第2話 どうしてこうなったの... 後編
お母様はハラウムに殴られ、顔を腫らし呻いている。
暴れたハラウムは屈強な衛兵に手足を縛られた後、馬車を降ろされ、鉄格子から括りつけられた縄に身体を巻かれ、地面を引き摺られていた。
私はアランドを抱き締め、好奇の目を向ける民衆から顔を隠す。
馬車は晒し者の私達を乗せてゆっくりと進む。
もう嫌だ、ハラウムがどうなろうと構わない、速く進んで!
「ひょっとして、ハミルトン公爵のミッシェル様?」
王都で友人だったミラー侯爵家の奥方、アンジェリーナが私に近づいて来るではないか。
慌てて顔を伏せた。
「一体この人達は何をなさったのですか?」
答える事の出来ない私。
アンジェリーナは衛兵に尋ねた。
「言えません」
衛兵の答えに安堵する。
「ではアランドちゃんだけでも出して頂けませんでしょうか」
「助けてアンジェ!僕を...」
アンジェリーナもう良いから!
泣き叫ぶアランドを押さえながら心で叫んだ。
「出来ません」
「どうしてです、アランドちゃんはヒューズ様のご子息でしょ?」
「...不義の子なのです」
「ああ!!」
衛兵の言葉に思わず叫んでしまう。
なぜ話してしまうの!
「あ~成る程...分かりました結構です」
「どうして?早く助けてよ!!」
納得したアンジェリーナがアランドの叫びを無視しながら離れて行く。
振り返った彼女の口角が上がっていた。
噂は忽ち王都を駆け巡るだろう。
貴族スキャンダルは大衆の大好物だから...
しばらくすると馬車は王宮の門を潜った。
ようやく好奇の目を向ける民衆から解放され、ホッとする。
鉄格子から降ろされた私達は王宮内の建物に連行された。
ここは何の建物?裁判所ではないし。
いきなり処刑される事は無いと思う、だけど不安で吐きそう。
「腕を」
「分かりました」
ロビーで身体検査をされ、腕を差し出す。
逃げない様に拘束するのだろう。
「嫌だ!!」
「アランド我慢して」
激しく身体を捻るアランドだけど、衛兵達は容赦が無い。
高位貴族と言えど、この王宮内で衛兵に逆らう事など不可能、例え女子供であっても。
「やだ!どうして縛らなくちゃいけないの?
僕は公爵だよ!
お母様!お婆様助けて!!」
「お願い...おとなしくして」
お母様は腫れ上がった顔を歪めるばかり。
もう気力すら失われたのだろう。
ボロボロに破れた服のハラウムに至っては、土にまみれ、表情すら分からない。
アランドも後ろ手に縛られてしまった。
余りに汚いハラウムは足を拭く場所に連れて行かれ水をぶっかけられた。
破れた服を脱ぎ、粗末な貫胴衣に着替えるハラウム。
擦り傷だらけの身体、私の心は痛まない。
お母様といつから懇ろだったの?
まさか最初の婚約をした頃からなの?
そう言えば、昔からハラウムはお母様に可愛がられていた気が...
しゃくりながら廊下歩くアランドに、穢らわしさを感じ始める。
私だって泣き叫びたい、アランドさえ居なければ、ヒューズの元に還れたかもしれないのに。
「止まれ」
衛兵が建物内の一際大きな扉の前で命じる。
いよいよ始まるのだ、私達の審判が。
「つれて参りました」
「入ってよし」
扉の向こうから声が聞こえる。
静かに開く扉、広大な室内に数名の人達が私達を待ち構えていた。
蔑む視線を向ける人々の中に、一際威厳溢れる一人の男性が目に飛び込んで来た。
あれは確か...
「...ハリス殿下」
第三王子にして、ヒューズの親友、ハリス殿下が私を睨む。
ヒューズと公爵家の邸宅で談笑していた殿下とは別人の様な表情だった。
「では査問会を始める」
「査問会?」
てっきり裁判と思っていた私達に希望の光が灯る。
まだ、疑いなのだ。
取り調べをうまく切り抜ける事が出来たなら、私だけでも助かるかもしれない。
「ハリス殿下!」
お母様が我先に殿下の足元にじり寄る。
髪を振り乱す様は狂人みたいだ。
「なんだ?」
「これはどういう事です?私達が一体何を?」
「そ、そうです私達はヒューズに嵌められ、窮状を訴える為に王都に参ったのですぞ」
ハラウムもお母様に声を合わせる。
見事な連携、私は完全に出遅れてしまった。
「ほう...嵌められたか」
「そうですわ、あの男は殿下に取り入る為に我が公爵家の地位を奪い、その権力を欲しいままにしたのです!
ああ!亡き夫に何とお詫びすれば良いの!」
「おいたわしや...奥方様」
余りの事に何も言えない。
酔いしれるお母様とハラウムだが、周りの人達から注がれる視線は明らかな侮蔑。
これは不味い、殿下や査問委員に通じる筈が無い。
「ミッシェル、貴様もそうなのか?」
「わ...私は」
ダメだ口が乾き、言葉が上手く出て来ない。
「ヒューズと暮らした日々は偽りだったと言うのか?」
「そうよね?
貴女は悪辣なアイツに騙されて」
「ああ、本当なら我が妻となって公爵家を今以上に繁栄させて...」
「貴様等には聞いておらん!」
「「ひ!」」
殿下の怒号が響き渡り、アランドがまた泣き出した。
アランドは殿下が苦手だったから。
「黙って聞いていりゃ、いい気になりやがって。
よくも我が友を貶してくれたな?」
「いや、そんなつもりは」
「黙れハラウム!
貴様の悪行は全て露見済みだ、禁じている人身売買で国外より若い女を連行し、商会で雇いやがって、ゲスが!!」
「なんですって!!」
お母様だけでなく、ハラウムは他にも女が居たの?
私は騙されて...ハラウムは私を想い独り身だと...
「全く、金と女でサライと言う奴を買収しやがって、道理でヒューズがハミルトン領で慕われねえ筈だ。
先にあの世に、旅立ったがな」
「サライが?」
「お前もだババア、前公爵様が各地を回っている時から悪評が有ったのは既に知る所だ!
下らない手紙を貴族共に送ってよ!」
「手紙?」
「昔の愛人だ、いや今も続いている者もいたな、全て名乗り出たが」
「お母様...嘘よね?」
お母様は項垂れ、ハラウムは口をパクパクしている。
つまりは真実なのか...
「おいハリス、貴様は口を少し慎め」
「父上」
扉が再び開き、中に入って来たのは国王陛下。
ハリス殿下より威厳に満ちた姿に圧倒される。
「まあ...言いたい事は全て言った様だな。
我が亡き友、ハミルトン公爵は何故、この様な姦婦に...」
お母様が姦婦?
そんな女から産まれた私は一体...
「下らぬ査問はここまでだ、サラとハラウムは後日処刑とする。
ハミルトン公爵家は廃絶。領地は近隣の者に割譲を」
「そんな!!」
「なんという事を!」
「連れて行け!」
「離せ!」
「陛下、今一度慈悲を!」
お母様とハラウムは衛兵達に引き摺られ部屋を出ていく。
私はそれどころでは無い。
ハミルトン公爵家が無くなってしまったら、一体何の為に今まで生きて来たの?
ヒューズだって...そうよ、ヒューズの苦労も消えてしまうじゃない!!
「陛下」
「何か?」
「ヒューズの為に何卒、新たな爵位を」
「...貴様はまだ」
「お願い致します、これでは父上も浮かばれません、ヒューズもです」
ハリス殿下の言葉を遮り、陛下に頭を下げた。
「私は爵位等いらない」
「ヒューズ?」
静かに呟きながら部屋に入ってきたヒューズ。
私とアランドを見ようともしない。
「ハミルトン公爵家の名声は地に落ちた、貴様等のせいでな。
私はこれ以上、前ハミルトン公爵の顔に泥を塗りたく無い」
ヒューズの言葉が私の心を抉る。
でもまだよ...
「アランドは、息子はどうなるのですか?」
「お前はなぜ、ハロルドの名前を...」
しまった!
「アランドは幽閉だ、処分は追って沙汰する」
陛下の言葉が...ごめんなさいアランド!
「離してよ!!」
「連れて行け」
「嫌だお母様!!助けろ!ヒューズ!」
「止めなさいアランド!」
まさかここでヒューズを呼び捨てるなんて、もうダメか。
「...日頃の教育、その賜物だな」
「違う...」
ヒューズは呆れながら扉の向こうに消えていくアランドを見つめた。
今さらハロルドの名前を言っても意味は無い。
「なあミッシェル」
「え?」
私の名を呼ぶヒューズ。
顔を上げると、懐かしい笑みを浮かべた彼がいた。
「お前は私を...愛していたか?」
「それは...」
何と言えば良いの?
陛下と殿下は静かに私達を見ていた。
「...質問を変えよう、ハロルドとアランド、お前はどっちを助けたい?」
何でこんな質問を?
そんな事決まっているじゃないか、これしか無い!
「ハロルドです!
あの子は私とヒューズの宝物、ひいては王国の宝ですから」
よし、これで切り抜ける事が出来た!
何とかハロルドの生母としての立場だけは...
「もういい、残念だ」
「は?」
今ヒューズは何を?
「ハロルドに何の危機があるのだ!?
今助けなければならないのはアランドだろ!
貴様はアランドを切り捨てたのだ!!」
「そんな!アランドは貴方の子で無いのに!」
「確かにそうだ、だが貴様の子だ!!
貴様はハロルドを切り捨てた様に、アランドも切り捨てたのだ!」
「酷い!」
そんな事言うなんて!!
「ハロルドから伝言だ、
『一度も愛してくれなくて感謝します、お陰で、貴女が死んでも悲しくありません...』以上だ」
「...ハロルドが?」
私を憎み、激しく嫌悪する息子の言葉。
死んでもって...私は死ぬの?
悲しくない?ハロルドは母である私が死んでも?そんなに憎まれていた?
もう良いわ...
「連れて行け、最後の日までアランドと同じ部屋に」
「アハ...ハハハハ....」
なんて事無いのよ!
だってこんな事ある筈無いもの。
そうよ、私は愛されているんだから!
全てが薔薇色に染まるの!
もう何も怖く無くなっていた。
やっぱりいつものエピローグ!