計算通り
留置施設から釈放された僕——セノンは、借りていたホテルの部屋に戻り、一眠りすると、ギルドへと向かった。
そのギルドは、僕が警察によって逮捕された場所であったため、ギルドの職員がセノンの顔を見てどのような反応をするかは心配だったが、すでに今回の「事件」の真相はギルドにも伝わっていたようで、むしろ僕は英雄視された。
「今まで最強勇者パーティーを影で支えてたのはセノンさんだったんですね!!」
と、若い女性職員は顔を紅潮させていた。
「いや、そんなことはないです。僕はただの雑用ですから」と謙遜しながらも、僕は決して悪い気はしなかった。
その女性職員は、
「どのギルドもセノンさんを欲しがってます!! まさに引く手数多ですね!!」
とも言っていた。
再就職の心配は一切なさそうだ。
もっとも、数年前までは大魔王ルシファーがいたため、世界の情勢は不安定であり、勇者パーティーの仕事がたくさんあったが、数年前に大魔王ルシファーが殺され、世界に平和が訪れた現在では、勇者パーティー自体がほとんど需要のない仕事である。
不本意ながら培った家事のスキルを活かし、のんびりスローライフを過ごすのも悪くはないかな、とも思う。
ちなみに、大魔王ルシファーを殺した勇者こそがアルマスであり、パーティーに入る前は、僕だってアルマスに憧れていた。実際にパーティーに入り、アルマスや他のメンバーの人柄を知ったときの僕のショックは計り知れなかった。
——すべては僕の計算通りであった。
グラナムは、パーティーの毒死は「事件」ではない、と言っていたものの、実際は「事件」だったのである。僕には、4人に対し、明確な殺意があった。
魚料理を研究していた僕は、一部の島国で食べられている「フーグー」という魚の存在を知り、この魚を使ってアルマスたちを「死なせる」ことを企てた。今から半年以上前の話である。
僕は、フーグーを大量に取り寄せ注文し、フーグーの調理方法を研究した。どの程度の厚さで切り、どの程度火を通し、どの調味料を合わせればフーグーの美味しさが際立つのか試行錯誤を繰り返した。
その結果、僕はフーグー料理を極めるに至り、パーティーをフーグー料理の虜にした。
パーティー全員の口癖が、「フーグーが食べたい」となり、僕はほぼ毎日彼らにフーグー料理を提供した。
こうして、パーティーの家に常時フーグーがあってもオカシくない状況を作り出し、なおかつ、自分がいなくなった場合、パーティーが真っ先にフーグーを口にするように「仕組んだ」のである。
パーティーの「がさつさ」を考えれば、彼らがフーグーをほぼ調理しないまま、そのまま食べることも計算通りである。そうすれば、フーグーの毒は容易に致死量を超える。
そういえば、グラナムは、パーティーの家は何者かに荒らされていた、と言っていた気がする。それはおそらく、荒らされたのではなく、荒らしたのだ。あのだらしのないパーティーは1日にして部屋を散らかすことが得意中の得意であった。
さて、この「殺人計画」を成功させる上で必要不可欠なことがもう1つあった。
それは、僕が、パーティーから追放されることである。
アルマスたちは僕を冷遇していたが、僕が家政夫としては優秀だったことと、僕がサンドバッグとしてもなぶり心地が良かったことから、決して僕を追放しようとしなかった。
これにはかなり頭を悩ませた。
自分から出て行ったのでは、そのタイミングで冷凍庫にフーグーが残っていることが意図的なものと見られかねない。そして何より、再就職活動のときの印象も悪くなりかねない。アルマスたちが酷い奴らであることを世間に知らしめ、「ざまぁ」な状況を作ることこそが、僕の株を上げるためには重要なのだ。
そこで、僕は、勇者の紋章を「しまう」ことを思いついた。
アルマスは生来のだらしなさから、「大事な物」と言いつつも、いつも勇者の紋章をどこかにほっぽらかしていた。
それを見るたびに僕はイライラし、アルマスに、勇者の紋章をどこか決まった場所にしまっておくように命じたが、聞く耳を持たなかった。
そのことに頭を悩ませている最中、僕は、勇者の紋章を勝手にしまい、その場所をアルマスたちに秘す、ということを思いついたのである。
僕が勇者の紋章をしまった場所は、家の戸棚の引き出しにある、小物入れの中である。
もしアルマスたちがこの家の物の定位置がどこであるかをしっかりと把握していれば、すぐに見つけられたはずだ。
しかし、そのことを彼らに期待するのは虚しく、アルマスたちは、「勇者の紋章が盗まれた!!」と騒ぎ出し、家で留守番をする機会が多かった僕を犯人扱いした。
そして、僕が勇者の紋章の置き場所をずっと黙っていたところ、アルマスたちはついに僕を追放した。
すべて僕の計算通りの展開であった。
そして、追放された翌日、僕が願った通り、アルマスたちは毒を抜かずにフーグーを調理し、毒死した。
これによって、僕が警察に逮捕されてしまうことも想定の範囲内であった。
もっとも、警察はすぐに「真相」に辿り着くはずだと確信していた。僕はアルマスたちに追放されて以降、念のため、わざとバーやらホテルのロビーやら、監視カメラのある場所に居続け、アリバイを作り続けていたし、いくら鈍感な警察といえども、僕がフーグーについて指摘しさえすれば、食中毒が発生したことに気付かないはずはなかった。
一点、想定外だったのは、ジュークが取り調べに同席したことであった。
「嘘発見器」のような役割をする悪魔が警察に協力しているなんて、僕はこのときまで全く知らなかった。
しかし、僕はアルマスたちに毒を盛って「殺した」わけではないし、勇者の紋章も「盗んだ」わけではなかったため、ジュークに一度も笑われることなく、取り調べを切り抜けることができた。
そういえば、1つだけ未だに心に引っ掛かっていることがある。
僕は取り調べのとき、1つだけ明確な嘘をついたのだ。
グラナムから、「君は勇者の紋章がどこにあるか知らないんだね?」と質問された僕は、「知らない」と回答したが、あれは真っ赤な嘘である。
僕は、勇者の紋章を盗んではいないが、しまってはいたため、それが引き出しの小物入れの中にあることを知っていた。
だから、僕は、てっきりジュークがケタケタと笑い出すものと思っていた。
しかし、ジュークは、黙ったままだったのである。
あれには救われたが、一体どういうことだったのだろうか。実は悪魔が嘘を嗅ぎ分ける能力など大したことないということだろうか。
——まあ、そんなことはどうでもよい。
僕は、ギルドに示されたパーティー名簿を見ながら、新たな人生の船出に胸を膨らませた。
次回、最終話です。




