第1話 私で良いのか? 後編
1度大きく深呼吸をする。
これから先は一部の関係者しか知らない。
サリーの父親も詳しくは知らない事だ。
「私の幽閉生活は3年に及んだ。
それは地獄の様な日々だったよ」
「...3年も」
「そうだよ」
思い出すだけで、胸が苦しくなる記憶。
幽閉生活の間、私は看守を始め、全ての人間から無視された。
薄暗い建物の中、独りぼっちの生活。
1日2回差し入れされる食事と、3日に1度身体を拭くための湯と着替え。
それまでの生活が一変したのだ。
『次期公爵は貴方だ、父を名乗る男は公爵家を継ぐ資格等無い、兄のハロルドにも』周りからそう言われ、私を大切に扱っていた。
しかし、全てが嘘だった。
王都で私達は捕えられ、1年後、祖母達の罪状を書面で知った。
ハミルトン領地で私を可愛がってくれた男が本当の父親、今まで父と思っていた人は他人、兄上が本当の後継者。
それは私の存在意義を根底から覆すに充分、八歳だったの私には余りに辛い現実だった。
「...そうだったんですか」
一通りの話が終わり、サリーはうつ向いた。
ショックだろう、愛した人が罪人の血をひいていたなんて。
「だから、サリーは私の事なんか...」
「まだ話は終わりじゃないですよね」
別れを言おうとするが、サリーは止める。
確かにまだ話は続きがある、しかし。
「言いましたよね、私は先生の全てを受け止めると」
「...分かった」
まだ納得しないサリーに続きを始めた。
祖母と本当の父の処刑を知ったのも、その頃だった。
1年前に処刑は終わっていたが、母が発狂した為、私への連絡が遅れていたのだろう。
その頃の私は完全に気持ちが折れていた。
『死にたい!』何度そう叫んだ事か。
しかし実際に死ぬ度胸はなく、ただそう叫ぶ事で周囲の興味を引こうとしていただけだった。
そんなある日、私の元に看守に縛られた1人の女性が来た。
伸び放題の髪、土気色の顔、薄暗い部屋で見た女の姿に恐怖を覚えた。
「...それって?」
「母だよ、発狂状態が少し治まったとかでね。
私に会わせようと考えたそうだ」
「なんて酷い」
言葉を失うサリー。
それは看守達の独断だった。
うるさい私を黙らす為だったのか、実際に母の症状が改善したからか、分からない。
現れた母は私を一目見て叫んだ。
『お前が!
お前さえ居なければ私はヒューズと!!』
『お母様なの?』
叫び声でようやく母と気づいた私に続けた。
『母と呼ぶな!!罪人の子が!!』
その後は覚えていない。
気づけば私はベッドに寝かされていた。
『私は罪人の子なんだ。だから見捨てられた...』
もう未練は無かった。
床に頭を打ち付け、髪を引きちぎり、喉が枯れるまで叫んだ。
早く死にたかった。
「先生!」
サリーがもう一度私を抱き締める。
震える彼女から伝わる嗚咽、私の為に泣いてくれているのか?
「...その数日後だ、ハロルド様が私の元に現れたのは」
もう名前を出しても良いだろう。
サリーは驚く様子もなく、一つ小さく頷いた。
「『殺してくれ』そう言った私に、『殺せない、お前は私の弟だから』...兄上は...」
涙が止まらなかった。
兄を言われるまま蔑み、自分が上だと思っていた昔の私。
それなのに、兄上は私を憎む事を言わず、受け入れた。
「だから私は...」
「ハロルド様と同じ医師の道に?」
「そうだよ、幽閉を解かれた私は必死で書物を読み漁り、医学校に入った。
監視の目なんか全く気にならなかった、初めて自分の意思で生きる事が出来たから」
新しい名前はヒューズ様が着けてくれた。
由来は分からなかったが、アランドは母が着けた名前だったので、捨てる事が出来ただけで充分だった。
「がむしゃらに勉強を重ねた。
なんとか医師になった私は少しでも人の為にと、医師不足に困っている町に行く事を決めた。
兄上もそんな私を応援してくれたのだ。
学費も全部みてくれて...」
「そうして先生は私の町に来たのね」
「そうだ」
これで本当に話は終わりだ。
あとはサリーに別れを告げよう、もう思い残す事は無い。
「...やっぱりアレックス先生で良かった」
「サリー?」
「だって、やっぱりアレックス先生は素晴らしい人と分かったから。私が尊敬する先生です」
「そんな事は無い...」
なぜ?私のどこか素晴らしいと思える?
「罪滅ぼしだけの為に。町の人を救っていたんですか?」
「それは...」
その筈だ、私の自己満足だけでやっていた。
単なる偽善だ、薄汚れた私には...
「先生はいつもそう。
自分は後回し、困った人を見れば絶対にほっとけない」
「だから...」
サリー、どうして君はそんな目で私を見る、真実に軽蔑しないのか?
「自分の為に生きて下さいなんて言いません。
でも、先生を必要とされる人の為に生きてみませんか?」
「私を...必要?」
そんな人が居るのか?
私のした事なんか、誰でも出来た筈だ。
「アレックス先生...私には貴方が必要です。
貴方の人生に私を、お願いします」
「サリー、君は何を...」
『ダメだ、サリーは優秀な医師なんだ。私なんかの為に人生をフイにしては』
...言葉が出なかった。
「愛してます先生」
「私もだサリー!!」
「先生!!」
激しくサリーを抱き締めた。
小柄な彼女の身体が私の中に埋まる。
こんな小さな身体で、ここまで君は!!
もう離さない!離してなるものか!!
ようやく手にした、本当に愛する人。
母の悪夢は霧散して行く、私はサリーを激しく抱き続けた。