第84話 とある冴えない下級探索士の記憶
一体これで何千何万回目になったのだろうか。
自室で撹王はGPガチャを延々と引いていた。
これまで他人に引かせたガチャでGPの蓄積は3000万ポイントを超えていた。
GPガチャは通常より高レアリティが排出される確率が高まる。
予算は無尽蔵にあったが、自分でGPガチャを引いた方が目当てのカードを引ける確率が高まるだろう。
もう何日も不眠不休の状態で、目的のカードを引くためにガチャを回している。
単純な作業の繰り返しに撹王は次第に意識が朦朧としてきた。
いくらパッシブスキルで肉体や精神を強化されていても、限界がある。
いつしか夢と現実の狭間で記憶が溶け合っていった――。
――思い出すのは弱くて惨めで劣等感に包まれた自分だ。
何年も探索士を続けながらずっとE級で燻り続けた冴えない男。
家族に楽な暮らしをさせてあげられず、ずっと貧困に喘ぎ続けた日々は男から自信を奪って行った。
では、そんな自分は不幸だったのかと問われると答えはNOだ。
幸せだった。
ただただ、幸せだった。
この世の誰よりも自分は幸せ者だと思っていた。
いつも優しい笑顔で迎えてくれる最愛の妻と、駄目な自分を慕ってくれる可愛い娘。
この二人がいれば他に何も要らない。
ただ穏やかに家族3人が暮らせるなら、他に望むものなど何もなかった。
男は同じ探索士だった妻が身籠った事で、不安定な探索士の仕事を辞める事を決意した。
身重の妻を安心させるため笑顔で語りかける。
「探索士なんてもう辞めて就職する事にしたよ。こんなフリーで福利厚生も無いような仕事はいつまでも続けてられない。命がけの対価が日当一万円ほどだなんてやってられないしね。お腹の子供の為にも会社員になって働くよ。体力は人並み以上にあるし選ばなければどんな仕事でも就けるはずさ」
妻はそのふっくらとした顔と、笑うと線の様に細くなる優しい目で男に語りかけた。
「本当にいいの? あなたには夢があるんでしょ?」
「確かに上級探索士になって様々なダンジョンを攻略する事が僕の夢だったよ。でも現実は低層ダンジョンを満足に踏破する事も出来ない冴えない下級探索士さ。こんなんじゃ君とお腹の子供に楽をさせてあげる事は出来ない。男として父としてそんな情けない真似は出来ないよ」
妻は優しげな笑顔のまま、夫を励ました。
「楽な生活を送りたいだなんて思ったらあなたと結婚なんてしてないわ。あなたの夢は私の夢でもあるの。簡単に諦めたりしないで。生活はきり詰めれば親子3人で十分暮らしていけるわ」
「沙友理。僕は……」
「まだ全てを出し切ってないでしょ。諦めるのは早いわよ。頑張ってね英介さん」
「……ああ!」
――止めろ。馬鹿野郎。勘違いせず会社務めでもなんでもして働けば良かったんだ。
――この先15年続けてもD級にしか上がれず、日銭を稼ぐ事だけで精一杯の日常が待っているんだ。
そう。僕には才能なんてなかったのだ。
探索士としての才能なんて何一つ。
だが、自分は夢を見てしまった。
夢は麻薬であり、劇薬であり、毒薬である。
S級やA級は無理でも、少しでも上級の探索士になって家族に楽をさせたい。
地位や名誉も望んでいないなどと嘯いているが、実際はみっともない自分を変えたい、馬鹿にした奴らを見返したい、一発逆転の人生を歩みたい。
……そんな夢という妄執に囚われた哀れな男だったんだ。
結婚してから13年目の事だった。
妻の体に異変が起こった。
大至急病院で検査してもらうと、国指定の難病に罹患している事が分かった。
ふくよかでぽっちゃりとした沙友理がみるみる痩せさらばえ、骨と皮だけになっていった。
それでも病院のベッドの上で自分を心配させぬよう気丈に微笑む沙友理の笑顔に、胸が締め付けられる思いだった。
彼女は決して美人ではなかった。
ふくよかでまん丸い顔。
細い目に大きめな鼻。
器量の良い類の顔立ちではなかった。
それでも僕は沙友理が大好きだった。
どんなに自分が辛い時でも、相手の事を第一に思いやれる優しさ。
劣等感だらけでいつも自信がなく陰気だった僕の心を照らしてくれる明るさ。
そしてなによりその弾ける笑顔に、いつも僕は救われていた。
絶世の美女だろうと美の化身だろうと女神だろうと彼女より美しい者はこの世に存在しない。
僕は本気でそう思っていた。
僕は彼女を心底愛していた。
僕には沙友理しかいなかった。
その沙友理が必死に病に抗っている。
あらゆる治療法も特効薬も存在しないこの難病に対して、僕が出来る事は何一つなかった。
この時ほど、自分の無力さを悔やんだ事はない。
この時ほど、自分の無能さを呪った事はない。
そんな絶望の日々の中に、一筋の光が差し込んだ。
彼女の病気を治療する方法が見つかったのだ。
無論、現代の最新の医学で治療困難な病を治す方法など、普通の治療法にはない。
田黒と名乗る探索士が「このスキルを習得すれば、万病に効く治癒魔法を使用出来る」と進言したのだ。
そのスキルカードの販売価格は5000万円。
とても用意出来る額じゃないが自宅を担保に入れ、僅かの貯金と親戚友人から借りた借金で約半分の金額を工面出来た。
「残りの金は金融会社からあなた名義で借り入れておきますね。それではこちらが約束のカードです。決してダンジョン以外でスキルは使用しないようにお願いしますよ」
田黒はそう言って去っていった。
結論から言おう。
そのスキルカードは【SSR】の模造品、偽物だった。
田黒は探索士専門の詐欺師だったのだ。
僕に残されたのは莫大な借金と、拭いきれない後悔だけだった。
沙友理はその直後に死んだ。
この時僕は理解した。
世界は僕の事を意図的に苦しめようとしており、どこかでその様子を見て嘲笑している者がいると。
その存在が神であるのか人であるのかは分からない。
ただ、僕は命よりも大切な存在を失い、この世界に絶望した――。
娘を親戚に預け、僕は当て所なく彷徨った。
もう何も考えたくなかった。このまま沙友理の元に向かってしまいたかった。
無意識のまま歩き続け、辿り着いたのは行きつけのダンジョンだった。
何の装備も持たぬままダンジョンに入ってしまった。
この状態ではゴブリンの集団に見つかった時点で殺されてしまうかもしれない。
だが、そんな事はどうでもいい。
もう何もかも全て捨て去ってしまいたかった。
この無能な肉体もこの無常な精神も、さっさと喪ってしまいたかった。
そんな僕の目の前に虹色の、スライムの様な魔物が現れた。
普段の僕なら気にも留めなかったかもしれない。
だがこの時は、なぜか惹かれるようにその魔物の前に吸い寄せられていき、気がつくと右足の靴裏で魔物を踏み潰していた。
この時僕が考えていたのは、田黒に対する激しい怒りだった。
僕が踏み潰した『ミラクルムーバー』は、その者がもっとも欲しがるスキルカードをドロップする魔物だった。
もしこの時、沙友理を思いながら『ミラクルムーバー』を踏み潰していれば、目当てのスキルカードを得られたのかもしれないのに。
こうして僕が手に入れたのは『スキルガチャダス』だった。
『スキルガチャダス』には感謝している。
この能力のおかげで自分を陥れた世界に復讐を果たせる力を得られたのだから。
僕は真っ先に田黒を殺害する事にした。
田黒はこれまで何度も余罪を追求され逮捕されてきたが探索士協会や法曹界の重役の弱みを握っており、いずれも微罪で済まされてきた。
僕が田黒の前に現れても奴は余裕綽々の表情だった。
「訴えるなら訴えてみろよ。どうせ俺は軽い刑で直ぐ出所されるからな。持つべき者は上級国民のお友だちだぜ。しかしまあルールってのは馬鹿で弱い奴らを縛るためにあるんだな。俺みたいな賢くて強い奴にはいくらでもすり抜ける道があるんだよ。本当笑えるぜ。ああ、そう言えばお前の不細工な嫁は亡くなったそうだな。うぷぷ。良かったな。これで新しい女に鞍替え出来るじゃねえか。なんなら俺が手頃な女を見繕ってやってもいいんだぜ?」
僕は様々なスキルを習得し、考えられる上で最も残忍な方法で、たっぷり時間をかけながら苦しみもがき苛むよう田黒を甚振った。
約一年かけて田黒を治療と拷問の繰り返しで発狂死させた。
ところが田黒を殺しても僕の心の渇きは癒えなかった。
渇いた心を慰める様に、初めは法で裁かれない悪人や上級国民を抹殺していった。
その行動が支持され、いつしか僕の信奉者が増え始めた。
気が付くと『レイジ・リベリオン』なる組織が出来上がり、社会的弱者を救済し、特権階級者を糾弾する活動を行うようになった。
綺麗事を言ったところで結局はテロ行為。無差別な暴力行為だ。
やがて無害な民間人が殺されても何も感じなくなっていた。
その中でも探索士協会の者たちが苦しむ姿には、多少胸がすくわれた。
きっと長い下級探索士時代の情けない自分の潜在意識の中に、他の探索士に対する恨みが芽生えていったのかもしれない。
だが、主だったS級探索士を抹殺し世界を手中に収めた今となっても、心の渇きが癒える事はなかった。
――長い夢を見ていた。
かつてのみっともない野良犬のような人生を思い出した。
ただ、その野良犬には家族がいて、傍から見ればとても幸せな人生だったのかもしれない。
撹王は床に散乱した膨大なスキルカードを見た。
無意識に一枚拾うと【R】のアクティブスキル『ショック・ウェーブ』だった。
電撃の波を放って、敵を麻痺、感電させる攻撃スキルだった。
「ふふ。電気の波か。……遠い遠い過去に置き去りにした思い出にもう一度触れてみるのも、また一興か」
撹王は黒衣のフードを下ろした。
そこには重そうな黒髪を後ろに撫で付け、意思の強そうな切れ長の大きな目を持った中年の男がいた。
「会いに行こうか。我が娘、美波の元へ」
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