕事なんだが、どうも、王宮の夜会で騎士団と魔法師団一人ずつに警護を頼みたいとどこぞの貴族が言っているらしい。大方、金持ちの道楽みたいなものだ……大して重要人物でもない。魔法師団としては、新人にやらせるくらいがちょうどいい」


 アドルフの鷲のような目がきらりと光るのを、フェルは見逃さなかった。


「やります」


 考えるより前にそう言っていた。同期と比べてそもそものスタートラインが違うのは、ここ数か月で嫌と言うほど実感していることだ。学もコネもない自分が実力をつけていくためには、皆と同じ訓練をしているだけでは足りない。こんなふうに降って湧いた仕事なんて、望んでもないことだ。


「よし、分かった。詳しいことは騎士団長が説明してくれるそうだ。お前は明日の15時に騎士団長の部屋に行けばいい。場所は分かるか」

「分かります」


 馬鹿みたいに広い王宮だが、地図は大体頭に入れてある。しっかり調べておいたのが、こんなところで役に立つとは。


 アドルフの執務室を出て寮に向かう道すがら、トビーとハワードとすれ違う。何となく何も言い出せずに、フェルは黙って手を挙げるだけの挨拶をして通りすぎた。抜け駆けをしている、そういう気持ちはあるものの、そうでもしないと自分は前に進めないのだ。


 ふと、おや、という声に足を止める。


「フェル、久しぶりだね。元気にやってる?」


 そう気軽に声をかけてきたのは、王宮付き魔法使いのアランだった。くすんだ金髪に青い目、どこにでもいるような背格好の男だが、その服装は間違いなく、彼がこの国随一の魔法使いの一人であることを証明している。


 アランはちらりと周りを見回して、渡り廊下から見える東屋に下りていった。黙ってついて行ってから、フェルはやや緊張して挨拶を返した。


「アラン様、お声がけ頂いてありがとうございます」

「ああ、いいよそんな。ここなら別に誰も見てない」


 普通に考えれば、王宮付き魔法使い様ともあろう者が、魔法師団の一年目の若造と親しくしているなどおかしい。フェルが魔法師団に入隊することができたのは、ほぼアランの導きのおかげなのだが、当然フェルは誰にもそのことを言っていない。


「そういえばこっちに来て以来会ってなかったね。訓練に音を上げてなさそうでほっとしたよ」

「こんなにきついとは聞いてなかったぞ」

「はは、言わなくて良かった」

「聞いていないといえば、あの王子殿下は何なんだ。どうしてあいつが魔法師団にいる?」


 顔をしかめ、フェルは小声で詰問した。アランは少しだけ目を大きくして驚いたが、それは単にフェルがすっかり男らしい物言いになっているからかもしれない。彼はばつが悪そうに目を逸らし、


「あれはしょうがないよ、変にやる気を出されちゃって……しがない家庭教師としてはサポートする以外の選択肢がない」

「知ってたならどうして教えてくれなかったんだ」

「フェル逃げちゃうかもしれないと思って」

「……逃げはしないよ、心構えくらいしたかった」


 肩の力が抜けて、フェルはため息をついた。そうだ、別に事前に知っていたからといって、自分の行動に変化はなかった。今のところ、サミュエル王子殿下がフェルの正体に気づく様子はない。自分の正体をばらされるのでない限り、別に警戒する理由もない。


「カロイェート師団はどう? アドルフとはうまくやってる?」

「ぼちぼちだよ、いいように使われてる。ああ、ひとつ余分な仕事をもらった」

「仕事?」

「どこぞの貴族の夜会の警護だとか何とか。騎士団と一緒にやるらしい」


 ついさっき新しく掴んだ機会のことを思い出し、にやりとするフェルに、しかし、アランは顔をしかめた。雑事に舞い上がるな、とでも言われるのかとフェルは身構えたが、


「騎士団と? ……それ、大丈夫なの」


 返ってきたのは意外な指摘で、今度はフェルが顔をしかめた。


「別に大したことないだろ。貴族に顔が知れてるわけでもないんだ」


 魔法師団と同様、騎士団に貴族が多いのは事実だ。しかしフェリシア・ラザフォードがきちんと社交界に出ていたかというと、そんなことはない。出席した舞踏会なんて、結局あの最悪な五月の夜のものくらいだ。


 養子とはいえ、貴族の家の娘にしては全く褒められた行いではなかったが、今となっては過去の自分の出不精も役に立つ。


「まあ……頑張って。何か困ったことがあったら、こっそり声をかけてくれたらいい」


 歯切れの悪いことを言って、アランはすっと立ち上がった。ひらりと手を振る彼の背が視界から消えるのを待って、フェルも立ち上がって帰途についた。


 *


 騎士団の訓練場は魔法師団の演習場からそう遠くない場所にある。歴史で言えば騎士団の方が古く、建物にも中世の雰囲気が濃い。重そうな石レンガ造りの門をくぐり、守衛に用件を告げて、案内されるままに騎士団長の部屋に赴く。


「やあ、君がフェリックス・シモンズだね。アドルフから話は聞いているよ」


 騎士団長の男はいかにも貴族らしい雰囲気で、魔法師団への面目からか一応立って握手はしてくれたものの、何の家柄もない人間にはそれ以上の配慮をするつもりはないらしい。元居た椅子に再び姿勢よく座り、あとはフェルを見もせずに、机に散らばった書類を整えるなどする。


「少し待ってくれ。今回同行してもらう相方が、じき来るはずだ。仕事内容は揃ってから説明する」

「ええ、サー」


 沈黙は居心地が悪いが、たぶんこういう貴族は庶民のどんな雑談にもいい顔をしない。割り切って黙って待っていると、幸いなことにすぐ、かつかつと規則正しく早い足音が近づいてきた。手持無沙汰で部屋の入口を見たフェリックスは、急いでやってきた人物を見て目を見開いた。


 ブロンドに青い目、整った甘い顔立ちの青年。


 見間違えるはずがなかった。


 フェルと目が合った青年は、やや目を大きくして、それからすっと目線を下げた。それでフェルも正気に戻り、慌てて視線を騎士団長の方に戻した。隣に立つ青年の、覚えがありすぎる背丈の雰囲気を否が応にも意識してしまい、フェルは心臓がばくばく鳴るのをなんとかこらえた。


「遅くなりすみません」


 はっきりした、少し沈んだような声で青年が言った。少々の遅刻は気に留めない様子で頷いた騎士団長が、改めてフェルの方を見た。


「彼が今回一緒に仕事をしてもらう人間だ。ノエル、こちらが魔法師団のシモンズさんだよ」

「シモンズさん、はじめまして」


 青年はそう言って、微笑んで手を差し出した。さすがに引きつった微笑みしかできず、フェルはその手を握り返した。


「はじめまして、フェリックス・シモンズです」

「ノエル・イーグルトンです。これも何かの縁ですから、よろしく」


 フェリシア・ラザフォードという女のかつての婚約者は、確かめるように握手して、すっと手を解いて目線を落とした。鋼の意思で唇を引き結び、眩暈をこらえて、フェルは騎士団長に向き直った。

ついにノエルの再登場です!!

アランとフェルは魔法師団入隊前に仲良くなっています。そこの番外編もいつか書けたらいいのですが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ