最終話 ハミルトン公爵家の人々 前編
私はナンシー。
6年前に王立学園を卒業し、現在は王都で小さい頃からの夢だった小説家で生計を立てている。
私が書くのは主にサルマン王国に伝わる昔話をベースにした物語。
恋愛物だったり、ファンタジーだったりとジャンルは問わない。
面白いと思ったネタを見つけたら、お話を広げて行く。
幸いな事に私の書いた作品は沢山の人達に読まれ、中には一部の人から熱い支持を得た作品もある。
今書き上げようとしているのも、その一つ。
[ハミルトン公爵家物語]
50年前、ハミルトン公爵家に起きた忌まわしい出来事を、身内の目から見た視線で書いた。
ノンフィクションの体で書いたが、少しばかり誇張があるのはご愛敬。
この作品はシリーズ化され、王国を始めとした世界中で読まれている。
[こうしてハミルトン公爵の意思を引き継いだハミルトン財団はヒューズ様から息子のアンドリュー様へと引き継がれて行ったのでした〈完〉]
「これでよし!」
ペンを置き、身体を大きく伸ばすと固まっていた全身が大きく軋む気がした。
「上がりましたか?」
「ええ、なんとか」
出版社の担当ミハエルが部屋に入って来た。
約束の締め切り日に間に合ったので、彼も笑顔。 良かった良かった。
「お疲れ様です先生」
「先生?」
原稿を渡す前に一言言わないと。
「どういたしまして。だけど、先生は止めて」
「ではナンシー先生ですか?」
違う!
「だから、ナンシーで良いわよ」
先生なんて呼ばれたら、お尻がむず痒くなる。
まだ私は26歳、ミハエルより一歳年下だ。
「でも流石です」
「何が?」
「色々な話を自由自在に書ける事がですよ、どうやって創作するんですか?」
「それか...」
ミハエルも一時は物書きを目指していたそうだから気になるんだね。
「私の場合、家族が世界中を回っていたから」
「世界中?」
「ええ、医療活動で」
「...そうでしたね」
私は母の両親と暮らした。
医療活動に忙しい両親は世界中を走り回る日々。
一人っ子だった私は祖父母から愛されてはいたが、外では余り遊ばず、主に本を家で読む日々だった。
両親と会えず寂しくなかったかと聞かれたら、正直寂しかった。
でも素晴らしい活動をしている事は分かっていたから我慢するしかなかった。
そんな私に両親は方々で買った沢山の書物を送ってくれた。
そして、両親の活動仲間は地方から戻ると私に色々な話を聞かせてくれた。
その地方に伝わる昔話だったり、教訓めいた寓話もあった。
それらが今の私を作ったのだ。
「この売り上げも?」
「ええ、ハミルトン財団に寄付して」
「分かりました」
本の儲けは殆ど財団に寄付している。
私が手にするのは、ほんの一部。
幸いにも気楽な独り身、お金は余り必要ない。
参考文献は出版社が用意するし、取材旅行も負担してくれる。
王都にある図書館にも私は顔が利く。
伯父様のお陰なんだけど。
「それで、先生...ナンシーはいつアレックス様の所に?」
「来月よ、ハロルド様と一緒に」
「そうですか、ハロルド様も」
ずっと忙しくてお父さんとお母さんに会えなかったから、三年振りになる。
本当に楽しみだ。
「喜ばれるでしょうね」
「だと良いけど、また早く結婚しろって急かされそう」
両親からの手紙は、恋人は?とか、結婚する気無いの?、そんな言葉が必ず入っている。
したいよ!恋人も欲しい!でも縁が無いの!!
従兄弟のアンナやレイラはとっくに結婚して、お母さんしてるのに...
「せめてお父さんに似てたらな」
思わず溜め息が出る。
お父さんは背も高く、凄く立派な顔立ちをしている。
残念ながら私は母に似て、小柄で童顔、茶色い髪と瞳。
昔からリスと揶揄われて来た。
「ナンシーは可愛いですよ」
「立派なお顔のミハエルに言われてもね」
彼は凄くモテる。
誘われて何度か出た出版社のパーティー、いつもミハエルは女性に囲まれ、私は壁の花。
...虚しい。
「本当ですよ」
「え?」
急に顔を近づけないで、蒼い瞳に吸い込まれそうだ。
「私がどうしてナンシーの担当を6年もしているか分かりませんか?」
「それは...私を発掘したから?」
王立学園に在学していた頃から、私は沢山の出版社に原稿の持ち込みをしていた。
ある出版社で私の原稿を読んでくれたのが、当時新人編集者だったミハエルだ。
「違います、貴女を取られたくなかったからです」
「はへ?」
真剣なミハエルに間抜けな声が出た。
こんな私だから今まで恋人が居なかったんだ。
「私は恋愛対象になりませんか?」
「ち、ちょっと待って」
いきなり過ぎるよ。
そりゃミハエルに恋心を抱かなかったかと聞かれたら嘘になる。
だからパーティーにも行ったし、取材旅行も一緒に行った。
でも彼は将来を有望視されてる編集者、私なんか...
「ナンシー」
「どうして私なんです?」
「何事にもひた向きな所、いつも家族を大切に考える所、そして何より素晴らしい才能を持っているからです」
「アウウ...」
褒めすぎだよ!!
「でも私は...ハミルトン家の」
「それは心配いりません、ハミルトン家の事を悪く言う人間はもう居ませんよ。
それはナンシーが一番ご存知でしょう」
「そうよね」
確かに私はハミルトン公爵家の事を本に書いた。
それは単に汚名返上の為じゃなく、ヒューズ様や、ハロルド伯父様、なによりお父さんを知って欲しかったからだ。
「私はナンシーと生きたいのです、貴女と共に人生を」
「...はい」
「ありがとうナンシー...」
ミハエルの口づけ。
まさか26歳になって初めてのファーストキッスが、ミハエルとなんて。
『お父さんお母さん、次会うときは親孝行出来そうです』




