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3. 訓練、訓練、また訓練

 フェルたちがカロイェート師団に入隊してから二か月ほどは、本当に、来る日も来る日も肉弾戦の訓練の日々だった。


 アドルフ曰く、魔法使いと名乗る人々はとかく肉弾戦を軽視しがちである。いかに優れた魔法使いでも、魔法を使うのには若干の時間がかかる。敵と肉薄した際にものを言うのは魔法ではなく、結局は、兵士全般に必要な接近戦の能力なのだと。


「俺、魔法学校の首席だったことを忘れそう」


 年が明けても一向に魔法の訓練をさせてもらえないので、ある日の訓練後、トビーがそう愚痴った。トビーと同じように演習場に仰向けに転がって疲れ果てながら、フェルは驚きの表情をトビーに向けた。


「首席だったの? トビー」

「そうだよ、地元じゃ神童と呼ばれたもんさ」


 ハワードが頷いているのを見ると事実らしい。ハワードも同じように疲れているだろうに、トビーやフェルのように転がりはしないところに、貴族らしい矜持が見える。


「悔しいけど、トビーはすごいよ。僕なんかは学校に入る前から家庭教師がいたのに、トビーにはどうしても敵わない」

「まあそれを言うならフェルの方がすごいけどね! 独学で師団に入る奴なんて聞いたことないや」


 ハワードに素直に褒められたので、トビーは照れたようにひょいっと起き上がった。


 二か月過ごしてみて分かったが、確かに、トビーとハワードはいいコンビだ。元の身分の差はあっても、お互いの長所を認め合って切磋琢磨する雰囲気がある。


 学校に通えていたら、自分にもそういう存在ができたのだろうか。無意識にため息をつきながら、フェルは地面に転がったままで、こっそりじわじわ回復魔法を使う。


「あ、フェルが魔法を使ってる! アドルフさんに言いつけてやろ!」

「訓練じゃないからいいだろ」


 フェルは雑に返事をして目を閉じた。


 最初こそ、いつ女だとばれるのかとどぎまぎしながら過ごしたが、どうも思った以上にごまかせている。男らしい言動も板についてきて、つい数か月前までは一応貴族の令嬢をしていたことも忘れそうになる。


 今日の疲れを回復しきったフェルがむくりと起き上がり、さあ寮に戻るかとみなぞろぞろ立ち上がったところ、サムと一緒にアドルフが歩み寄ってきた。


「明日から数日、雪山での訓練だ。馬に乗るから選んでおけ、サムが案内してくれる」


 それだけ言ってアドルフが去るので、トビーは半目になって腕を組み、サムに向かってふんと鼻を鳴らした。


「王子殿下の馬を貸してくれるってわけ?」

「そうじゃないよ、たまたま空いてる馬がたくさんいる話をしただけだ。ほらこっち」


 むっとしながら言い返すサムだが、どこかまんざらでない様子。アドルフから雑用を言い渡されるような関係になったことに進歩を感じているらしい。王子殿下としてちやほやされることに慣れ切っていた頃からすれば本当に見違えるような成長だ、と、フェルも内心微笑ましい。


 王宮の馬付き場の外れの方に確かに馬がいくらか余っていて、まず選んでしまったのは同期のザカリーだった。じゃあこれでとさっさと行ってしまうザカリーを見て、トビーが舌を出す。


「ザックって本当にちゃっかりしてるよね! 俺もさっさと選んじゃおう」


 トビーもハワードもほどなく決めて、さっさと寮に戻っていった。


 サムが見守ってくれているのが申し訳ないが、フェルには馬の良し悪しが分からない。馬には乗れた方がいいとはアランも言っていたが、乗馬の練習をするような余裕は夏にはなかった。暗くなってきて雪の舞う空を見上げて震え、早く決めねばとまた馬を見比べる。


「フェルは馬には乗れる?」


 なかなか決められないフェルに、サムが声をかけた。気まずく肩をすくめ、えいやと手近な馬に決めようとするのを、サムが止める。


「あまり慣れてないなら、たぶんこの子の方がいいよ。速くはなさそうだけど、大人しそうだ」

「……どうも」


 手綱に自分が選んだと分かる印をつけ、サムと一緒に寮に戻る。


 サムと二人きりになるのは妙に緊張する。別に、フェリシア・ラザフォードだった頃にこの王子殿下と直接会話する機会などなかった。この二か月も何ともなく過ごせたわけで、今更彼が何かにぴんと来るということはないはずだと分かってはいるのだが。


 翌日の早朝、馬付き場に集合した面々は、各自選んだ馬にすぐさま乗らされた。令嬢がのんびり歩く程度ならいざ知らず、野山を駆けるような乗り方は練習していない。緊張するフェルの前に、優雅に馬に乗ったサムがやってきて、微笑んで首を傾げる。


「訓練でならいいんだろ、その、心を読む魔法を使っても。俺を見てていいからさ」


 フェルは肩をすくめた。心を読む魔法のことは、トビーとハワードがすぐ広めたので、今や師団の誰もが知っている。気味悪く思う人もいれば、早速やり方を聞いてくる人もいた。アドルフ曰くは、西の方で古くに見られた伝統的な魔法が元らしい。特に禁止もされないので色々な人にやり方を教えてみたものの、どうも、コツをつかめるかは人によるようだ。


 フェルが恐れていたのは王子殿下に気づかれることだけだった。しかしよく考えれば、あの『水の都』の箱庭で、自分の読心魔法を彼の前で披露したことはない。アランがひけらかすこともなかったのなら、あの『水の都』のルカが読心魔法を使えたことを、サムはそもそも知らないはずだ。──知っていたら、さすがに気を悪くするのではと思う。


 それにしても、王子殿下ともあろう人が、自分の心を読まれるのにこうオープンなのも不思議なものである。あれこれ悩む暇もないので、フェルは大人しくサムの心を読ませてもらった。アドルフと木刀試合をした時のように、サムがどこに力を入れ、何に注意して馬をさばいているのかを読み取る。


「さあ行くぞ、もたもたするなよ」


 アドルフの声に続いて、カロイェート師団のメンバーが次々と馬を走らせる。


 今回招集されているのは新人を含む若手たちだけで、師団全体からするとごく一部のメンバーだった。一行は王宮の裏をぐるりと回り、深い森の方に進む。しばらく行けば小高い丘へと出る。


 王都の市街地まで雪が降り積もるようなことはそう多くないが、少し標高が上がると雪が積もる場所が目立ってくる。ただでさえ慣れない馬、しかも雪道となると、フェルはいっぱいいっぱいである。そもそも走っている間は誰の目も見ることができないので、心を読むどころではない。


「フェル大丈夫? 難しかったら、俺と一緒にゆっくり行こうか」


 小休憩の時にそう優しく声をかけてくれたのは、やはりサムだった。フェルは小さく首を振って、大丈夫だ、と言いながら荒く息をついた。気づけば前の集団から離れてしまっている。


「馬ってやつは、結構大変なんだな」


 どうやら自分を気遣ってペースを落としてくれていたらしいサムに、フェルは正直に言った。前の方でも、恐らくトビーが苦戦しているだろうことが伺える。同じく苦戦しているらしいトビーの姿に少しほっとして、弱音が出てしまった。


「フェルはあまり乗ったことがないんだよね」

「ないよ。庶民の子なんだ、そんな経験はない」


 正確には嘘だが、フェルは言い切った。手綱を手繰り、再び馬を走らせる。


 その後も、若干の休憩を挟みながら、師団の一行はずんずん丘を登っていく。どんどん雪が深くなるので、転倒だけはしないようにと、速さよりも慎重さを大事にしてフェルも着実に進む。


 先頭のアドルフが止まったのは少し開けた場所だった。雪が積もって地面は全く見えないが、広さとしては魔法師団の演習場くらい、木がない空き地が広がっているようだ。最後尾のフェルが合流したのを確認して、おもむろにアドルフは言った。


「今日はここで野営するぞ」


 フェルは耳を疑った。多分、他の新人たちも。


 そこはただの平原である。少なくとも自分たちは、食糧や水分や寝袋のようなものは持っていても、テントの類は何もない。新人たちの怪訝な表情は予想通りだというように、アドルフは岩のような顔のまま口の端を上げた。


「魔法で各自バラックを建てろ。設計図はここにあるから、できる者から先にやれ」


 アドルフが馬を降りて、絨毯に描かれた魔法陣を広げるので、新人たちも集まってきてじっと眺めた。


 それは学校ではまず習わないような魔法陣だった。


 魔法陣とは、要するに回路である。紫の月から降り注ぐ『光』は、特定の回路をたどると特定の効果を発揮する。この設計には精密さが要求されるのだが、水を動かすとか、風を起こすとか、熱を生じさせて調理に使うとか、そういう生活に直結するものは、人々の生活レベルで非常になじみのあるものだ。


 二重円とその内側の円に接する六芒星、これが魔法陣を魔法陣たらしめる基本図形だ。ここに色々な基礎的な要素を足したり組み合わせたりしていくことで、意図した効果を設計することになる。世にある魔法の多くはもう千年以上前に発見されたものだが、新しく開発されるものもある。


 魔法学校で習うのは、基本的にはすでにある魔法陣のみだ。だがいま示されたのは、木や石や色々な要素が組み合わされているのは分かるが、いやに具体的で──即物的だ。


「遠征の時にはこれを基本として随時バラックを建てることになる。こういうのは下っ端の仕事だから、今のうちにできるようになっておけ。まあ、今できなければ、今夜は野宿することになるんだがな」

「こんなの一発でできるんですか? というかそもそも、魔法を使っていいんですか!」


 何しろフェルを含め誰も、まだ例の木刀試合でアドルフにちゃんと勝った者はいないのだ。トビーがむっとした顔で尋ねるのを、アドルフは鼻で笑って受け止めた。


「今日は特別だ、というか、お前ら本当に俺に勝たないと魔法が使えないと思っていたのか? 本気でそんなことを言っていたら、死ぬまで魔法は使えないぞ」

「そんなあ、真面目にやってきたのに!」


 情けない声を上げるトビーをよそに、空き地の中央やや風下の方で、早速淡い紫色の光の柱が立ち上がった。見ればザカリーが、どうやらバラックの魔法を成功させている。一人分の寝袋がちょうどすっぽり入るくらいの狭いものだが、寝泊まりには問題なさそうだ。アドルフがぐるりと見分して、頷いてザカリーの肩を叩いた。


「合格だ、ザック。全員ができるまで中の設営でもしておけ」


 ザカリーはにやりと笑んで頷き、憐れそうな目で他の新人をちらりと見回し、すぐに自分が建てたバラックに入ってしまった。トビーとハワードが顔を見合わせ、


「ほんと、ザックってちゃっかりしてる!」


 と肩をすくめて、自分たちの設営場所を決めに行った。


 寒さにぶるりと身震いし、フェルも、雪を踏みながら空き地を歩いた。寒さを考えるならできるだけ風下に作る方がましな気がする。結局ザカリーの小屋の隣に場所を決め、深呼吸して、懐から取り出した杖をかざして集中する。


 そんなに難しい図形ではない。全体としては初めて見るが、成り立ちは理解できる。寒さで震えそうになる手を正確に動かして、用意された呪文を正確に唱える。淡い紫の魔法陣が浮かび上がって、それが消えた頃にはもう、我ながら上出来なバラックが組み上がっている。


「フェルもできたか」


 いつの間にか近くで見ていたアドルフが言うので、フェルは頷いて彼を見上げた。労うようにフェルの肩を叩き、アドルフは鷲のような目を少し細めた。


「少し休め。これからは魔法は好きに使えばいい、壁があっても雪山は冷える」


 そのように言われて初めて、ああ、体や空間を温かくする魔法があったな、とフェルは思い出した。さっさと去るアドルフの背に会釈して、自分が建てたバラックの扉を開けて中に入り、早速、淡い灯りを魔法で灯して天井に投げた──なんだか懐かしくすら感じる、その実に簡単な魔法を。

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