第89話 裏切り
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幾度かの日程調整の末、【GR】『死者蘇生』の引き渡しが行われる事となった。
場所はとある地方の山麓にある洞窟内に決まった。
万が一攪王側が裏切った場合を想定し、周囲に被害が出ないように人や建物のない場所を指定した。
また、引き渡し現場ではこちらに危害を加えない事、『時間操作』は使用しない事が取り決められた。
洞穴内はやや薄暗く、中は自衛隊基地が入るくらいの広さだった。
探索士側の只野、美波、風祭、レイラが到着する。
遅れて攪王、アンネ、ミレイ、キッドがやって来た。
攪王が只野に向けて第一声を発する。
「『死者蘇生』を渡して貰おうか」
「ならば宣誓してくれ。『レイジ・リベリオン』は今日をもって解散するとな」
「この場にいる幹部三人の身の安全は保障してもらうぞ」
「もちろんだ。約束は守る」
攪王が幹部たちの顔を見て、こちらに向き直り、何か言葉を発しようとしたその時だった。
アンネとミレイが只野に襲いかかった。
アンネは黒のレースがついた傘で刺突攻撃を放ち、ミレイは大ぶりの曲刀で斬撃を放った。
咄嗟に風祭とレイラが反応し、只野を攻撃から守る。
予期せぬ事態に、只野が怒りを露わにする。
「どういう事だ攪王!? 交渉に応じるんじゃなかったのか!」
「私の指示ではない。アンネ、ミレイ。一体これはなんの真似だ?」
攪王の声にも少し驚きのニュアンスが含まれていた。
アンネとミレイは闘志満々の面構えで攪王に言い放った。
「あはは♪ だってボスはここではないどこかの世界に行ってしまうんでしょ? そんなの嫌だよ。絶対そんな真似はさせない♪」
「アンネのいう通りだぜ。あの『死者蘇生』ってカードを破壊しちまえば攪王はどこにも行かずに済むんだろう? だったらやるべき事は一つだ」
攪王は二人の身勝手な行動に静かな怒りを覚えたが、自分への忠誠心からくる行動だと考えると、処罰するのも躊躇われた。
風祭は二人を制御することが出来なかった攪王に怒りをぶつけた。
「交渉する気がないってんならこっちは撤退するぞ!」
「待て。条件は飲むと言ったはずだ」
「だったらその狂犬二人を早くなんとかしろ!」
「分かっている。アンネ、ミレイ。止めろ」
アンネとミレイは飢えた猛獣の様に今すぐにでもまた襲いかかってきそうな雰囲気だった。
「いくらボスの頼みでもそれは聞けないな♪ これは私達で決めた選択だからボスは邪魔しないで」
「おうよ。悪いがこちとら長生きする気なんざさらさら無いんでな。『レイジ・リベリオン』がなくなる時は私も死ぬ時さ」
二人の目は本気だった。
予期せぬ事態に困惑する探索士陣営。
レイラは攪王に提案した。
「あなたの力で二人を無力化してちょうだい。もちろん私達の安全も考慮して『時間操作』以外の方法を使ってね」
「それは無理だ。二人は私の大切な仲間だ。危害は加えられない」
「ならば二人をここから隔離してちょうだい。それくらいなら出来るでしょ」
「……分かった。『亜空間移動』で転送させよう」
そう言って攪王はアンネとミレイをどこかへと転送させた。
二人の姿が消失する。
――だが、そこから姿を消したのはこの二人だけではなかった。
「風祭とレイラまで消えたぞ!? どういう事だ! 貴様、二人をどこにやったんだ!」
「2対4になると私の身が危険に晒されるからな。バランスを取ってそちらも二人転送しておいた。安全な場所に移してあるから余計な心配はしなくてもいい」
この場にいるのは只野と美波、攪王とキッドだけとなった。
戦力としてはこちらが大きく劣る。
強攻策に出られた場合、為す術もないまま『死者蘇生』は奪われてしまうだろう。
だが、攪王はあっさりと交渉を再開した。
そればかりか『レイジ・リベリオン』の解散も宣言した。
「宣誓しよう。『レイジ・リベリオン』は今日この日を持って解散する。――これでいいのか?」
「あ、ああ。嘘偽りは無いだろうな」
「当然だ。私は目的さえ果たせればそれでいい。今更貴様を殺して『死者蘇生』を奪おうとは思わん」
その言葉は信じて良さそうだった。
今の攪王からは闘志や殺気を微塵も感じなかった。
まるで安寧を求める聖職者の様な雰囲気を纏っているように見えた。
「それではカードを渡してもらおうか」
「……分かった」
只野は自身が殺される可能性を想定し、カードを美波に預けておいた。
不測の事態が起これば美波に『瞬間移動』で撤退してもらう予定だった。
只野は美波からカードを受け取り、攪王の元に手渡した。
攪王は『死者蘇生』をまじまじと眺め、直ぐにスキルを習得した。
カードがキラキラと消失して光を放ち、攪王の元に光が吸い込まれていく。
「長い長い戦いだった。これで私の闘争に終止符が打たれた。我が娘、美波よ。父として何もしてやれず――すまなかったな」
攪王のその言葉に、美波は怒り狂って斬りかかった。
娘の怒りの一撃も父は右手であっさり受け止めた。
「ふざけるな! 世界中をめちゃくちゃにしやがって今更謝って済むと思うな。今の血にまみれたお前にお母さんに会う資格なんてない!」
美波の悲痛な叫びに、攪王は僅かに顔を曇らせた様に見えた。
左手で風魔法を放ち、彼女を遠くへ吹き飛ばす。
「私は自分の行ってきた行動になんら後悔の念を抱いてはいない。すべては世界への復讐と、再生のために必要だったのだ。これでこの悲しい世界は終わる。あとは好きに生きていくが良い美波よ。さらばだ」
攪王は最後にこちらを一瞥すると、何も言わずに消え去っていった。
どうやら『時間操作』で過去へと戻っていったのだろう。
辺りには静寂だけが残る。
只野はこの僅かなやり取りで、激しい疲労を感じていた。
どこかへ転送された風祭とレイラは大丈夫だろうか。中々ここに戻って来ないのが気がかりだった。
美波を連れて一度、拠点に戻ろうとした瞬間だった。
「只野! 危ないっ!」
「!!」
何者かがこちらに向かって斬りかかってきたのだ。
すんでのところで、剣戟を回避し、後方へと飛んで距離を取る。
只野を攻撃してきたのは、終始むっつりと口を噤んでいたキッドだった。
「……どういうつもりだキッド? 攪王との約定は忘れたのか?」
「ぷぷ、くくくくく。ふふふふふふ。きひ! きひひひひひひひひひひひ!!」
キッドは突如狂った様な哄笑を上げた。
童顔で女の様に端正な顔が、醜く歪む。
「その攪王はどこにいるんだよ? もう過去に戻ってこの世界には存在しないんだぜ? 『レイジ・リベリオン』を解散するだって? 馬鹿らしい! こんな面白い組織解体するなんてもったいねえよ。俺が引き継いでやるよ! なあに。黒いフードをかぶって自分が攪王だって言えば、バレずに騙せるだろ。誰も攪王の顔なんて知らねえんだからな! 俺が攪王になったら世界中を蹂躙してやるぜ? あいつのやり方はずっと温いと思ってたんだ。俺が世界中に真の悪意ってのをばら撒いてやるぜっ!!」
髪をかきあげ、裂けた口でゲラゲラ嗤うキッド。
狂気に彩られたその瞳、その表情は愉悦に満ちていた。
「どうやらすんなり終わらないようだな」
キッドの豹変ぶりにも動じず、美波は刀を握りしめた。
「ああ。こいつを抑えなければ世界に平和は訪れない。行くぞ美波!!」




