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平穏な日常 3

「君はまだしっかりしてると思うよ。きちんと自分を見ているし。

でももう少し服のセンスというかバリエーションはあったほうが良いかな」


 そう言ってチラリと甘い匂いを漂わせる私を見る。


「社長命令で給料上げてくれたら考えます」

「これから頑張って給料相応の人材になろう新人君」

「ですよね」


 その使える人材になれる日は何時来るのかと、落ち込んだ事を

思い出してしまってちょっとだけうつむく。


「このままではただ意地悪な上司だな。出かけたついでに見よう」

「見るだけ?」

「君が気に入れば買えばい……、買ってあげるよ」

「やった」


 こちらがじっと見つめると軽いため息と共にそう言って笑った。


「その代わり出資した分は私にもリターンを要求する」

「なんですか?私に与えられるものと言えばこの身一つなんですけど」

「そこまで言わないよ。私にも口出しする権利を与えてもらうだけ」

「良いですよ。どうせ普段着を見せる相手なんてそんな居ないし」

「そういう腹づもりだから堕落して居られるんだね。ある意味大物だ」

「散髪屋には2ヶ月おきに行きます」

「そこはサロンと言いなさい」


 冗談ぽくでなく、わりかし真顔で言うので本気なんだろうな。

確かに周囲には美容にお金をかける子が多かったし、女子なのに

お金をかける場所を間違っていると言われたこともあった。


 あの時は何のことかさっぱり分からずに曖昧な返事をしたけど。


「そうそう。よくすれ違うオジサン社員さんはたまにニヤっと女子社員を

見てることがあって。けど、誰でもじゃないんです。私なんかお子様扱いで、

見てるのはプロ級メイクで体も綺麗な人。

やっぱり男の人って自分磨いてる女子のほうが良いんでしょうね…」


 今は少し分かる。身だしなみって大事。信用に関わる。

元から美人ならもっとラッキーだけどそこはどうしようもないので。

そこはもう努力しか無い、と。


 他に比べ格安の部屋代だけど食費やその他生活費で消える給料。

そこそこの化粧品を揃えて定期的な散髪に行くのがやっと。


「中々に情報量が多いんだがまずそのオジサンを詳しく教えてくれるかな。

ああ、明日会社に私宛のメールでいいから。今は聞きたくないから結構」

「私も見られたらいい女って事ですよね」

「まさか見られたいのか?」

「嫌ですよ?でも、女ですらないお子様扱いはなって」

「呆れた」

「女性におモテになって人生経験も豊富な人には分かりませんよね」

「どんな経験をしていても君との関係の指針にはならない」

「……、私も」


 元々疎かったのもあるけど青春はほぼ貧乏な家の為に費やしてしまい

初恋こそ経験しながらも甘い異性との経験なんて殆ど無かった。

同級生は殆どが中学生あたりで脱処女していたけど私は成人してから。

 それもつい最近の出来事だった。


「とにかく。週末の予定が大体決まったね」

「楽しみ」

「そろそろ寝たほうがいい。君は毎回慌てて起きて準備してるから」

「車乗せてくれたらもっと心に余裕が生まれるんだけどな」

「この部屋を出たら上司と部下。叔父と姪はその後で、恋人は最後。

そう約束したろ。新人が上司の車に乗ってくるなんてあり得ないよ」

「ちゃんと覚えてます。甘えて良いのはこの部屋の中だけ」

「後は休日」

「はい。私は新人のペーペーなので大人しく寝ます」

「素直なのは良いところ」


 自分の部屋に戻るとベッドに寝転ぶ。借りている空間は6畳ほど。

クローゼットあり。高層階なので窓からは綺麗な夜景が見える。

 けどそれを眺めるのは1日で飽きてずっとカーテン。

 

 アラームを設定して早めの就寝。寝付きが良いのが唯一の特技なのに

最近はつい考え事をして夜ふかしする。朝困ると分かってるのに。

 たまにしか顔を出さない実家のこと、私のこれからのこと、彼のこと。


 でも今日は強引にでも早く寝なくては。

 明日はもう少しだけ前進することを願って。




「聞いた?システム部の大田原さん突然異動になったんだって」

「聞いた。それも明らかな閑職」

「何か左遷されるような事してたっけ?」

「若くていい女限定で尻をジロジロ見てたのがバレたんじゃない?」

「あぁ」

「それだわ。これだけ社員が居てもやっぱり見てるのねぇ」


 そんな話を聞いたのは私が社長に件のオジサンの詳細メールを送った2日後。

実際女性に触れた訳でも私になにかしたわけでもない。ただそういう人間が居る

 という把握だけなのかと思ったらまさかさっさと異動させるとは考えなかった。


 そしてやっぱり社長なんだなと。当たり前な事だけど。


「飲み会?」

「3人だけなんですけど。高校からの友達と会おうってなって。

最初は部屋でって思ったんですけど他二人は実家で気を使うし。

うちは6畳で大家さんが神経質なタイプだから中々」

「わかる。妹大学生でアパート暮らしなんだけど。角部屋で1階の人でかけたからって

友達と部屋で飲み会して気づいたら近隣から苦情が出てて警察呼ばれたって」

「警察」


 周りが先輩ばかりで最初お昼休みは1人弁当だったけど、

前の席で2年先輩の女子社員が声をかけてくれてからは彼女と一緒に

テラスに行ってランチする。

 この春に異動してきたばかりでまだ友人が少ないらしい。

 

 お弁当を作る時間が無かったので大きなおにぎりを2個。

 気にせず食べていたらおかずを分けてくれた。


「相当騒いだんだろうね。酒が入ってたとはいえほんと馬鹿」

「流石にそこまで元気には行けないけど何処かいい場所ないですかね。

レンタルスペースっていうのを見たんですけどそこそこ値段するし」

「一昔前はラブホとかあったけどね。今はどうなんだろ」

「ラブホか。あ。一時期クラスで流行ってました。女子会プランがあるって」

「カラオケ行って散々歌って騒いでから家に行ってしんみり飲むのは?」

「それもいいですね」


 3人共にそれほど財政が裕福ではないから出来るだけ節約したい。

相談してまとめた案を幾つか送っておいた。

 

「私もまだそんな参加してないけど。この会社の交流会とか凄いよー。

会場は豪華ホテルだし綺麗だし食事も酒も美味しいし」

「楽しみです」

「そこで男女共に優良株を探すのよ。他の会社からも来るし」

「なるほど」

「受付嬢ちゃんと大学が一緒で仲良くて。彼女から聞いた話なんだけど。

そのゲストで来る各会社の秘書チームが毎回うちの社長口説こうとするんだけど

まだ誰一人として持ち帰られたことないから誰が落とすか密かに注目されてる」

「秘書チームですか。強そう」

「もちろん見た目だけじゃない。知的で一流大学卒。海外勢も居るとか。

ミスキャンパスの受付嬢とかも居るっていうし。ま、最初からあの社長を

捕りに行こうなんて思う女はそれくらい無いと無理だろうしねぇ」


 想像力が貧弱な私でも安々と想像できるとにかく美女のチーム。

社長本人はそんな視線を向けられていると知っているんだろうか。

カンが鋭い所があるから何かしら気づいていて敢えて行動していなさそう。

 オジサン社員の件はとても迅速だったけれど。


「男性で優良株ってどういう人ですか?やっぱりエリートさん?」

「外資系有りだから外国人も居る」

「わ」

「同じ会場に居ると言うだけで私達の隣に来るという意味ではないからね」

「ですよねー」


 そう簡単なシンデレラストーリーはありませんよね。

 2人で若干諦めの入った苦笑いをした。


 お米を一杯食べると眠いけど昼からもたるまずに動かないと。

私は今まだどういう人材なのか見られているのだから。


 例えエースにはなれなくても使えない烙印は押されたくない。



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