第87話 二人の思い出
2時間ほど眠った只野は、眠りから覚め意識を取り戻した。
まだ半ば夢うつつの状態であり、美波が話しかけてもうわの空だった。
美波はレイラと風祭に席を外してもらう事にした。
「二人だけで話がしたい。少し時間をくれないか」
風祭は不測の事態が起こる可能性を考慮し難色を示したが、レイラに説得され二人は屋敷の外に出た。
只野は呆けた表情だったが、徐々に正常に戻り始めた。
二人きりになり、美波は少し緊張しながら只野に話しかける。
「こうして話すのも久しぶりだね」
「ん、ああ……」
「まだ頭がぼんやりしてるの?」
「少し……」
「そっか。――最近私たち会う機会も減ったよね」
「そうだな……」
「昔は毎日の様に顔を会わせていたってのにさ。只野の会社も大きくなったし、私も学校が忙しかったりしてさ、すれ違ってばかりだよね」
「うん……」
「昔は只野の車であちこち連れて行ってもらったね。探索士資格を取ったり、ラーメンを食べに行ったり、温泉に行ったり、モヒカンに武器や防具を作ってもらったり。ダンジョンにも二人でよく潜ったよね。只野最近じゃすっかり探索しなくなったでしょ。一緒にダンジョン行ったの半年くらい前だよ」
「……」
「ちゃんと鍛錬を続けないと夢のS級探索士になんていつまで経ってもなれないぞ。その点、私はちゃんと実績を積んでいるからこのままいくと世界最年少のS級探索士に昇格するのも夢じゃないね。それから――」
「……美波」
「え?」
「悩みがあるんだろう。言ってみろ」
「ど、どうして分かるの? 私まだ何も言ってない」
「そんな泣きそうな顔しながら女の子みたいなしゃべり方をされたらいつもと違う事くらい分かる。お前が一体どんな悩みを抱えているのかは分からない。ただとても困ってたり辛い事があるんだなって事はなんとなく分かる。だからさ。打ち明けてみろよ俺に」
美波は堪えてきた感情が爆発した。
堰を切ったように涙が頬を伝って止まらない。
美波はあまり泣かない子供だった。
自分に「泣くな」と躾けたのは父だった。
奇しくもその父の事で美波は10年ぶりの涙を流していた。
「助けて只野……。お願い」
「当たり前だ。俺はいつも美波に助けられてきた。今度は俺がお前を助ける番だよ」
只野が美波の頭を優しく撫でると、美波は只野の胸に飛び込んだ。
美波は涙や鼻水を流しながら、只野の胸で大いに泣いた。
只野はそんな子供の様な状態の美波を優しく抱きしめた。
美波は、自分の父が『レイジ・リベリオン』の攪王である事を告げた。
只野は一瞬ギョッと驚いたが、平静さを取り戻し、話の続きを促した。
美波は自分が知っている事を全て話した。
父が母をとても大切にしていた事。
その母が亡くなり、父が世界に絶望して失踪した事。
攪王となった父の狙いが亡き母を甦らせる事にある事。
そのカードを手に入れれば、攪王と交渉が行える事。
黙って聞いていた只野は「大変だったな。一人で抱え込んで辛かったな美波」と優しく労った。
二人は協議の末、まずはこの事実をレイラ、風祭、探索士協会にも打ち明ける事にした。
事実を打ち明けた後、今後の方針を巡って話し合いが持たれた。
結論としてはこちらも継続してガチャを引き続けるになった。
攪王を倒せるカードを引くか、攪王の目当てのカードを先に引き当て交渉する、これが探索士陣営の僅かな勝機だった。
探索士協会としては只野に攪王を倒せるカードを引いてもらいたいところだったが、それが簡単な事ではない事をレイラと風祭は身を持って体感していた。
レイラが美波の告白を聞いて持論を述べる。
「敵の首領の狙いが過去に戻って妻を生き返らせる事ならば、その願いを叶えてやるのが一番の解決策かもしれないわ」
風祭も同意する。
「俺もその意見に賛成だ。ボスが過去に戻って、いなくなってしまえば『レイジ・リベリオン』の幹部どもを駆逐するだけで済む。俺とレイラだけでも十分可能だろう」
レイラは改めて只野の方に向き直り、頭を下げる。
「お願い、只野。攪王が求めているカードを引き当てて。世界の平和のためにもあなたのガチャが必要なの」
レイラの言葉に美波が食ってかかる。
「また只野を廃人寸前まで追い込んだりしたら承知しないからな。もしそうなったらその時は私がお前たちを殺す」
美波の血気盛んな言葉に、只野は苦笑いした。
「ありがとよ美波。でもこれは『レイジ・リベリオン』のいない世界のためだから、俺は頑張るよ」
「安心して美波。あなたの情報で敵の狙いが分かったわ。前回みたいに短期決戦を挑まなくてもいいと分かったの。今度は適度に休憩を挟みながらガチャを回してもらうわ」
レイラの言葉に美波はムスっとして頬を膨らませた。
「どうかな。お前らは信用できん。私もこの謎空間に残ってやる。只野を守るのは私だ」
レイラと風祭は顔を見合わせ、溜め息をついた。
それから3ヶ月の時が経過した。
『スキルガチャダス』を回した回数は通算2億5000万回を超えていた。
GPが尽きると、探索士協会とロスチャイルド家からの援助で延々とガチャを回していた。
これまで【GR】が3枚出たが、攪王の『時間操作』に完全に対抗出来るスキルではなかった。
そのうちの一枚は僅かに可能性は感じさせるが、発動条件が難しく、使うとなると厳しい賭けになりそうだった。
美波はレイラと風祭から稽古をつけてもらい、着実に実力を上げていった。
その才能に風祭が舌を巻いた。
「末恐ろしいな。刀一本でそこまでやれるとはとんでもない嬢ちゃんだぜ。このままいけば勘解由小路を超える達人になりそうだ」
「あと10年以内に風祭も抜く予定」
「調子に乗るんじゃないぜ。『孤高』の凄さ見せてやんよ」
「来やがれ何でもあり野郎」
美波と風祭が地形が変貌するほどの壮絶な稽古を続けている時、レイラはひたすら『スキルガチャダス』を回していた。
「まったく。あの二人はじっとしてられないんだから。ガチャを引いた回数なんて私の百分の一くらいじゃない」
「助かるよレイラ。俺もGPが溜まったら自分で引くからさ」
「いいえ。あなたはゆっくり休んでいてちょうだい。『スキルガチャダス』を発動してくれればそれでいいのよ。残念ながら私にはガチャ運が無いんだけどね」
レイラは何万回も100連ガチャを引いても目当てのカードが現れなかった。
美波が稽古を終えて戻ってくる。
軽く汗を流すと、レイラと交代でガチャを引き始めた。
「そう言えばさ、今日珍しくお母さんの夢を見たよ」
「おう。そうなんだ」
「それでお母さんがね。私に向かって何か呟いた気がしたんだ」
「なんて言ってたんだ?」
「聞こえなかったよ。その時ちょうど夢も醒めてしまった。ただお母さんはいつものあの優しい笑顔で手を振ってくれたんだ」
「そっか。それは良かったな。きっと良い事あるぜ」
「うん。そうだよね。絶対そうだよ」
何気ない会話を続けていると、遂にその瞬間が訪れた。
美波がダイヤルを回すと、目映いほどに神々しい光を放つ【GR】カードの背面が現れた。
激しい光に目を眩ませながら、カードを表に引っくり返す。
光が収束し書かれていた文字や絵柄が徐々に露わになっていく。
そのカードには「【GR】『死者蘇生』」の文字が書かれていた――。
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