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僕が君と遠距離恋愛を始める時のお話。

作者: 智恵理陀



「天国と交信して死者と会話が出来る装置が開発されたらしいんだ」

「そうなの? それはすごいわね」


 彼女が僕と話をするときは、いつも微笑みを浮かべてくれる。

 優しく、暖かな微笑みだ。

 昔から変わらず、その微笑みは今後もきっと変わらない。

 五歳の頃から、その微笑みが好きで。

 十二歳の頃には、その微笑みは大好きになって。

 十八歳になったつい最近は、その微笑みをすっかり愛していた。


「貴方ってそういう話が本当に好きよね」

「どうしてか昔からこの手の話には目がなくて。幽霊話なんかもそう」

「目がなくて、足のない存在を追いかけるというのは、中々面白いものね」


 くすくすと彼女は笑う。

 言われてみれば、確かに面白いというか。

 いいやなんとも、我ながら滑稽だというか。


「君は死者と話ができるなら、誰と話をしたい?」

「うーん……家族はみんなまだ生きてるし、亡くなった友人というのもいないし……。あっ、織田信長!」

「織田信長?」

「ええ、だって本能寺の変でも謎が残ったままだし、本当にあの時死んだのかなって。とても興味があるわ」

「君は歴史が本当に好きだよね」

「好きよ、大好き。どうしてか昔からこの手の話には目がなくて」


 僕が先ほど返した言葉を真似ての返答だ。

 どういう返しをしようか少し悩んだ。ここは何か僕も少し変化をつけた返しをしたいところだったが、真っ先に思いついたのは最悪な返しだ。

 彼女の胸を、一瞥して。

 ――目がなくて、胸のないというのも……ああ、これは駄目だな。確実に駄目なやつ。

 というわけで心の中でひっそりとこの返しは闇に葬るとしよう。成仏してくれ。


「三度の飯より好きかもしれないけれどいやしかし白米に勝るものはないわね。白米のほうが好きよ」

「話がご飯にすりかわってしまった……」


 彼女は可愛げにご飯を口へと運ぶ仕草をする。

 食べた後の表情も実にいいもので、最後に一緒に食事をしたのはもう半年ほど前であろうか。

 なんというか……美味しいものを食べた時の彼女の表情は、心の底から幸せを感じているかのような、一目で分かる幸福感は見ているだけでこちらも幸福を得られたものだった。

 君といると幸せを実感できる、それはとても貴重な事だと思う。


「でも天国と交信だなんて、世界は大丈夫なのかしら?」

「というと?」

「だってほら、それってつまり……天国が証明されたという事でしょう?」

「ああ、そうなるね」

「世の中が荒れるんじゃないかしら。天国を求めて旅立つ人も出てくるんじゃない?」

「……かもしれないね」


 これまでに天国があるかどうか分からなかったからこそ、この世に踏みとどまる人もいただろう。

 天国が証明された今、躊躇なく天国へと旅立つ人もおそらくいるはずだ。


「天国があるなら、地獄もあるのかしら?」

「地獄はないらしいよ。みんな死んだら同じ場所に行きつくんだとか」

「ええ? それじゃあ今まで大罪を犯して死刑になった人達は得じゃない」

「そうだね。おそらく死刑制度は撤廃されるだろう」


 これまで正義の鉄槌を下してきた方々にとってはさぞかしショッキングな事実となるだろう。

 悪を罰し、この世の中のためにと思ってやってきた事は、極悪人を心地よい世界へ旅立たせる特急列車の切符を切っていただけなのだから。


「装置が大々的に発表されれば死生観についても大きく変わる、良いか悪いかは……僕には分かりかねるけれど」


 死んでからのお楽しみ――そのお楽しみの部分を先に知らされてしまったら台無しだ。

 彼女は腕を組んで、眉間にしわを刻んだ。

 かかりの悪い車のエンジンのように唸っては、軽く空を仰ぐ。

 君と会う日の空は、いつだって雲は一つもなく清々しい。


「少なくとも、死の恐怖から人類は解放されたのね……」

「まだ大々的な発表はされていないから、その事実を多くの人類は知らないけどね」

「貴方はどうやってこの情報を得たの? これって歴史的大発見みたいなものじゃない。織田信長もびっくり」

「僕の父は科学者なんだ。父のノートパソコンから情報を拝借したから、君におすそ分け」

「とんでもないおすそ分けね。後で怒られないかしら」

「大丈夫だよ、怒られない。僕が保証する」

「それならよかった」


 彼女はほっと胸を撫で下ろし、安堵の表情というか――いつもながら変わらぬ微笑みを見せる。

 再び空を仰いでは、何かまた考えを巡らせている様子であった。

 彼女の言葉を待つとしよう。


「宗教面でも考え方が変わってくるわね」

「そうだね、地獄についての部分は修正が必要だ」

「貴方は、仏教徒?」

「一応はそう、かな。仏壇があるから両手を合わせる。仏教そのものを意識した事はあまりないけどね」


 毎日仏壇へ拝むわけでもない。

 神社への参拝だって何かしらお祭りがある時くらいだ。

 それでも、十字は切らないし一日に定期的な礼拝も行わないので、家柄的にも自分は確かに仏教徒で間違いない。

 そのような自覚はあまりないのだが。


「私もそう。両手を合わせるのなんかは、習慣的な動作として身に染みてるんだけど……仏教徒だからっていうのとは少し違うわね。もう少し宗教に関心を持ったほうがいいのかしら」

「いい機会だし、一度学んでみるのもいいかもね」

「よく学校の図書室に歴史人物の漫画本があったよね」

「あったね。でも絵ばかりに目がいってあまり内容は頭に入っていなかったけど」

「私は日本の歴史以外の本は大体そうだったかなあ、もうちょっとちゃんと読むべきだったかしら」

「別にいいんじゃないか。これからは歴史人物とも話ができるようになるんだから」

「あ~そうね。じゃあ片っ端から聞いてまわって私達が学んできた歴史と照らし合わせていきましょう」


 場合によっては、数々の間違いと修正に見舞われるのではなかろうか。

 年々歴史は実はこうだったといった報告が科学技術の発展により明らかになっている。歴史人物に直接聞けるとなれば、おそらく多くの真実が明らかになる。

 後は国外の歴史人物であれば先ず彼らの言語を話せなくちゃあならないね。

 今後、必ず歴史修正の機会は訪れる。

 長い時間をかけて、修正されていく。

 どれくらいの時間が掛かるかは分からないが、彼らであればいつまでも付き合ってくれるだろう。

 天国へと旅立った死者にとって、時間は重要な事じゃあないのだから。


「そういえば、天国に神様はいるのかしら」

「その辺は僕の得た情報には無かったな。天国があるのなら神様もいるのかもしれないけれど」


 天国に行ったら神様を探してみるのもいいかもしれない。

 天国がどれほどの広さなのかは分からないが、時間はたっぷりあるのだから、広さなど問題ではないだろう。


「貴方はすぐにでも天国に行きたい?」

「いいや。ゆっくりと生を全うしてから行くよ。いずれ辿り着くんだから、急がず焦らずにするさ」

「貴方らしいわね」

「君は?」

「私? 私は、うーん……私も貴方と同じ考えかな」

「そうなんだ」

「ええ、貴方と一緒に生を全うしようと思うわ」


 照れるように。

 彼女の微笑みは変化した。

 頬も、耳も少し赤い。その赤みが彼女の魅力をこれまた引き立てる。


「少し、歩こうか」

「そうしましょう」


 互いに、肩を並べて、行き先など考えもせずに足を前へと進めた。

 どこへ向かうのか、彼女は聞いてこない。

 聞かれたらむしろ困る。どこへ向かっているのか、自分でも分からないのだから。

 もし聞かれた時のために、歩きながらその答えを考えるとしよう。


「昔はよく一緒に散歩したよね」

「最近は全然だったね」

「最後に一緒に散歩したのはいつ頃だったかな」

「半年くらい前じゃない? ほら、一緒に食事した時の」

「ああ、あの時ね……」


 歩いていると、互いの指が何度か触れあった。

 最初は、少しだけ手を引いてしまったがしかし……彼女にそんな遠慮など見せる必要はあるのだろうか。

 僕は、次は自ら指を当てにいった。


「……」

「……」


 意識し合っている。

 僕達は相性がいいと思う。

 互いによく、何を考えているのかが分かるのだ。

 ――手をつなぎたい。

 そんな思考が脳内でただひたすらに、駆け巡っている。

 だからこそ、僕達は指を一本一本、確かに絡め合って、最後には握り合った。

 彼女のぬくもりを掌全体で感じる。

 きっとこれから、僕達の関係性は変わっていく。

 幼馴染から、友達へ。友達から友人へ。友人から――恋人へ。

 しかし障害はつきものだ。


「貴方は……高校を卒業したら、どうするの?」

「大学に進学するよ。ただ……」

「ただ?」

「県外でね、地元からは遠い」

「そう……」

「それでも――」


 僕は、勇気を振り絞る。

 今は振り絞るべき、そうだろう? 何が何でもこの心の中にある想いは伝えるべきだ。


「よかったら、僕と……恋人同士になってくれる? 遠距離恋愛になっちゃうけどさ」

「……くすっ」


 小さく笑った。

 それは承諾なのか、拒否なのか。

 僕のほうをゆっくりと見て、足を止める彼女の表情は……暖かな微笑みだった。


「私にとって、恋愛に距離は関係ないよ」

「そ、それじゃあ……!」

「貴方が私の彼氏で、私は貴方の彼女。織田信長もびっくり」

「ああ、びっくりだね」


 彼女と口づけを交わした。

 恋人になった途端にいきなりかよと、どこか意外そうに瞠目する彼女であったが、その双眸はゆっくりと閉じられて僕の口づけを受け入れた。

 ほんの数秒間の口づけは、きっと永遠の幸福をもたらす。

 この時間だけは永遠なのだ。


「そろそろ時間だ」

「次はいつ会えるの?」

「君に会いたいと思った時に。君が会いたいと思った時に」

「あら、それじゃあ近いうちに会えそうね」

「そうだね。それじゃあ、またね」


 彼女を途中まで見送った。

 十字路に差し掛かる、彼女とはここでお別れだ。

 僕は彼女の後姿が見えなくなるまで暫く見送った。



      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「――父さん、どれくらいの時間が経ったの?」

「二時間程度だ。お前にとってはそれほど時間の経過を感じなかっただろうが」


 ヘルメットのような装置を外し、両手についているグローブとそれに繋がっているケーブルを外した。

 首筋がひりひりする、装置の影響だ。

 椅子から立ち上がり、二時間も同じ姿勢であったために体はやや鈍い。

 父さんは、僕の肩を二度ほど軽く叩いて、装置に繋がれているパソコンへと視線を移した。


「あの子と会えたか?」

「会えた。元気そうだったよ」

「そうか……」


 薄暗い室内。


「いつか、彼女は……思い出すよね」

「ああ。それまでお前がついていてやればいい」

「そうする」


 父さんはそのまま作業に移行するようだ。

 邪魔をしないようにしよう。僕は部屋を出て、目はまだ陽光に慣れていないために刺激が強く、目を細めながらすぐ近くのバルコニーへ出た。

 静謐の漂う住宅街が広がっている。

 彼女の家は、目と鼻の先。

 それでも彼女と会う事は、すぐには叶わない。

 僕達の遠距離恋愛が始まった。

 その距離は、ものすごく近くて、ものすごく遠い。



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