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第88話 最終交渉

 只野は緊張する手でスマホを耳に当てた。

 電話の相手は『レイジ・リベリオン』首領の攪王かくおうだ。


 美波が引き当てた【GR】『死者蘇生』を切り札に交渉を行う事になったのだ。

 傍らで風祭、レイラ、美波が只野を見守る。



 7度目のコールの後、攪王が電話に出た。

 

「要件を言え」

「只野一人だ。お前と話がしたい」

「貴様と話して私に何の利がある」

「お前の目的は美波から聞いた。目当てのカードを手に入れたから交渉がしたい」

「……なんだと」


 そこに来て、攪王の声音こわねが変わった。


「【GR】『死者蘇生』だ。これがお前の求めていたカードだろ」

「ほう。よくぞ私より先に引き当てたな。ガチャ屋只野よ」

「引いたのは俺じゃない。美波だ」

「……美波がそこにいるのか」

「どうだっていいだろ。どの道お前にはもう二度と会わせない。これ以上美波を苦しませるな」

「ふっ。まるで保護者気取りだな。まあ良い。貴様らの要望を言ってみろ」


 スピーカーモードで会話を聞いていた、風祭とレイラがこちらを見て頷く。


「こちらの条件はお前ら『レイジ・リベリオン』の解体だ。幹部といった主要メンバーには全員投降してもらう」

「調子に乗るな。貴様を殺して『死者蘇生』を奪っても良いのだぞ」

「そんな真似したら『死者蘇生』は破り捨てるぞ。いいのか? お前の望みを叶える最後のチャンスかも知れないのに」

「貴様がカードを破り捨てる前に時を止めて居所を探し当ててやる」

「残念ながらここを探し当てるのは不可能だ。お前も何億枚もスキルカードを見てきたんだから分かってるだろ。この世には特別なスキルがあるって事をな。ついでに言えば、俺を殺した瞬間に『死者蘇生』が使えなくなる呪いもかけてあるぜ。信じるか信じないかはお前の自由だ」



 カードが使えなくなる呪いなんてものは勿論存在しない。

 それに居場所を知っている探索士協会の畔上を脅しつければ、この場所はバレてしまう可能性があった。


 只野は口からでまかせでハッタリを述べたに過ぎない。

 だが、そのハッタリも効果を示したようだ。


「分かった。『レイジ・リベリオン』解散の条件は飲もう。ただし幹部の投降は認めん。私が過去に戻り、いなくなった後も安全を保障する事。これが条件だ」


 そこで一旦、スマホを耳から外し、風祭とレイラを見た。

 風祭は「そんな舐めた条件飲めるか。仲間たちの仇だぞ」と憤慨した。

 一方レイラは「仕方ないわ。落とし所としてはそんなところね」とボスの提案を受け入れた。

 睨み合う二人だったが、最終的に風祭が折れた。


「分かった。幹部の安全は保証しよう。ただしこれ以上罪を重ねないよう厳命してくれ」

「やってみよう。引き渡しはいつだ。どこでやる」

「……詳しい事はもう一度連絡をする。間違っても変な気は起こすなよ」

「それは貴様ら次第だ」



 電話を切ると、全身から嫌な汗がどっと流れた。

 想像以上に緊張していたらしい。

 レイラからハンカチを受け取り、汗を拭う。

 

 【GR】『死者蘇生』の受け渡し方法について議論が交された。

 敵が暴走する可能性も考慮し、最小限の人数で隔絶した空間で行う案に決まった。


 軍や警察、探索士が何人いようが、あの怪物ども相手ではいたずらに犠牲者を増やすだけである。

 そこで敵地には向こうと同じ人数である只野、美波、風祭、レイラの四人で行く事になった。

 只野は美波を連れて行く事に反対したが、美波自身が最後まで行く末を見届けたいと主張した。


 攪王の目的が過去に戻る事である以上、無茶な事はしないと考えてはいた。

 だが、あの凶暴な幹部たちがボスの言うことを聞き入れるのかが不安材料であった。







 ボスの招集に応じ、新たなアジトに幹部たちが集結していた。

 幹部は今やアンネ、ミレイ、キッドの3人だけとなり、増員もされてなかった。


 攪王が皆に向かって重々しく口を開いた。


「皆、ご苦労。今日集まってもらったのは他でもない。今後の活動について極めて重要な話があるからだ」

「なになに♪ 一体どんな話なのー?」

「――目的は達成された。私の意中のカードが手に入る事になった」

「えー! それはおめでとう♪ 攪王ずっと部屋にこもってガチャ引いてたから心配したんだよー」


 アンネが素っ頓狂な調子で拍手を送る。

 ミレイは攪王の言葉に違和感を感じ取った。


「手に入る事になった? 自分でガチャを引いたんじゃねえのか」

「ああ。意中のカードを引いたのは私ではなく只野一人だ」

「なぁるほどね。こんな時のためにガチャ屋を殺さず生かしておいたのか」


 キッドが浮かんだ疑問を口にする。


「まさか何の条件もなく無料でカードをくれるわけないよね。向こうは一体どんな条件を出してきたんだい?」

「『レイジ・リベリオン』の解散だ」


 

 攪王の予想外の言葉に幹部たちの表情が固まる。

 ミレイが椅子から立ち上がり、声を張り上げた。


「ふざけんな! あのカス共調子に乗り過ぎだろうがっ!」

「ミレイちゃん、ボスにそんな口聞いちゃ駄目でしょ♪ でもまーそんな無茶な話聞かされちゃ私も黙っていられないよ。攪王はどうするつもりなの♪」


 ミレイとアンネの反応にも攪王は涼しい顔だった。


「私は『レイジ・リベリオン』解散を受け入れた。無論、お前ら幹部の身の安全を保証した上でな」

「な、なに言ってんだよ!? それマジで言ってんのか攪王! こっちは今更安全なんか求めちゃいねえんだよ!」

「冗談だよねボス? まだS級探索士も皆殺しにしてないよ♪ 困ってる人や立場の弱い人のために今後もずっと闘っていこうよ♪」


 攪王は二人の嘆願も聞き入れず、表情をピクリとも変えぬまま言い放つ。


「私の目的は達成した。皆の協力には感謝している。市井しせいに紛れ民間人として生きていくか、引き続き革命家として修羅の道を進むのか。これから先どんな道を歩いて行くかはお前たちの自由だ」


 アンネとミレイは、実の親から捨てられた子供のように青ざめた表情へと変わった。

 キッドは相変わらず飄々とした態度で攪王に質問をする。


「ボスの目的って何だったんだい。それくらい聞かせてくれても良いだろう?」 

「……過去に戻り、妻を生き返らせる事だ。私は以降、その時代で暮らしていく。この現代に戻る事はない」

「ふうん。まあそれがボスの望みならいいんじゃない? こっちの二人のケアも忘れずにお願いね」



 アンネとミレイは虚ろな表情のまま、何もない中空を眺めていた。

 熱烈な攪王の信奉者であり、心の拠り所であった彼がいなくなる事を素直に受け入れる事が出来なかったのだ。

 攪王は二人にこれまでの活動を振り返り、感謝や労いの言葉をかけた。

 だが、アンネとミレイは茫然自失とした状態で、攪王の言葉は右から左に抜けていった。



 

 こうして事態は最終局面を迎える――。

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