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夕暮れ原理主義者

作者: koumoto

 夕暮れこそが、この世でもっとも美しい時刻です。そうでしょう?

 殻の外は、暗夜です。私たちをようした点在する殻は、宇宙の暗闇に吹き消されそうな、脆弱な灯火ともしびです。ここまでは合ってますね。間違ってますか?

 殻は、内側に向けて幻を放射しています。老いぼれた形骸けいがいである地球の空を、模倣しているわけです。日が昇り、日が没して、夜のとばりがおりる。因習です。悪しき伝統主義と申せましょう。これならば、永遠の夜の方がまだしも正しかった。

 日常は、錯誤なんです。あなたたちは夢をみているにすぎない。そんな一日は、もう存在しないんです。なぜ嘘をつく? なぜ虚偽を広げる? こんな空じゃあ、鳥も飛べやしないのに。

 ないんだよ、青空なんて。ないんだよ、明朗な日常なんて。もう、この世のどこにも存在しないんだよ、そんなのは。

 天蓋のシステムを、私は修正しようとしただけです。現実のために。死は、覚悟の上です。人も殺してしまいましたしね。尊い犠牲なんて、そんな寝言はほざきませんよ。死は死です。あなたたちの空のような、薄汚い幻を付与したくない。私は失敗した。それは厳然たる事実です。

 殻は、醜い。私たちは、醜い。どこまでも堕ちてしまった。生き延びること以外に、目的を失ってしまった。誇りを自ら捨ててしまった。現実を見ないように、訓練されてしまった。過去の真似をして、過去にすがって、過去の夢に抱かれて死ぬ。それでどうなるんですか? 殻の外は、相変わらずの闇夜だというのに。

 だからこそ、夕暮れが必要なんですよ。日常の裂け目を覗かせる、淡い黄昏が。昔の詩人は、いいことを言いましたよ。「だから過剰になつた建築の影がひとびとのうしろがはに廻る夕べでなければ神はこころに忍びこまなかつた」。その夕べが、永遠につづくとしたら? だれもが神になれる。その意味があなたにわかりますか? 偽りの昼夜に覆われたあなたに。

 殻のシステムに手を出すのは、内乱罪により死刑。わかってますよ、そんなことは。でも、空を変えようとするのは、だれだって一度は憧れる夢ではないですか? この夢の尊さに関しては、私はつゆほども疑っていませんよ。いたって冷静ですよ、ええ。あなたの書類には、錯乱していると書かれるのでしょうけどね。それだってわかっています。私は絶望を受け入れています。的確な絶望は、浅薄な希望よりも人を慰めます。

 聖書にもありましたね。「くらきに坐する民は、おほいなる光を見る」。違う、違う、違うんだよ。絶望のような夜の暗さじゃない。黄昏なんだ。夕暮れの薄闇こそが、大いなる光をもたらすんだ。魂に眼を与える神聖な時刻だ。これほど尊い空の色があるだろうか? たとえ幻であっても、人間にはそれが必要なんです。私は殻ではなく、人間を守りたい。だから、いつまでもつづく夕暮れを天蓋にもたらすために、私は……。

 ちくしょう、俺は正気だ。だれよりも俺は正気なんだ。あなた、わかってますか? 殻を疑わず、殻に慣れて、空を変えようともしないあなたに。俺は正気なんだ、正気なんだ、この世界が狂っているんだ、夕暮れを注視しようともしないこの世界が……俺は見たんだ、あんたが想像もできないような凄まじい夕暮れを俺は見たんだ、だから、その空をみんなに見せたくて……死にたくない、死なんて怖くない、でも、空が……夕暮れが……


(記録はここで途切れている)

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